Case.06-07
「……美味しそうな料理、ですね」
「あぁ、多分俺のことを待っていてくれたんだろうなぁ」
食卓に並べられた料理の品々はどれも凝ったもので、素人が簡単に作れそうなものではない。
それだけ薫さんもこの日を楽しみにしていたということだろうか。
ここ最近は辰巳先生もちゃんと奥さんとの時間を大切にするようになっていたみたいで、デートの時の好感度はかなり高かった。
それなのに、今では一転してこんな状況である。
一体何がきっかけで、関係が壊れてしまうのか僕には分からない。
でも一つだけ分かることがあるとすれば、今回の恋愛相談は――――失敗してしまったということだ。
誰が見ても明らかなほどに失敗してしまった。
電話が来た時点で、僕が何かをすればよかったのか。
それともその前から僕のしていたことが間違っていたのか。
どれもピンとこない。
ただ結果だけ見るならば、今回の恋愛相談は完全なる失敗だった。
「……俺の部屋に行くか」
「……はい」
辰巳先生が案内する。
僕は黙ってついていく。
何にせよ、僕の恋愛相談は終わってしまったのだろう。
そう思うと、前から決めていたはずのことなのに、少しだけ心が揺らいだ。
「机の上、もっと片づけてくださいよ」
辰巳先生らしいと言えばいいのか、机の上には大量のプリントが重ねられている。
恐らくこれも誰かに任せられた仕事の一部なのだろう。
ただ今にも崩れそうなほど傾いているので、早急に片づけたほうがいいのではないだろうか。
「でも、それ以外は案外片付いているんですね」
僕は部屋の中を見渡す。
確かに一番目につく机の上は散らかっているけれど、床に何か散らばっているわけでもなく、家具も必要最低限の分しか置かれていないようだ。
「まぁそれは、今まではそういうの片づけてくれる人がいたからな」
「…………」
それが誰かなんて今更聞くまでもない。
僕は辰巳先生の言葉に俯く。
「気にしなくていいよ、別に」
辰巳先生はそう言ってくれるが、一番納得できていないのは辰巳先生自身なのは僕でも分かる。
僕に恋愛相談をしてきてから、一番頑張っていたのは辰巳先生だ。
週末予定を開けるために仕事を頑張ったり、デートコースのチェックとプレゼントの用意。
そしてデート。
どれだけの努力がそこにあったのは僕には分からない。
「あーあ……、結局今年の分も無駄になっちゃったな」
「……?」
突然そう呟く辰巳先生に僕は首を傾げる。
しかしそんな僕を他所に、辰巳先生はポケットから何やらを取り出す。
あれは……プレゼント?
可愛く装飾された箱の中には何が入っているんだろう。
それは分からないが、恐らくあれを結婚記念日に渡す予定だったんだろう。
もう終わってしまった結婚記念日に。
「……よいしょっと」
「それは、なんですか?」
辰巳先生は押入れを開けると、何やらごそごそと一つの袋を取り出す。
白い袋の中身はここからでは窺うことは出来ない。
「これは、これまでの記念日で渡せなかったプレゼントたちだよ」
「……え」
袋はかなり大きく、そして重そうだ。
その中全てが何かの記念日のプレゼントだとするならば、一体どれだけの数、プレゼントを渡せない時があったのだろうか。
そして今日、また一つ増えてしまうということだろうか。
「……渡したかったなぁ」
ぽつりと呟かれた辰巳先生の言葉。
あまりにもあっさりしすぎていたから、流してしまいそうだった。
でも僕はその言葉を聞いてしまった。
「辰巳先生は、薫さんのこと、嫌いになっていないんですか……?」
僕は、とっくに嫌いになっていると思っていた。
嫌いまではいかなくても、好きなんてありえない、そう思っていた。
だってあれだけのことを言われて、そう思わないはずがない。
あそこまで自分の努力を否定されて、好きでいられるはずがない、のに――
「え、好きなままだよ?」
――――どうして辰巳先生はそう言い切れるんだ。
一点の曇りもない笑顔を向けてくる。
まるで僕の言っていることの意味が分からない、とでも言うように。
僕には分からない。
分からない。
何が何なのか分からない。
好きってなんだ。
これまで向き合ってきた好きってなんだ。
どうして嫌いにならない。
どうして好きじゃなくならない。
意味が分からない。
全く分からない、分からない。
「…………」
僕はどんな顔をしていたんだろう。
そんな僕の顔を見て、辰巳先生は苦笑いを浮かべる。
「……世界で一人だけ、好きになった人なんだ。世界で一人だけ、この人と一生を共にしたいって思った人なんだ。世界で一人だけ、他の男なんかに盗られたくないって思った人なんだ」
そんな大好きな人への想いが、簡単に変わるわけないだろ?
『好きとか嫌いとか、そう簡単に変わらない人だって、いるんですよ』
「――――――――」
僕は、何も分かってなかった。
先生の想いも。
冴島さんの言葉も。
分かろうとしていなかったんだ。
上辺だけ理解して、全部分かった気でいたんだ。
ようやく、分かった。
先生の愛が、一体どこに向けられていて、どこに向けられ続けているのか。
これまでも、今も、これからも。
そして、薫さんの気持ちも。
あれだけの料理が作られていたわけも。
デートの時の好感度が、異様に高かったわけも。
なら、僕に出来ることってなんだ。
二人の望む幸せってなんだ。
僕の望む、二人だけのハッピーエンドってなんだ。
そんなの決まってる。
僕に出来ること。
僕だから出来ること。
僕にしか出来ないことを、やるしかないんだ。
「辰巳先生、薫さんを追いかけてください」
そして見つけてください。
今更でも構わない。
絶対に捕まえてください。
そして始めるんだ。
二人のハッピーエンドを。
まだ、恋愛相談は終わらせない。
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