2.この世で一番美しいのは誰?②

 鳥代は、彼女に初めて会った時のことをよく覚えていた。

 彼女は美しかった。

 王女であるという以上に彼女はその美しさで周囲から愛情を受け、当然ながら齢九つにしてこの上なく高慢ちきな少女となった。

 三年に一度、四つの国の王が集まって話し合いをするのは百年前からの慣習だが、その話し合いの場に北の国の王がその娘を連れてくるのは、その年が初めてのことだった。北の国の王はつい先日奥方を亡くしたばかりで、妻のいない王宮に愛する娘を一人で置いていくことができなかったのだ。

 北の国の小さい王女はそれまで王宮を出たことすらなかったので、同年代の少年と会うこと自体が初めてだった。だから、四つの国の会合のたびに会って既に友情を深めていた三人の王子はそれぞれの父王に、くれぐれも王女に対しては優しく、昔ながらの友人のように接してさしあげるんだぞ、と釘をさされていた。

 珀蓮というのです。どうか仲良くしてやってくださいね。王子達。

 そう北の国の王に紹介されて連れてこられた珀蓮は、薄い桃色のドレスを身にまとっていて、まるで花の妖精のようだった。彼女はその可愛らしいドレスのスカートの端をつまみ、柔らかく微笑んで、丁寧にお辞儀をした。

 北の国の王がその場を離れるその瞬間まで、彼女は確かに、美しく上品な妖精であった。

 当時九歳であらせられた鳥代殿下は、北の国の王が会議のためその場を離れてからすぐ彼女に話しかけた。

 彼はその年頃から綺麗な女性が好きだった。基本的にはもっと大人の、成熟した女性にしか興味はなかったが、珀蓮のその美しさは例外だった。女好きの血が騒いだ。

『珀蓮。いい名前だね。よろしく。僕は鳥代』

 少年の下心を読み取ったのか、そう言って鳥代が差し出した右手を妖精は一瞥し、そしてふんと鼻を鳴らした。

『だれがわたくしを呼び捨てにしてもよいと言ったのかしら? 無礼だとは思わなくて?』

 とんだ豹変振りであった。

 それから鳥代や王伊がどんなに話しかけても彼女はつれなかった。広兼にいたってはあんな高飛車な女は嫌いだと公言していたし、王伊はどちらかというと彼女に対しては無関心だった。鳥代だけが、熱心に彼女に話しかけた。

『僕らはね、秘密の一族なんだよ』

 彼は少女の気を引きたいがために、結局自分達の王族に伝わる話を持ち出した。

『昔ここらの国は一つで、いろいろあって、それが三つになったんだ。それぞれの国を治めたのは力を持っていた一族で、それが僕らの王族なんだよ。広兼が賢者の一族、王伊が軍人の一族で、僕が破魔の一族。破魔っていうのはね、魔法を破る力のことで、うちの一族には、それがあるんだって』

 ここまで話して鳥代は彼女の反応を期待したが、彼女はあからさまに眉宇をひそめて、言った。

『馬鹿じゃないの』

 鳥代は。

 これまで九年間生きてきて、女という生き物にこうも無碍に扱われたことはなかった。

 彼は第一王子だ。

 誰もが彼を気にする。機嫌を取る。構う。時にわずらわしいと思うほどだ。

 彼女は、彼にとって衝撃だった。

 あの、妖精は。まるで取るに足りないものを見るように自分を見るのだ。

 鳥代は彼女を振り向かせたくてたまらなかった。

 それは満たされていた第一王子が、初めて見せた執着といっていいかもしれない。

 その、もう何度目かわからない『馬鹿じゃないの』に、鳥代はにっこりと微笑んで言った。

『いい加減にしろよ馬鹿女』

 

 ともかくそれが、彼らの出会いだったのだ。

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