4.こんな展開は予想してない①
二年前だ。
その夜は満月だった。
鳥代はいい加減頭にきていた。
彼が北の国をこうして訪れることに対して、北の王が年々いい顔をしなくなっているのには気付いていた。でもそれにしたって追い返されるとは思わなかった。
『珀蓮はもうそなたに会いたくないと言っておる』
ありえない。
そう思ったから、鳥代は夜遅くなってからこうして王宮に忍び込んだのだ。
夜中にやってきた恋人に、珀蓮は最初びっくりしていたがこうして部屋の中に招き入れてくれた。
ほら。
会いたくないなどと嘘なのだ。
本当に珀蓮がそう思ったのなら、彼女は決して自分を部屋の中に入れなかっただろう。
北の王に、宮から出ることを禁じられたと聞いて、鳥代はさらに怒った。
そんな理不尽が許されるわけがない。
馬鹿らしい。
「珀蓮。こんなところもう出ようぜ。俺の国に来いよ」
当然了承してもらえるだろうと思って言った言葉に対して、珀蓮は怪訝そうな顔をして答えた。
「どうして?」
どうして?
「この馬鹿女! このままこんなところにいたってどうすんだよ。宮から出るなだと!? 死ねって言ってるのと同じじゃないか!」
「どこが? お父様は一言もわたくしに死ねなどとおっしゃってないわ。馬鹿なこと言わないで」
鳥代は目が回りそうになった。
なんて馬鹿だこの女は。
この期に及んでまだ信じているのか。
あの男を。
「それにわたくしはここから出られなくてもいいの。だって外は嫌な人間ばかりだもの。ここに閉じこもっている方がよほど安らかだわ。鳥代がそれを気に入らないのなら、もう来なくてもいいのよ」
『もう来なくてもいいのよ』
それは、珀蓮が何度となく言った言葉だ。
矜持の高い彼女のそれが本気でないことはわかっていたので、いつも鳥代は「はいはいじゃあ来ませんよ」と言って数ヵ月後にはまたこの国を訪れていた。
でも今。
珀蓮のその言葉に、鳥代は冷水を浴びせかけられたような気持ちになった。
それは、彼自身のことを無視したとしか思えない言葉だった。
確かに彼も第一王子なので、そう頻繁にここに来られるわけではない。
来られて一年に一、二回だ。
でもこの女は。
自分がいなくてもいいと言っているのだろうか。
一生、会えなくなってもいいと。
彼は苛立ちを覚えた。
だからわざと、突き放して言った。
「あんた、こんなところに閉じ込められて、生きている意味があるの?」
自分が怒っていることをわかってほしかった。
自分に会えないのなら意味はないと言ってほしかった。
けれど彼女は一瞬、その問い自体の意味がわからなかったかのように目を細めて、次いで自嘲気味に笑った。
「生きている意味?」
彼女の声は、ひどく小さかったが、でも月の光に包まれて確かに鳥代の耳に届いた。
その瞬間、鳥代は激しく後悔した。
彼は自分を殴り殺してやりたいと思った。
こんな問いすべきではなかった。
誰よりも、この女にするべきではなかった。
こんなにも拭いきれない孤独を抱えるこの女に。
するべきではなかったのだ。
珀蓮は今にも泣きそうに見えたが、彼女は泣かなかった。
珀蓮は泣かない。
王女は強くなければいけないと思っているからだ。
珀蓮のそういう顔を見るたびに、鳥代は自分の無力さを痛感した。
「珀蓮」
違う。
言いたかったのはあんなことじゃないんだ。
俺はずっと。
あんたの孤独を癒したかった。
側にいたかった。
なんて言えばいいんだ。
くそ。
鳥代は頭を掻き毟った。
何を言えばいい。
自分に何ができる。
第一王子と言えども、自由にできるものなんか限られている。
この身体と。意思。
「珀蓮」
彼は、ほとんど乞うようにして言った。
「俺は、一生あんたを愛してる」
それだけは。
約束する。
絶対に。
そんな陳腐な台詞しか言えない自分が馬鹿だとしか思えなかった。
空にぽっかりと浮かんでる月にさえ笑われている気がした。
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