Case.07-05


 告白の返事をするなら、今しかない。

 冴島さんの紅く染まった頬を見て、僕は拳を握りしめる。

 これ以上のタイミングなんて二度とやってこないだろうし、そしてこれ以上待ってもらう訳にもいかない。

 今ここで、答えるんだ。


「…………」


 周りには誰もおらず、僕たち二人だけだ。

 そういえば祭りの終わりには花火があるとどこかで聞いたし、もしかしたら皆それを見に行っているのかもしれない。

 ただ今の僕には花火を見るよりも、もっと大事なことがある。


 目の前の彼女が、僕に「好き」と言ってくれた。

 目の前の彼女が、僕と話す人たちに嫉妬してくれた。

 目の前の彼女が、頬を紅く染めてくれた。

 目の前の彼女が、僕に「大好き」と言ってくれた。


 僕はこの告白にどう答えればいい。

 どう答えるのが正解で、不正解なのか。

 冴島さんとの関係を、どうしていけばいい。


 その問に僕は、

 僕は……

 僕は――――


 ◆   ◆


 僕は昔から他人から他人に対する好感度』が見えた。

 初めは自分にだけ見えるその数字が何なのか戸惑い、悩んだ。

 そんな中で出会ったのが「あかりちゃん」だった。


 悩む僕を暗闇からすくい上げてくれるように手を差し出して、満面の笑みの花を咲かせる。

 きっとそんなあかりちゃんのことが僕にとっては一番大きくて大切な存在だった。


 だから僕は誰にも話したことのない自分だけの秘密をあかりちゃんにだけは話して、秘密の共有という約束を結んだ。

 あかりちゃんは優しかった。

 僕みたいなやつに懲りることなく毎日構ってくれる。

 そう、あかりちゃんは優しかったんだ。

 その優しさが僕にだけ向けられているという訳ではないことに気付くのにさほど時間は必要なかった。


 あかりのことが好きだったのか、そうじゃなかったのかは分からない。

 ただ醜い独占欲に溺れた僕は、二人の関係をそっと無かったことにしたんだ。


 僕には、好感度が見える。

 それは絶対的な事実として僕の目に焼き付く。


 これまで受けてきた恋愛相談も、僕はその数字をあげることだけを考えればそれで良かった。

 そこに相談してきた人に対しての思い入れがなかったわけじゃない。

 でも僕が最終的に頼って来たのは、自分自身だった。


『好感度が見える』


 確かに凄いのかもしれない。

 恋愛経験なんて皆無の僕がこれまで人の恋愛相談を受けて、成就させてこれたんだから。


 じゃあ、はどうすればいいんだろう。

 僕にとって数字として現れる好感度は絶対だ。

 でもそんな僕にも見えないものはある。


『他者』が『自分』に対して抱く好感度。


 そういう例外が確かにある状況で、それは僕にとってどういう意味をなすのだろうか。

 答えは――――『無』だ。


 好感度が見える僕にとってということは、好感度が0であるということと同義だ。


 実際のところ好感度が0なんて数値を示しているところなんか見たことが無い。

 だから見えない好感度と言うのが実際はそんなことないのは分かっている。

 でもそういう問題じゃないんだ。

 僕にとって、のは、のである。


 好きでいてくれる他者を信じる?

 そんなのは関係ない。

 が、そもそもないんだから。

 

『他者』から『自分』への好感度と同じように、『自分』から『他者』への好感度も見えないのだから、そりゃあそうだ。

 誰一人として、僕を好きになれない。

 僕は、誰一人として好きになれない。


 きっとそれが『好感度が見える』という他者とは違う僕だけに課せられた呪い。


 もちろん親友だと思える人もいる。

 きっと彼も僕のことを親友だと思ってくれているんだろう。

 でも、そこに好感度は関係ない。

 他者から友達、友達から親友という風に関係が進んでいっただけだ。

 

 ひどい言い方だけど、それが僕だ。

 親友という響きに惹かれたと言われれば否定は出来ない。

 それでも僕は、田中くんという一人の他者と、親友になりたいと思ったからこそ関係を進めたんだと思う。


 なら、僕は『クラスメイト』である冴島さんとの関係も、今、これ以上進めてもいいんじゃないだろうか。

 今僕が答えるべきは――。


 ◆   ◆


「――――ごめん」


 僕の答えは、まず間違いなく、望まれたものではなかった。

 誰一人として、僕として、こんな答えを望んでいない。


 僕だって出来るなら、こんな可愛い子と付き合えたらいいと思う。

 ここまで自分を想ってくれる女の子と付き合えたらって思う。


 でもダメなんだ。

 好感度が、無いから。


「今はまだ、その気持ちを受け取れない」


「……っ」


 冴島さんは僕の言葉に顔を伏せる。

 その肩は彼女らしくもないほどに、小刻みに揺れて、掠れるような嗚咽が聞こえてきた。


 出来ることなら彼女の涙を止めてあげたいと思う。

 でもそれは僕の答えを曲げることになってしまうから。

 僕は今、冴島さんとの関係を進めていいとは思えない。


 田中くんとの関係は進めたのに、どうしてと思われるかもしれない。

 でもそれは違う。

 田中くんは『親友』だ。

 冴島さんと関係を進めようと思ったら、親友では足りないだろう。

 今望まれているのはそれ以上の関係で、きっと僕もそれ以上を望んでしまう。


 そんなの、嫌だ。

 もしかしたら冴島さんは本当に僕のことを好いてくれているのかもしれない。

 でも僕は冴島さんのことを、ちゃんと想えているとは思えないんだ。


 それ以上の関係を望む時、片想いのままなんて、そんなのひどすぎる。

 付き合い始めたら好きになる。

 確かにそういうものなのかもしれない。

 そういう人たちもいるのかもしれない。

 でも、もし好きになれなかったら。

 その可能性を完璧に否定することなんて、誰にも出来ない。

 そうだとしたら、想ってくれている人は何を信じればいいんだ。




「もし、僕が冴島さんと付き合うとして」




 これは『正解』じゃない。

 きっと誰も真似しないような『別解』だ。


 でも、僕の答えだ。

 これが僕の答えだ。




「片想いのまま、始めたくない」

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