Case.07-01 高嶺の花と僕


「……賑やかだなぁ」


 周りを見渡せば浴衣を着た人が道を往来していた。

 そして道の端には幾つもの屋台が立てられ、焼きそばやたこ焼き、チョコバナナなんてものが売られている。


 僕は今、地区の自治体主催の祭りにやって来ていた。

 それも結構力が入っているらしく、祭りの規模もかなり大きい。


「…………」


 これまでに毎年、近所でやっているこのお祭りだが参加したのは今回が初めてだ。

 もともと人混みがそんなに好きでもなく、今更お祭りにも参加するようなこともないだろうと思っていた。

 ただ今回僕がこうやってお祭りに参加することになったのにも理由がある。

 来るように、言われたのだ。

 一方的に待ち合わせ場所と時間を告げられてはどうすることも出来ないだろう。


「……もうすぐ、時間か」


 僕が待ち合わせ場所についたのは、待ち合わせの時間の少し前。

 そこにはまだ誰もおらず、僕はただ待っている。




「種島くん」


 その時、祭りの空気に凛と響く声。

 ゆっくりと振り返った先に彼女はいた。


「……冴島さん」


「こんばんは。待たせちゃいましたか?」


 待ち合わせ時間ぴったしにやってきた冴島さんは、ニコリと微笑みながら僕に聞いてくる。

 まるで答えなんて分かっているとでも言いそうな余裕が見え隠れしていた。

 そんな冴島さんに僕は一度だけ首を横に振ると、溜息を吐く。

 一体どうして冴島さんとお祭りに来ることになったりしたのか、それは僕が冴島さんに『好き』と言われたあの日まで遡る。


 ◆   ◆


「種島くんって、自分に対する好感度は見えないんでしたね」


「……ぇ」


 僕は冴島さんの言った言葉を呑み込むことが出来なかった。

 なんて言われたかは分かる。

 言われた内容は理解している。

 でもどうして、どうして冴島さんがを知っているんだ。


「な、なんで」


 僕が好感度を見ることが出来ることを、君が知っているんだ。


 掠れる声で何とか口にする。

 頭なんてとっくに働くのをやめてしまっている。

 そりゃあそうだ。

 こんなことが二つも続けて僕に突きつけられたのだから。

『冴島さんが僕のことを好き』

『冴島さんが僕の能力のことを知っている』

 これが冗談じゃなくて、一体何が冗談と言うつもりだろうか。


「……やっぱり覚えてなかったんですね」


 何を、という尋ねることははばかられた。

 だってそう呟く冴島さんは、寂しいなんてもんじゃ言い表せないような笑顔だったから。

 冴島さんが今何を思い、何を思っていないのか、僕には分からない。

 分かろうとしていないわけじゃない。

 むしろ分かりたいと思っている。

 でも、僕がそうするにはあまりにも無遠慮すぎる気がしたんだ。


「……好くん」


 そんなことを考えていると、冴島さんが僕の名前を呼ぶ。

 普段は呼ばれることのない、名前だ。


 僕をそんな風に呼ぶ人は、家族を除いて誰もいない。

 誰も、だ。

 そんな家族とも特段顔を合わせることもないので、ここ最近では呼ばれた記憶がない。

 親友の田中くんでさえ、僕のことは「種島くん」で定着しているほどだ。


 なのに、なのに。

 どうして僕は、僕の頭は、その呼びかけに対してこんなにも懐かしさを覚えているんだ。

 まるで冴島さんにそう呼ばれるのが当たり前のような感覚さえする。

 そんなことあるはずないのに。


「……思い、出せませんか」


 冴島さんは一体僕に何を求めているのだろうか。

 僕にはそれが分からない。


「…………」


 僕たちを沈黙が支配する。

 それはきっと僕のせいだ。

 冴島さんは僕に何かを伝えようとしている。

 そしてそれは、好きとか好感度のこととはまた別のことなんだ。

 でも僕に伝わらないから、今みたいな顔をしているんだろう。

 

「……好くん」


「……はい」


 呼ばれ慣れたような気がする呼びかけに、僕は応えた。

 冴島さんはさっきまでの表情とあまり変わることはないけれど、その中で微かに何かを決めたような色が見える。


「……昔も、こうやって、二人でたくさんお話ししましたよね」


「……むか、し?」


「はい、昔です」


 冴島さんの言う昔とは一体いつのことだろう。

 少なくともつい先日とかそういった話ではない、と思う。

 もしそうだったらさすがに僕も何か覚えているはずだ。

 じゃないという訳は、もっと前のことということだろう。


 ……だめだ。

 頭の中がぐちゃぐちゃで何が何か纏まらない。

 いっそのこと一つずつ、聞いていった方がいいかもしれない。


「冴島、さん」


「……なんですか?」


 少しの間の後、僕の呼びかけに答える冴島さん。

 その声には若干の緊張が含まれているような気がした。


「冴島さんは、僕のことが嫌いだったんじゃなかったの……?」


 僕の疑問はそこだ。

『好き』ということに対しての疑問ではなく、どうして嫌われていないのかが分からない。


「好きですよ」


「でも、冴島さん言ったよね。『好き嫌いがそう簡単に変わらない人だっている』って」


 あの言葉には少なくとも冴島さんのことが含まれていたはずだった。

 だからこそ今までどんな恋愛相談も成功しなかったんだろう。

 それなのに冴島さんが僕のことを好きになるってことは、自分の言葉と矛盾していることと同じなのだ。


「好くん、何か勘違いしてませんか?」


「……?」


 もうその名前で呼ぶことは決定なのかなんてことは置いておいて、今は冴島さんの言葉の意味だ。

 僕が勘違いしているって何を、だろう。

 もしかして『好き』っていうことに何か勘違いでもあって、そしたら僕は「勘違い男」みたいな感じになるということだろうか。

 さ、さすがにそれは恥ずかしいんだけど。


「好くんのこと、んじゃないんです」


 僕の焦りを他所に、冴島さんは言葉を続ける。

 またよく分からない言葉だ。

「好き」って言ったり、「好き」になったんじゃないとか――


「ずっと前から、んです」


 ――――本当、どれだけ僕の心の平穏を脅かせばいいんだ。

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