1.あるところに一人の魔女がいました⑤
「いや、まだ手紙着いてないんじゃねぇの。もしかして」
「馬鹿だな。手紙が着いてから訪問してどうする。待ちきれずに来てしまった感が出ないじゃないか」
愛馬で駆けてきて二刻弱。手紙をのせた
広兼は呆れた様子を隠そうともせずに、この辺りの領主でありこの国の第一位王位継承者でもある友人を見た。
「馬鹿はお前だ馬鹿」
「恋ゆえに人は愚かになる」
鳥代は愛馬を手近な木に繋ぎながら、うっとりと言った。
王伊は来ていなかった。そんなたくさんで行っても警戒されるでしょ、というのが彼の意見だったが、実際は面倒だったからに違いない。俺も何か理由をつけて待っていればよかった、と広兼は今更ながらに後悔した。
別に鳥代の花嫁問題なんかどうでもいいし、彼の言う『控えめで、柔和。笑顔が最高に愛らしい』女なんかもっとどうでもいい。領主の屋敷の客間の一つで、あやとりをしながら頭の中で
広兼はため息をついた。
彼らの目的の屋敷は町から少し外れた丘の下にあって、町の中の民家に比べたらなるほど大きかった。しかしヤエ商会といえば国内では上から四番目くらいに大きな会社だ。その当主の家にしては小さいかもしれない。
ヤエ商会は前の当主が亡くなってからは義理の娘が跡を継いでいるという話である。前当主には義理の娘が二人と、実の娘が一人いた。この屋敷に住んでいるのは、その三人の娘だった。
様々な花が咲き誇る前庭を通る。
「綺麗な庭だろ。全部、彼女が育ててるんだ」
「へぇ」
鳥代が言う彼女とは、件の娘のことだ。
広兼は周囲を見渡した。
庭を見るとそれを作った人間の人格がうかがえると言うが、丁寧に植え分けられ、咲き誇った花々を見ていると、なるほど『控えめで、柔和。笑顔が最高に愛らしい』女なのだろうなと広兼は思った。でもそれだけだ。
そもそも彼は恋愛というものに興味がなかった。
鳥代が女性関係で面倒事を抱えるたびに馬鹿だなと思ったし、本気で夢の中の女を捜し求めている王伊を見るたびすっげぇ馬鹿だなと思った。
そもそも愛ってなんだ。理解できん。鳥代の過去の女達のように少しでも他の女の影があるととたんにぎゃーぎゃーわめく奴もいるし、南の国の妃達のように互いにうまくやっている女達もいる。けれど彼らは決まって言うのだ。
だって愛しているのだもの。
理解できない。
理解したくもない。
幸い彼は第六王子だし、無理に結婚する必要はないのだ。まぁ健全な男としてそれなりの欲望はあるのでそれさえ処理できれば、恋愛など無用のものだと彼はそう考えていた。
玄関ポーチは少し高くなっていて、白い屋根がついている。来客を迎えるように植えられた青い花は、小さくて可愛らしい。広兼はその花の名前を知らなかった。
鳥代は玄関に下がった金色の紐を引いた。これで中の人間に来客を知らせるのだ。
広兼は鳥代よりも一歩後ろに下がって待っていた。
「はい」
彼女は。
金色の髪をふわりと揺らして現れた。
リンゴーン。
と鐘が鳴ったかもしれない。
広兼の頭の中で。
その時、すべてが変わったのだ。
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