Case.07-04
「……ふぅ、人多いね」
「そ、そうですね……」
祭りの人混みにやられてしまった僕たちは、少しだけ離れたところにあったベンチに腰掛けて休んでいた。
これまでほとんどこういった祭りに参加してこなかっただけに、あそこまで人がいるなんて想像できなかったのだ。
冴島さんもかなり厳しかったようで、肩で息をしている。
「…………」
あのリンゴ飴の屋台での一言以来、僕たちの間には妙な緊張感が漂っていた。
自分の言葉もどこかぎこちないのがよく分かる。
話題が尽きてしまえば、すぐに今みたいに黙り込んでしまうのだ。
「そ、そういえば、僕は冴島さんに嫌われているんだとばかり思ってたよ」
「そうなんですか……?」
「ま、まぁ……うん」
何で今僕はこんな話題を提供したんだろうか。
ただでさえ僕は今、告白の返事を待ってもらっているというのに。
自分で一瞬前の自分を殴りたくなるが、既に話題として出してしまった以上、話さなくていいというわけにはいかない。
「ほ、ほら、僕が恋愛相談を受けている時とか、あからさまに不機嫌でしたし」
それに実際、そのことは僕自身ずっと疑問に思っていたことで、もし仮に冴島さんが僕のことをずっと昔から好きだったとして、じゃあ何であんな態度をとっていたのかよく分からない。
「そ、そんなあからさまでした……!?」
「か、かなり」
しかしどうやらそのことを冴島さん自身が自覚していなかったようで、僕の言葉に大きく驚いている。
「……っ!!」
しかもそれがまた恥ずかしかったようで、腕で顔を覆ってしまった。
少しだけ震えているのがまた何というか、可愛い、かもしれない。
「でもどうしてあんな不機嫌だったの?」
どうやら不機嫌だったことは本当だったようだけど、まだ理由を聞いていない。
ここまで来たらちゃんと最後まで疑問は解消しておきたいところだ。
「…………からです」
「え、なに?」
相変わらず顔を腕で隠したまま冴島さんは何かを呟く。
でも腕が邪魔になっているのか、よく聞こえない。
僕は少しだけ耳を冴島さんに近付けて、言葉を待つ。
「………やだったからです」
「な、なに? もう一回」
もう少しで聞こえそうな言葉に、僕はさっきよりも耳を近づける。
無意識だったけど、これは意外に密着しているような気もする。
ただ今はそんなことよりも不機嫌の理由が知りたい。
「好きな人が私以外の女の子と話してるのが嫌だったんです!!!!」
「っ!?」
そんなことを考えていた僕に、冴島さんは顔を隠すその腕をどけたかと思うと僕の耳元で大きく叫んだ。
あまりにも突然のことで僕は訳が分からず、ただ大きな声に頭を揺らされていた。
ただそれでも冴島さんが不機嫌だった理由だけはちゃんと聞きとることが出来た。
それは予想していたものの斜め上をいく解答で、その言葉を自分の頭で整理した僕は思わず顔を背ける。
好きな人が自分以外の誰かと話しているのが嫌、というのはこれまで恋愛相談をしてきた中でも聞いてきた言葉の一つだ。
それはきっと独占欲なんて言葉では収まり切れないほど、相手を思っているからこその言葉なんだと思う。
そしてそんなことを思われている人はきっと幸せなんだろうな……なんて思っていたけれど、まさか自分が言われるとは思ってもみなかった。
なんていうか、本気で、恥ずかしすぎる。
「ご、ごめんなさい」
そんな僕が出来ることと言ったら、少しだけ不機嫌そうに頬を膨らました冴島さんに謝るくらいで、それ以上何を言えばいいかも分からない。
自分でも分かるくらい顔が火照っているのが分かる。
もしかしたら耳まで全部、赤くなっているかもしれない。
「ほんとですよ!」
冴島さんは怒り心頭といった風に手を振る。
そして何やら数を数えるようにして指を一本ずつ立てていく。
「同じクラスの佐々木さんとか園田さんとか、一年生の女の子とも仲良さそうにしてましたよねー」
ジト目を向けながら僕との距離を詰めてくる冴島さん。
正直、怖いです。
しかし冴島さんは一度大きく息を吐くと、詰めていた距離分だけ離れる。
「……分かってるんです。それが皆、恋愛相談が関係していることくらい」
冴島さんは小さく呟く。
確かにそうかもしれない。
恋愛相談なんてものを僕が受けていなければ、そもそも僕が女子に話しかけられることはない、うん。
「それに、恋愛相談って言って、危ないことにも巻き込まれたりとかしてるじゃないですか」
「危ないこと……?」
「不良さんたちに囲まれましたよね」
「……あー」
冴島さんは心配そうな顔を浮かべてそう言う。
そう言えばそんなこともあったかもしれない。
最近はもっと強烈なことがあったりですっかり忘れていたけど、確かに危険な目にあっていた。
「あれ、でもなんで冴島さんがそれを知ってるの?」
あのことを知っているのは恐らく当事者である僕と星川先輩、そして神崎先生くらいのはずだ。
もしかしたら他の先生にも知られているかもしれないけれど、それでも冴島さんが知っているのはおかしい。
「……え、えーっと」
冴島さんは妙に落ち着かない様子で、僕から目を逸らす。
でも確かあの時、一つだけ腑に落ちないことがあった。
「もしかして、警察を呼んでくれたのって冴島さんだったりする?」
「う……」
冴島さんは何とも分かりやすい反応を見せたかと思うと、頭を抱える。
どうやら隠し通しておきたいことだったらしい。
「ありがとね」
「うぅ……!」
僕のお礼に、一層恥ずかしそうに頭を抱える冴島さん。
でも僕たちがあの時、冴島さんのお陰で助かったのは事実だ。
少し遅くなってしまったけど、ちゃんとお礼を言えてよかった。
「……好くんのやっていることが、皆の幸せに繋がっているのは分かってます」
少しの間の後、冴島さんは小さく口を開く。
いつの間にか、ゆっくりと頭も上げていて、視線も徐々に上に向いてきた。
「それでも、やっぱり私は、大好きな人が、私以外の女の子と話しているのは……嫌だったんです」
「…………」
その時、冴島さんの視線と僕の視線が重なる。
お互いの気持ちを読み取ろうとしているのか、少なくとも僕は冴島さんの気持ちは分からない。
でもそう言われて、嬉しくないわけがないことだけは僕にも分かった。
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