Case.07-02
「ずっと、好きだった……?」
思わず聞き返す。
「そうです。ずっと前から好きだったから、簡単に嫌いになったりしないんですよ」
「…………」
それは、なんというか。
さすがに僕がそんなこと分かるわけがない。
でもまた分からないことが増えた。
僕は昔、冴島さんと会ったことがあったのだろうか。
高校じゃないとして、中学――いや違う。
だとすれば小学生のとき、か……?
僕も昔のことを全部覚えているわけじゃない。
人並みには色んな思い出を忘れて、新しい思い出を作っていく。
一生消えないと思っていた友達との思い出も、今では顔も何も思い出せない。
自分が『好感度を見ることが出来る』というところまで教えてしまうほどの仲だったというのに、だ。
「…………」
そこで、気づいてしまった。
僕の中で蠢くすべての疑問を解消するだけの辻褄合わせを。
でもそれが本当にそうなのか、さすがにそれは偶然を通り越して運命的ですらあるんじゃないかと思ってしまうものだった。
「……気付いて、くれましたか?」
僕が黙り込んでいたのを見て、冴島さんは声をかけてくる。
そんな冴島さんにゆっくりと視線を向けると、その表情は曇りが晴れたように、どこか嬉しそうな、苦笑いを浮かべていた。
不思議なものだ。
あれだけ思い出せなかった、友達の顔も、友達の声も、友達の表情も、二人の思い出も。
靄が晴れていくみたいに記憶の中から呼び起こされていく。
「……あかりちゃん」
それは永らく口にされてこなかった、友達のあだ名だ。
どうして忘れてしまっていたのか。
こんなにも近くに、彼女はいたというのに。
「思い出すの、遅いですよ……
「……ごめん」
僕は仲の良かった友達を忘れてしまっていた。
彼女は僕のことは覚えてくれていたというのに。
……謝らずにはいられなかった。
でも、これで全部辻褄が合う。
昔から好きだと言われたことも。
僕が『好感度を見ることが出来る』ことを知っていることも。
好と呼ばれることに対しての妙な懐かしさも。
「好くん」
冴島さんが僕の名前を呼ぶ。
思い出したせいか、妙な気恥ずかしさを感じるのは僕だけだろうか。
それとも、冴島さんもそう思ってくれて至するんだろうか。
「私は、好きとか嫌いとか、そう簡単に変わるような人じゃないです」
「…………」
いつかの言葉を、もう一度呟く冴島さんの頬は少しだけ赤い。
「だからずっと、好くんのことだけが好きでした。他の人なんて好きになる余地がないくらいに、大好きです」
「…………」
「もしよかったら、私と付き合ってください」
初めて自分に向けられる告白に、僕は黙り込む。
僕はここで何と答えるべきなんだろうか。
確かに、僕と冴島さんは昔、そりゃあ仲のいい友達だった。
でも今は、どうだ。
こうして告白されて、僕はどうしたいんだろう。
「……少し、時間を置いた方が良さそうですね」
答えに悩む僕に助け舟を出してくれたのは、冴島さん自身だった。
すぐにでも答えを聞きたいはずだろうに、こんな猶予まで与えてくれる。
きっとこんな彼女だから、僕も自分の能力のことを話そうと思ったんだろう。
「あの……」
「……?」
「こ、今度開かれるお祭り、一緒に行きませんか……?」
「お祭り……?」
僕は冴島さんの言葉に首を捻る。
お祭り、って何のことだろう。
地域の行事ごとに関しては正直あまり僕の知るところではない。
「はい、今週の週末に大きなお祭りがあるので、出来ればそこに一緒に行きたいんですが……」
「えっと、僕は……うん、行こうか」
心配そうにこちらに視線を向けてくる冴島さんに、僕は少しだけ迷った挙句、一緒に行くことに決めた。
ただでさえ僕は告白の返事を待ってもらっているというのに、それまで断るなんてさすがにひどすぎる。
そしてお祭りなら告白の返事をするタイミングとしても、外すことは出来ないだろう。
それ以上待たせるのも、気が引ける。
「えっと、じゃあ待ち合わせとかは、どうしましょうか……?」
「あ、あー……」
今ここで待ち合わせの場所や日時を決めるにはさすがに僕が情報を知らなすぎる。
何かもっといい方法はないだろうか。
「えっと……連絡先、交換しませんか?」
「……あ、そ、そうだね」
冴島さんの言葉にハッとする。
それはこれまでの恋愛相談でも定石と言っていいほどまでの手段だ。
なのに思いつかなかったということは、僕も僕なりに緊張しているということだろうか。
「じ、じゃあ交換しようか」
僕は携帯を差し出し、電波を介して連絡先を交換する。
自分の画面に表示される冴島さんの連絡先に、僕は少しだけ緊張しながら、登録を終了させた。
「ではまた、れ、待ち合わせとかは連絡しますので……」
「……あ、うん」
冴島さんはそう言うと、そのまま帰っていく。
確かに今の状況で一緒に帰るのは、ちょっと難易度が高いかもしれない。
僕ももう少しだけゆっくりしたら、帰ろう。
少しだけ静かになった裏門で、僕は一人、さっき交換したばかりの連絡先を見つめていた。
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