Case.06-02
「恋愛相談、ですか……?」
僕は辰巳先生の言葉を繰り返すように聞き返す。
まさかそんなことを言われるとは思わなかった僕は首を傾げる。
「で、でも先生って確かもう結婚してらっしゃいましたよね……?」
辰巳先生の歳は二十七、八だったと思う。
以前、二十代前半に結婚したという話を聞いていたはずだ。
それなのにどうして恋愛相談を必要とするんだろうか。
「実は、離婚の危機なんだ」
「えぇっ!?」
辰巳先生の爆弾発言に僕は驚く。
そんなこと一生徒に言っても良いようなことなんだろうか。
「だからお前に恋愛相談を受けてほしいんだ! 生徒の間でも評判なんだろ!?」
「なっ、そ、そうなんですか!?」
どうやら辰巳先生もここに来るまでに色々と情報収集をしたりしてきたらしい。
しかし僕のことが先生にまで広がっているとは思わなかった。
確かについ最近、神崎先生に関する恋愛相談を受けたし、そういう可能性があるのは必然だったかもしれない。
「種島だけが頼みなんだ! どうか頼む……!!」
生徒でしかない僕なんかに必死に頭を下げる辰巳先生。
普段見ている限りでは他の先生にこき使われていたり、押しに弱いイメージしかない辰巳先生がここまでするとは、それだけ切羽詰まっているのかもしれない。
「……分かり、ました」
そんな辰巳先生の必死さに負けて、僕は頷くことしか出来なかった。
◆ ◆
「本当に、受けてよかったのかな……」
少しだけ遅くなった放課後の帰り道にはあまり人がいない。
そんな帰り道を一人で歩きながら、夕陽の眩しさにやられて顔を俯ける。
「もし、失敗したらどうする気なんだ」
僕は前回の恋愛相談を思い出す。
あまりにもあっさりと失敗した恋愛相談は、僕の中に確かな変化をもたらしていた。
それが何なのかは分からない。
関係が壊れることについての恐怖か。
関係を壊してしまうことについての恐怖か。
その後の気まずさへの恐怖か。
いずれにせよ、良いものなんかでは一つもない。
「今からでも、断りに行くべきなのかな……?」
恐らく辰巳先生はまだ学校に残っているだろう。
もしかしたらまた他の先生から面倒ごとを頼まれていたりするのかもしれない。
断るなら、早い方が良いに決まっている。
ずるずると後伸ばしにして良いことなんて一つもない。
「…………」
僕は、先生の顔を思い出した。
恋愛相談を頼んできた時の不安そうな顔。
恋愛相談を受けた時の、はち切れんばかりの笑顔。
「…………」
誰もいない帰り道で、僕は自分の掌を見つめる。
好感度しか見えない僕に何が出来るかは全く分からない。
何をするべきで何をするべきでないのかなんて分かりっこないんだ。
もしかしたら僕と辰巳先生の「生徒と担任」という関係が壊れてしまうかもしれない。
もしかしたら辰巳先生と奥さんの「夫婦」という関係を壊してしまうかもしれない。
それでも僕は。
それでも僕は……。
それでも僕は――――この恋愛相談をやり切りたい。
僕に出来ることは『好感度を見れる』だけ。
それなら、迷ってる暇なんてないだろう。
出来ることが一つでも分かっていて、他に何をすればいいのか分からないなら、やってしまえ。
それが今、僕に出来ることで、僕がやらなくちゃいけないことなんだ。
どんな結果になって、どんな結果で終わってしまいそうになったとしても、今回の恋愛相談を全力で、本気で取り組むことが、僕に出来る最大限の誠意だと思った。
今回恋愛相談ををしてきた辰巳先生に対して。
恋愛相談で関係を壊してしまった人に対して。
僕を信じて頼って来てくれた人に対して。
今、出来ることを、やろう。
そして今出来ることに、僕がこれからどうするかを託せばいい。
恋愛相談をこれからどうしていくか、決めればいい。
もし今回の恋愛相談、失敗してみろ。
また誰かの関係を壊したりするなんてことがあったら僕は――――もう二度と、恋愛相談は受けない。
今後一切、絶対に恋愛相談を受けないと誓う。
「でも、逆に……」
もし今回の恋愛相談を成功させられたら。
誰に非難されたっていい。
誰に罵倒されたっていい。
そんなの気にしないから。
気にする意味なんてないから。
自分は。
自分だけは。
自分くらいは。
僕のことを認め続けよう。
僕が『好感度を見ることが出来る』ことも。
僕が恋愛相談を受けつづけることも。
「…………」
一度決めてしまったら、なんだか肩の荷も落ちたような気がした。
まるで自分の暗い内面を無理に照らしてくるようで嫌だったこの夕陽も、今ではこれからの僕の進んでいく道を、ゴールラインから照らしてくれているように思える。
僕は自分の掌を見つめる。
いつの間にか少しだけ汗ばんだその掌には、夕陽が反射して、真っ赤に染まっている。
もしここで拳を握りしめたら、その光さえも握れてしまうのではないか。
自分のあり得なさに思わず笑ってしまいそうになるが、たまにはこんな僕も良いなと、口の端が吊り上がっていくのを感じていた。
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