Case.06-04


「因みに今日はどんなことを言ったんですか?」


 辰巳先生に料理の感想を言うようアドバイスしてから数日間、僕は毎日先生に確認を取るようにしている。

 その日の朝食に対して、昨日の夜に対して、そして昼ご飯について何と言っているか、毎日三つずつだ。


「えっと『卵焼きが半熟で好み』とか『今日は疲れたから肉料理が身に染みるよ!』とか『ウインナーをタコの形にしてくれて面白かった!』だったかな」


「おぉ、いい感じじゃないですか」


 これに関しては日に日に辰巳先生もレベルが上がってきている。

 初めは『うまかった』みたいな感じだったのに、これは良い成長だと思う。

 しかし何やら今日の辰巳先生のテンションはいつもより高いような気がする。


「実は今日久しぶりに普通に話せたんだよ!」


「おぉ、それは良かったじゃないですか」


「頑張って料理を褒めたおかげだな!」


 どうやら今までは普通に会話も出来ていないほど夫婦仲がよろしくなかったらしい。

 そう思えば確かに辰巳先生の頑張りが功を奏したという感じだろうか。

 ではもうそろそろ次の段階に移っても良いかもしれない。


「辰巳先生、奥さんをデートに誘いましょう」


「デ、デート?」


 僕は華村さんのもう一つのアドバイスを先生に伝える。

 突然の僕の提案に辰巳先生は戸惑っている。


「はい、結婚してからはそういうことはしなかったかもしれませんが、昔を思い出すためにも一度デートしてみるのが良いと思います」


 これは華村さんからの受け売り。

 ただ僕の狙いは別のところにある。

 それは辰巳先生と奥さんを同時に見るためだ。

 お互いのお互いに対する好感度は二人とも同じ場所に居なくてはならない。

 そのための機会としてデートをしてほしいのだ。


「わ、分かった。誘ってみる……!」


 辰巳先生は拳を握りしめて、意気込んでいる。

 恐らくデートなんてかなりひさしぶりなはずだ。

 緊張してしまったとしても仕方ないと思う。


「……そういえば」


「うん?」


「そもそもなんで辰巳先生は奥さんと仲が悪くなったんですか?」


 今までは特に聞かずに流してきたが、まずそれを聞くべきだった。

 恋愛相談を成功させるためにはちゃんとこれは知っておくべきことだろう。

 ただ先生はやはり話しにくいことなのか気まずそうな表情を浮かべている。

 しかし腹を括ったのか、視線をこちらに向けてきた。


「実は、俺って頼み事とか断れないんだよ……」


「あ、それは知ってます」


 実は……でも何でもない。

 先生がそういう人であることは僕だけでなくクラス皆の周知の事実だ。


「ま、まぁそういうことでこれまでも色んな頼み事とかされてきたんだよ」


「はい、それがどうして夫婦の不仲につながるんですか?」


「き、記念日とかに被りまくって、だな……」


「あー……」


 それはなんというか、ご愁傷様としか言いようがない。

 人の頼みを断れない辰巳先生が悪いという訳ではないだろうし、かといって記念日をダメにされたことを我慢できない奥さんが悪いという訳でもないだろう。

 強いて誰が悪いかあげるとするならば、そんなタイミングで辰巳先生に頼みごとをする誰かだ。


「因みにあと一週間後は結婚記念日なんだ」


「えぇ!?」


 今日が火曜日なので、来週の火曜日が結婚記念日ということになる。

 かなり急なので僕も対策出来るか怪しい。

 平日は計画を練るとして、大体は週末が勝負時ということだろう。


「……もちろん、プレゼントとかってまだ買ってないですよね?」


「う、うん。時間が無くて」


 ということは一気にすることが増えた。

 今週末に一度デートに行って、結婚記念日のプレゼントも用意しなければならない。

 じゃないと本番の結婚記念日に失敗してしまったら、これ以降夫婦仲を良くする絶好の機会は中々来ないかもしれない。


「じゃあ今週末、絶対開けておいてください」


「え、でも仕事があるし…・…」


「それまでに死ぬ気で終わらせておいてください」


 じゃなければそもそも話にならない。

 忙しいのは分かるが、奥さんのためだと思って頑張ってほしい。

 辰巳先生は一度だけ息を吐くと、小さく頷いた。


「じゃあまずデートに誘う日ですけど、日曜日にしてもらえます?」


「俺は別に構わないけど、土曜日じゃだめなの?」


「はい、出来れば日曜日で」


 僕の言葉に不思議そうに首を傾げる辰巳先生。

 土曜日にデートをしておけば、その時にそれとなく欲しいものを聞いたりして日曜日に買いに行けるかもしれない。

 それは確かに魅力的だが、今回は日曜日にしておくべきなのだ。


「辰巳先生は最近のデートで何処に行けばいいかとか全然分からないですよね?」


「ま、まぁ確かに」


「だからそれをプレゼントを買う時にでも確認しながら回ればいいんですよ」


「なるほど……さすがそういうとこは恋愛相談受けてるだけあるなぁ」


 辰巳先生は僕の説明に感心したように頷くが、実はここでもう一つだけ問題がある。

 それは、誰かと付き合ったりしたことがない僕も最近のデートコースとやらを知らないというものだ。

 まぁそれは……どうにか考えるしかないかな。

 僕は週末のデートに燃える辰巳先生に「今週は週末時間をあけるために、仕事頑張ってくださいねっ」と言おうか迷っていた。



 

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