3.それが唯一絶対の真実でなくてはならない⑥
ぼこぼこと大きな泡を立てて煮たった暗い鍋の中に、女は赤い林檎を入れた。あたりにはつんとした匂いが漂っていて、常人であれば吐き気さえ覚えていたかもしれない。
魔女の料理というものは、雰囲気が重要だった。
部屋は暗く、蝋燭の火しか光源はない。材料を細かくするのにまな板や包丁は使わず、ナイフを使ってテーブルの上で切るか、あるいは焼いて焦がし、素手で潰して粉々にするのが定番である。今回は生物を使用しなかったので、テーブルを血で汚さずにすんだ。それだけでも掃除が大分楽になる。
女は赤黒く変色した大きな木のスプーンで鍋の中をかき混ぜた。
その時に、女はその整った鼻をくんくんとならした。
毒林檎を作る際に、最も注意しなくてはならないのは匂いだった。鍋の中身からどんなにおかしな匂いがしても、完成した林檎から異臭がしてはいけないのだ。
しかし女ほどの魔女になると、美味しそうな毒林檎を作る術は十分に心得ていた。
魔女は人を殺せない。
でも永遠の眠りにつかせることはできる。
女はにいと笑った。
彼女は、楽しみで仕方がなかった。
どうして最初からこうして手を下さなかったのだろう。
森で餓死させようなんて甘い考えだったのだ。
自分のこの手で、あの娘に引導を渡してやらねばなるまい。仮にも一度は母と子の関係となった娘なのだ。それくらいの慈悲はあってもいいだろう。
想像するだけで身震いがする。
美しいあの娘が倒れその双眸が永遠に閉じられる瞬間は、どんな甘露も敵わない幸福感を自分にもたらしてくれるに違いない。
女はたまらず声を上げて笑った。
もうすぐだ。
もうすぐあるべき世界を取り戻すことができる。
世界で一番美しいのは自分でなくてはならないのだ。
それが唯一絶対の真実でなくてはならない。
なぜなら。
自分は魔女なのだから。
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