Case.07-03


 ◆   ◆


 それが事の顛末。

 そういう理由で僕は今、こうやって冴島さんと二人でお祭りに参加している。


「こんばんは。待たせちゃいましたか?」


 少しだけ心配そうに聞いてくる冴島さん。

 そんな冴島さんに僕は首を振る。

 僕自身、ここに来たのはついさっきで、特に待たされたとも思っていない。

 すると冴島さんは安心したように小さく息を吐く。


「えっと、じゃあ……行きましょうか」


「は、はい」


 前を歩いていく冴島さんの後を追う。

 普段見ている制服とは違って、浴衣に身を包む冴島さんは後姿からでも魅力的で、視線を奪われてしまう。

 事実、正面から見た時はそのあまりに整った容姿に喉を鳴らしてしまうほどだ。


「そ、そういえば、なんですけど……」


 突然、冴島さんが振り返り何やら口を開く。

 しかしその視線はどこか僕じゃないところに逸らされている。


「ゆ、浴衣、どうでしょうか……?」


 おずおずと聞いてくる冴島さんは、普段関わることのない冴島さんからは想像出来ないほどに淑やかで、僕は歩みを止めてしまう。


 浴衣の感想と言うか今日の冴島さんに関しては、さっきからずっと考えていたことだ。

 あとはそれを正直に言えばいいだけ。

 それに服装についての感想なんて、恋愛相談においては初歩中の初歩だ。

 これまで何度もそういうアドバイスをしてきた僕にしてみれば、こんなの楽勝……と思っていた時期が僕にもありました。


「……あ、あぁ」


 感想を求められて、僕の口から出たのは何とも間抜けな言葉にもならない言葉だった。

 ずっと考えていたはずのことが、いざとなってみれば全く口から出てくれない。

 これが緊張によるものなのかどうなのかは分からない。

 でも僕の口は固まってしまい、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。


 これまで僕が恋愛相談を受けてきて、服の感想を言うなんてこと簡単だろうと思ってきたけど、体験してみて初めて分かった。

 皆が揃いも揃って『難易度が高い!』というのも頷ける。


「に、似合ってるよ……?」


 結局、僕の口からようやく出てきたのは、そのたった一言だけだった。

 しかも疑問符つきという何とも情けない結果だ。

 でもこれ以上僕に何か言えるとも思えない。

 これが今の僕にできる限界なんだろうか。


「あ、ありがとうございます」


 ただそんな僕の言葉でも、冴島さんは少しだけ嬉しそうにしてくれている。

 正直今のは罵倒されても仕方ないレベルだったと思うのだけど、運が良かったというべきだろうか。

 けど冴島さんからしてみれば、似合ってるよなんてこと今更で、普段からもっと格好いい褒め言葉を貰っているはずだ。

 あんな一言で良かったのか心配になるけど、冴島さんの顔を見てみると何か付け足すのも気が引けてしまい、僕はそれ以上の言葉を呑み込んだ。




「うわぁ、美味しそうですね」


「そうだね」


 僕たちは歩きながら屋台を見て回っていた。

 目を輝かせながらどんどん進んでいく冴島さんを見ていると、やっぱり年相応の女の子なんだなと実感させられる。

 いつもは落ち着いて見えるからといって、それが冴島さんの全てではないんだろう。

 そしてそれは決して冴島さんに限ったことでは無く、他の皆も……。


「好くんっ、りんご飴ですよっ!」


 いきなり僕の手を引いたかと思うと、冴島さんは屋台を回っていく。

 その中でもりんご飴はいたく気に入ったようで、目の輝きが一層増している気がする。


「えっと、りんご飴二つください」


 そんな冴島さんの横から、僕は店のおじさんにりんご飴を頼む。

 隣で冴島さんが驚いたような顔をしているが、一応これでも男だ。

 こういう時に女の子に財布を出させるわけにはいかないだろう。


「はいよ! 彼女さんと仲良くな!」


「あ、ありがとうございます」


 どうやらそんな僕たちにおじさんは何やら勘違いしてしまったようだが、僕たちの後ろにも列が出来ているのでそのまま屋台を離れる。

 ただ今の一言で、せっかく解れてきていた緊張がまたぶり返してきたのは事実だ。


 僕は今、冴島さんからの告白を待たせている。

 そして出来れば今日、答えを出そうとも思っている。

 きっとそれは冴島さんも何となく察しているんじゃないだろうか。

 でも、僕はまだその答えを決めかねていた。


 別に今日答えを聞かせてくれとか何か言われたわけではないけど、それでもこれ以上待たせていいという理由はない。

 だからやっぱり今日、僕はこの告白に決着をつけようと思う。

 そのためにはこの祭りの中で答えを見つけなくてはならないのだ。


 どうしたら、いいんだろう。

 この告白に僕はなんて答えるべきなんだろうか。

 これまで生きてきた中で、僕にこんな経験があるわけがない。

 好感度が見えるからという理由で、これまで色んな人から恋愛相談を受けてはきたが、自分では何一つとして経験していないのだ。


「…………」


 結局何も思い浮かばないまま、僕は無言でりんご飴を一つ冴島さんに渡す。

 冴島さんは頭を下げながらゆっくりとそれを受け取ると、一口頬張る。

 僕もそんな冴島さんに釣られてりんご飴を一口食べてみた。


「……甘い」


 久しぶりに食べたそのりんご飴のほのかな甘さに、思わず呟く。

 告白の返事も、こんな簡単に、正直に伝えられたら。

 そう思えば、目の前のりんご飴が少しだけ憎らしくなった。

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