Case.06-03


「初めは何したらいいと思う?」


 恋愛相談を付けた次の日、僕と辰巳先生は放課後の屋上で今回の恋愛相談をどう進めていくか考えていた。

 本当は昼休みに考える予定だったのだけど、辰巳先生が他の先生に急な仕事を頼まれたので放課後になってしまった。


「うーん、僕も夫婦っていう関係からの恋愛相談は受けたことがないですからね……」


 これまで僕が受けてきたのとは明らかに異質な今回の恋愛相談に、僕は頭を悩ませていた。

 今までだったら荷物運びの手伝いや、危険からの救出など色々とアピールする手段はあるが、今回に至ってはどうだろう。

 やはり不慣れなだけに、僕も中々思いつかない。


「夫婦だからこそ出来るアピールの方法とかが良いですよね」


「そうなのか?」


「多分そっちの方が、二人の関係をより強固にできるかと……」


「なるほど、さすがだな」


 僕の言葉に頷く辰巳先生。

 といっても、こんなことならそれなりに恋愛経験を重ねていれば誰でも教えられるようなことだろう。


「となれば……家事あたりでしょうね」


「家事かぁ……」


 恐らく今回の恋愛相談で出来るアピールの方法は、家庭での行いが大きく影響してくるはずだ。

 二人きりの世界といっても過言ではない家庭こそ、今回の恋愛相談を成功させる鍵なのだろう。

 しかしどうにも辰巳先生は良い顔はしない。


「実は、料理とかは苦手でな」


 難しそうな顔でそう告白する辰巳先生。

 確かに無理に料理をしたりして失敗したら、好感度を下げる原因になりかねない。

 場合によっては、慣れない作業を頑張ってくれたと思われるかもしれないが、辰巳先生の奥さんがどういうタイプか分からない以上やめておいた方が無難だろう。


 そして辰巳先生は料理は苦手と言ったが、それなら他の家事にもあまり期待は出来ない。

 何しろ普段からずっと学校にいるような感じがするし、そもそも家事を出来る時間がないのかもしれない。


 だとすると家庭でアピール出来る機会がぐっと減ってしまうのは必然。

 他の方法を探さなければならないのだが、生憎とこういうことに関しては素人の僕。

 当然良い案が出たりするわけでもなく、その日は各自情報を集めてくるという結論で解散することになった。


 ◆   ◆


「全く思いつかない……!」


 次の日、互いに案を出し合うHR終了の時間が刻々と近づいてきている。

 しかしあれからいくら考えても、良い案が全く思い浮かばないのだ。

 やはりこういうことは野郎が考えても仕方がないのかもしれない。


 僕は咄嗟に携帯を取り出すと、華村さんとのSNS画面を開く。

 いつかのサッカー部レギュラーの時に見せてくれたようなあざとさがあれば、もしかしたら良い案を出してくれるかもしれない。


『種島:華村さん! 夫婦の不仲を解消するために夫が出来ることといえばなんだと思う!?』


 僕はメッセージを送信すると返信を待つ。

 その間もHR終了の時間はどんどん近づいてきている。


『華村:え、先輩、いつの間に結婚したんですか?』


 どうやら華村さんはすぐに気付いてくれたようで、すぐに返信が返ってくる。

 しかし返信の内容は僕の望むものに一ミリも合致してない。


『種島:違う! 恋愛相談受けてるの! 何かないか至急教えて!!!』


 あとどれくらいでHRが終わるだろうか。

 さっきから教壇にたつ先生がちらちらとこちらを見てきている。

 あれは良いアイディア思いついたよな? 的な視線に違いない。


『華村:うーん、それなら料理を褒めるとか……。あっ、恋人っぽくデートに誘ってみるのも良いと思いますよ!』


 僕が回答を急かすと、今度はまともな答えが返ってくる。

 文面からどれだけ僕が必死か、画面越しに伝わったのかもしれない。

 華村さんの答えを見てみる限りどれもかなり良さそうで、十分なアピールになりそうなものばかりだ。

 さすが華村さんというべきか。

 こういう時の心強さは他の女子と一線を画している。


 僕は華村さんにお礼のメッセージだけ送ると、携帯を直す。

 これなら辰巳先生に文句を言われることもないだろう。

 というかこんなことなら昨日の内に華村さんに聞いておくべきだったかもしれない。

 まぁ思いつかなかったから仕方ないのだが、やはり人間追い詰められれば隠された力を発揮できるとかそういう感じだろうか。

 まだHRの真っ最中というのに、思わず声を上げて笑ってしまいそうになった。

 



「料理の感想、かぁ」


「はい、女性というのは皆、自分の作った料理の感想を言われるのが嬉しいそうです」


「そうなのか?」


 HRが終わり、一時間までの少しの間、僕は辰巳先生に例の件を教えていた。

 辰巳先生は特にぱっとした表情を浮かべるわけではないが、僕の指示に頷いてくれる。

 どうやら今日から実践してみるらしい。


「あ、それと料理のメニューについて聞かれたりしたときは『何でもいい』とかじゃなくて、無理やりにでも自分の食べたいものを言ってください」


 実はお礼を送った後に、華村さんから教えてもらったことには追加があった。

 それがこれである。


「奥さんが作る料理なら何でも美味しい、と思っちゃうかもしれませんが、どうやら女性からしてみれば興味がない様に見えるそうです」


「そ、そうなのか!? 早速今日やらかしてきたんだが……!!」


 僕の言葉に頭を抱える辰巳先生。

 まぁこれから挽回していけば大丈夫だと信じるしかない。

 因みにデートの件はまだ伝えていない。

 これからしばらく様子を見て、良い雰囲気になっていそうだったら教えようと思う。

 辰巳先生が先走ってしまう可能性もあるので、念のためだ。

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