Case.06-09


「わざわざ送ってもらってすみません」


「いやいや、こんな遅くまで付き合せちゃったから当然だよ」


 今回の恋愛相談が終わった僕は今、辰巳先生の車で家まで送ってもらっていた。

 さすがに夜の十二時を過ぎているからか、道路を走っているのは僕たちの車だけだ。

 それに街灯も少なく、車の外はほとんど何も見えない。


「種島」


 すると唐突に辰巳先生が僕の名前を呼ぶ。

 助手席に座っていた僕は隣で運転している辰巳先生を見る。

 因みに薫さんは家で留守番だ。


「今日は、ありがとな」


 そう呟く辰巳先生の視線は、車のライトのように真っ直ぐ向けられている。

 それを見習って、僕も視線を前に向ける。


 今回の恋愛相談、僕は自分の為すべきことがちゃんと出来たんだろうか。

 きっと初めは出来ていなかった。

 恋愛相談を受けたからと言って、自分がほとんど全部やらなくてはいけないと思っていた。

『恋愛』の中心にいるのが誰かということもすっかり忘れて。


 僕は恋愛相談を受けただけのただの外野だ。

 恋愛相談の主役は僕じゃない。

 僕は良くても主役をハッピーエンドに導くためのキーマンだろうか。

 恋愛相談の主役は、少なくとも今回は辰巳先生と薫さんの二人だった。


 それに気付いたのは恋愛相談の終盤。

 そこから僕に何が出来たのは分からないけれど、きっとバッドエンドではなかったはずだ。


 もっと何か出来ることがあったかもしれないけど、最低限の為すべきことはできたんじゃないだろうか。

 そう、信じたい。


 だから僕は自分を認めるために、謙遜はしない。

 謙遜は美徳なのかもしれないけど、たまには自分を認めてあげたくなるものだ。


「……はい」


 だから僕は辰巳先生のお礼に対して、小さな声で小さく頷いた。




「それにしても出ていかれた時は肝を冷やしたよ。よく薫が俺のことをまだ好きでいてくれてるって分かったな」


 思い出したように辰巳先生が言ってくる。

 確かに僕も最初は恋愛相談が失敗してしまったと思った。

 それでも僕が薫さんの好意に気付けたのは、


「好きとか嫌いとか、そう簡単に変わらない人もいるみたいなので」


 きっとそんな言葉を贈ってくれた人のお陰だ。


「でも帰るのがこんな時間になったら、宿題とかまずいんじゃない?」


 心配そうに声をかけてくる辰巳先生に首を振る。


「それなら学校で、辰巳先生を待っている間に終わらせておいたので」


 予想以上に時間がかかったので、やらなければいけないことも全て終わってしまった。

 これで帰ったら後は寝るだけである。


「明日、授業で小テストあるからなー」


 しかしそんな僕の耳にとんでも発言が聞こえてくる。


「辰巳先生、恋愛相談で僕、頑張ったと思うんです」


 だからどうか明日の小テストは勘弁してください。

 じゃなければ帰った後、また勉強しなくてはならなくなります。

 僕は辰巳先生に懇願する。


「それはそれ。これはこれ」


「ひどい……」


「まぁ俺は学校で小テストのプリントも作り終えたから、帰ったら薫といちゃいちゃしようかな」


 項垂れる僕ににやけ顔で辰巳先生はピースしてくる。

 全くこの人は、恋愛相談なんて受けるべきじゃなかったのかもしれない。


「……リア充爆発しろ」


 僕は助手席の窓を開けて、車の外に愚痴を零しまくった。


 ◆   ◆


「……あれ、こんなところでどうしたんですか?」


 辰巳先生の恋愛相談が終わった翌日、学校も終わった放課後、僕は鞄を持って裏門にまでやって来ていた。

 ある人を待っていたんだけど、それもちょうどやって来た。


「冴島さんを待ってたんだ」


 今、僕の目の前には冴島 灯里さんが立っている。

 その顔は少しだけ意外そうな表情に包まれている。


「私を、ですか……?」


「うん、そう」


「何か約束でもしてましたっけ?」


 僕の言葉に冴島さんは首を捻る。

 まぁそれも当然かもしれない。

 僕がこうして今ここに立って、冴島さんを待っていたのは別に前もって話す予定があったりしたわけじゃなく、ただ単に今日僕が一方的に用事があっただけなのだ。


「お礼を、言いたくて」


 それが今日、僕がここで冴島さんを待っていた理由。


「……私、何かお礼を言われるようなことしましたっけ?」


 冴島さんはまたもや首を捻る。

 そんな冴島さんに僕は頷く。

 冴島さんにとっては何気ない一言で、関係を壊した僕に対しての罵倒だったのかもしれないけど、僕にとってあの言葉は重要な一言だったのだ。

 少なくとも、今回の恋愛相談においては、あの言葉がなければ失敗していただろう。


「『好きとか嫌いとか、そう簡単に変わらない人だっている』」


「……」


「この言葉が僕に気付かせてくれたものの大きさは、計り知れません。だから、お礼を言わせてください」


「……そうですか」


 ようやく頷いてくれる冴島さん。

 何があったのかまでは分からないだろうけど、少なからず影響を与えたということが分かってくれたのだろう。


「本当に、ありがとう」


 僕は頭を下げる。

 これが今僕が出来る精一杯の誠意だと思う。

 これまで冴島さんに対して、いくつもの関係を壊したりしてきた僕。

 そんな僕が冴島さんに嫌われているなんてことも自覚しているけど、それでも言わずにはいられなかった。




 長い、長い沈黙だった。

 僕はずっと頭を下げ続けていて、冴島さんの反応を待つ。

 

「種島くん」


 そこで初めて、冴島さんが口を開く。

 辺りは妙に静かで、僕たちの外に人影は全く見えず、風も吹いていない。

 僕はゆっくりと下げていた頭をあげて、その視線を冴島さんに向ける。


「……?」


 そこで僕は少し違和感を感じた。

 普段あまり冴島さんを見ないからか、何だか今日は頬が赤く染まっている。

 心なしか肩もあがっていて、緊張しているのだろうか。


「……種島くん」


「は、はい」


 もう一度名前を呼ばれ、僕は応える。

 一体どうしたのだろうか。

 体調が悪いのであれば、早く帰って休んだ方がいい。

 僕はそんなことを考えていた。

 その言葉を言われるまでは――。




「私、種島くんのことが好きです」




「……え?」


 今のは、ただの聞き間違いだろうか。

 何か変なことが聞こえたような気がしたんだけど。

 冴島さんが、僕のことを……好き?

 嫌い、の間違いじゃなく?


 僕は最大限に見開いた眼で冴島さんを見つめる。

 冴島さんの視線は僕のそれを射抜き、思わず固まってしまう。

 その表情はさっき以上に赤く染まり、下唇を噛んでいる。


「私、種島くんのことが好きなんです」


 困惑する僕に、とどめの一撃。

 聞き間違いなんかじゃない。

 絶対にそう言っているのを、僕は認めざるを得なかった。


「な、なんで」


 自然と疑問の声が出てくる。

 意味が分からない。

 なぜなら僕は冴島さんに嫌われているはずだから。


「冴島さんは、僕のことが、嫌いなんだよね……?」


 これまでに僕が犯してしまったことを考えれば普通そうだ。

 だから僕が恋愛相談を受けているときに不機嫌そうな顔を浮かべていたんだろう。


 だが冴島さんは僕の言葉に、困惑の色を見せる。

 まるで僕が何を言っているのかが分からないように。

 しかしそれも少しすると思い出したように頷く。

 そして、


「種島くんって、自分に対する好感度は見えないんでしたね」


 そんなことを言ってきた。

 その一言はあまりにも突拍子で、突発的で、突風的な勢いで、僕を襲ってきた。

 

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