Case.06-05


「昨日は結局良いものが買えたんですか?」


「あー……うん、あげたいものは買えたかな」


 僕は辰巳先生と話しながら、人通りの多い道を歩いている。

 今、辰巳先生は奥さんとの待ち合わせ場所へと向かっているところだ。

 同じ家に住んでいるのに待ち合わせも何もないとは思うが、こういうのは形から入るのがいいという華村さんのアドバイスに従い、こうすることになった。


 因みにデートコースは昨日の内に確認済みなので、恐らくは大丈夫だろう。

 そしてどうやら辰巳先生は結婚記念日に渡すプレゼントも買っておいたようだ。

 これで本番に向けての準備は大方出来ている。

 後は今日のデートでどれだけ夫婦仲を良く出来るかにかかっている。


「じゃあ僕はここあたりで」


 待ち合わせ場所に近付き、僕は辰巳先生から離れた。

 さすがに一緒にいるところを見られるわけにはいかないので、少しだけ離れたところから辰巳先生を観察する。


「……ん、あれかな?」


 僕が辰巳先生を観察し始めてから数分後、一人の女性が辰巳先生に話しかけてきた。

 遠目からでも美人だと分かるその女性は、どこかぎこちなく辰巳先生と一言二言話したかと思うとそのまま二人で歩き出す。

 やはりどうやらあの人が辰巳先生の奥さんらしい。


「確か……薫さん、だったよね?」


 昨日の内に聞いておいた奥さんの名前を思い出す。

 結婚しているのだからもちろん苗字は「松本」だ。

 辰巳先生は僕たちが昨日二人で回った道をその通りに歩いていく。

 そんな辰巳先生に、薫さんは少しだけ意外そうな表情を浮かべるが、そのまま大人しくついて行っている。


「よし、じゃあ今のうちに……」


 僕は前を歩く二人の後ろを少しだけ離れて追いかけていく。

 そして目の前で小さく円を作り、お互いの好感度を確かめる。


「……?」


 僕は二人の好感度を見て思わず首を捻る。

『81』辰巳→薫

 さすが結婚しているだけあってか、辰巳先生から薫さんへの好感度は今まで見てきた中でもかなり高い好感度だ。

 これだけ好感度が高ければ、結婚していても恋愛相談に来てしまうのは無理もない。


 しかし、薫さんは辰巳先生のことを嫌いではなかったのだろうか。

 嫌いとはいかないまでも夫婦仲が悪くなってきている今、好感度が人並みであっても何ら不思議ではない。

 なのに薫さんから辰巳先生に対する好感度は、


『83』


 辰巳先生から薫さんに対しての好感度よりも、少しだけ高いものだったのだ。

 これだけの好感度があるならば、夫婦仲が悪いなどありえない。

 それともこれまで辰巳先生が料理の感想を言ったりしていた成果がここまで出ていたということだろうか。

 なんにせよ、これだけの好感度があればこれからの夫婦仲は特に心配することもなさそうだ。


「……じゃあ僕も帰ろうかな」


 デートを楽しむ二人の雰囲気は悪くはなさそうだし、今日僕の手助けが必要になることもないだろう。

 僕は念のため、帰る旨のメッセージを先生のSNSに送ると、そのまま二人の進行方向とは逆に歩き出した。


 ◆   ◆


「種島ぁぁぁぁぁあああああ」


「うわっ、ど、どうしたんですか?」


 月曜日の昼休み、一人で屋上で弁当を食べていると、突然辰巳先生が屋上へと飛び込んでくる。

 しかもその手にはしっかりと薫さん作のお弁当が握りしめられている。


「デート上手くいったぞ!!」


「おぉ、良かったじゃないですか」


「ん? あまり驚いていないんだな」


 僕の反応が薄かったのか、辰巳先生は指摘してくる。

 まぁ僕は二人の好感度を見ることが出来るし、お互いにお互いのことをどれだけ好きかということも知っている。

 デートが成功することなんて、あの好感度を見てから今更驚くようなことでもない。


「どんな感じでデートしたんですか?」


 デートが成功したということは知っているが、僕は早く帰ってしまったのでその過程を知らない。

 一体どんな風にデートが成功したのだろう。


「いや、土曜日に回ったところに重なるようにして色んなところに連れて行ったら、凄く気に入ってくれたみたいで、また行こうって言われたんだよ」


「おぉ、それはよかったです」


「あぁほんと、土曜日にプレッゼント買いに行ってて本当良かった」


 緊張していたのか大きく息を吐く辰巳先生は、僕の隣に腰を下ろすと弁当を開く。

 その弁当も依然見せてもらった時より豪華な気がする。

 これを見る限り、どうやらデートは本当に成功することが出来たらしい。


「問題は明日、ですね」


「あぁ、もしもの時を考えると胃が痛いよ」


 辰巳先生はそういうが、ちゃんとプレゼントも用意したしもしもの時の可能性は考える必要もないだろう。

 それよりもどうやって盛り上げて、二人で楽しむかを考えた方がよっぽど有意義だ。

 火曜日の分の仕事もちゃんと終わらせているようだし、これなら何も心配する必要は無い。


 僕はこれで今回の恋愛相談も終わりだろうかと辰巳先生を見る。

 今回の恋愛相談に成功したら、僕はこれからも恋愛相談を受け続ける。

 それが僕の中で決めたことだ。

 その逆に今回の恋愛相談で失敗したら、僕はもう二度と恋愛相談は受けない。

 それも僕の中で決めたことだ。

 一体僕のこれからはどうなるのだろう。

 僕はお弁当の最後の一口を口の中に放り込むと、弁当箱の蓋を静かにしめた。

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