Case.06-01 担任と奥さん


「……はぁ」


 僕は先日のことを思い出しながら溜息を吐く。

 やはりと言うべきか、僕と舜くんの間に会話はない。

 恋愛相談を失敗するとこういうことが起きてしまうのだ。


「でも、僕だけじゃないんだよな……」


 冴島さんの言葉を思い出す。

 僕は『僕と舜くん』の関係を壊しただけじゃなく、『冴島さんと舜くん』の関係をも壊してしまったのだ。

 二人の関係がそこまで進んだものでもなく、ただのクラスメイトだったとしても、それに変わりはない。


 恋愛相談を受けるということはそういうリスクが常に隠れている。

 仮にも人の心と向かい合うことだ。

 そう簡単に上手くいくはずがないこともあるのは僕だって分かっていたはずだった。

 でも、無意識のうちにそれを見て見ぬふりをしていたのかもしれない。

 成功した時は……なんて免罪符を使って。


「受けないほうが、良いのかな」


 僕はこれまで何組もの恋愛相談を成功させてきた。

 もうそれで十分じゃないのか。

 そもそも普通に生活していれば、好感度が見えるというわけでもないのだし、恋愛相談をやめようと思えば簡単にやめられる。


「…………」


 これまで恋愛相談をしてきた人たちは、何て言うだろうか。

 もし僕が恋愛相談をやめようなんて言ったら、どういう反応をするんだろう。

 賛成してくれるのか、反対されてしまうのか。

 どっちの可能性も大いにありえる。


 僕は、本当にどうしたらいいんだろう。

 一向に出てきそうにない正解に僕は思わず嘆いた。


「……おい、種島!」


「は、はい!」


 そこでようやく考え事から我に返る。

 どうやら先生に呼ばれていたらしい。

 そういえば今はHRの真っ最中だったのを忘れていた。


「放課後、話があるから生徒指導室に来なさい」


「……?」


 そう言うのはクラスの担任でもある松本まつもと 辰巳たつみ先生。

『たっちゃん』の愛称で呼ばれる先生だが、僕は普通に辰巳先生と呼んでいる。

 普段から温厚というかお人好しな性格のせいで、色んな仕事を引き受けているのをよく見かけたりする。

 因みに辰巳先生とは去年からの担任と生徒という関係のままだ。


 そんな辰巳先生が僕に一体何の用だろう。

 生徒指導室ってことはほぼ間違いなく良いことではないだろうが、僕が何かした覚えもない。

 もしかして前回の恋愛相談のことを、舜くんが失敗した腹いせに先生に密告したりしたのだろうかとも思ったが、舜くんはそんなことをするタイプには思えない。


 それに恋愛相談なんて僕以外にも、普通に恋愛経験豊富な人なら受けたことくらいはあるだろう。

 まぁ受けた数で言えば、結構な身に覚えはあるけど。


 結局何のことか分からないまま、HRだけがどんどんと進んでいった。


 ◆   ◆


「……何でここに呼ばれたか分かるか?」


 二人きりの生徒指導室で、辰巳先生は早速話を始める。


「いえ、正直何で呼ばれたのか分かりません」


 HRの時からずっと考えていたのだが、やはり何も思いつかない。

 何か変なことを言って墓穴を掘るよりも、ここは正直に言っておいた方が良いだろう。


「……そうか」


 しかし先生は僕の言葉に一言だけそう頷くと、そのまま黙り込んでしまう。

 僕たちの間を沈黙が支配し始める。

 本当どうして僕は生徒指導室なんかに呼ばれたんだろうか。


「……種島、お前」


 どれくらいの時間が経ったか分からなくなってきた頃、辰巳先生がついに口を開く。

 恐らく本題に入るのだろう辰巳先生に、僕は唾を飲み込む。


「恋愛相談、してるんだってな」


「……はい?」


 まさかの言葉に僕は思わず聞き返す。

 その話題が来るとは微塵も思っていなかった僕は焦る。

 もしかしたら舜くんが本当に恋愛相談失敗したことを言ってしまったのだろうか。


「あれ、違かったか?」


「い、いえ。一応、恋愛相談はしてます、けど……」


 ここで誤魔化しても、後から嘘だとバレるのが怖い。

 僕は頷く。


「ふむ……」


 しかし先生はそれに対して何か言うでもなく、ただ一度頷くと、さっきと同じようにまた黙り込む。

 一体、どういうつもりなんだろう。


 もしかして辰巳先生は僕が恋愛相談を受けていることについての確認だけ取りたかったのだろうか。

 それならば早く帰って、田中くんに借りた漫画の続きを読みたいのだけど。


 相変わらず辰巳先生は黙り込んだままで、何故か目を泳がせている。

 そんな辰巳先生に早く帰らせろという視線を送っていると、ふと目が合う。


「……実はな、種島に頼みがあるんだ」


 すると辰巳先生は緊張したように、そう切り出してくる。

 もともと静かだったからか、先生の唾を呑み込む音が僕の耳に届いた。


 恐らくこれからがわざわざ生徒指導室に呼び出した本当の理由なのだろう。

 じゃあ今まで聞いたことはほとんど何も関係なかったということか。 

 少し舜くんを疑ってしまったが、どうやら勘違いだったらしい。

 ごめん、舜くん。


 それにしても辰巳先生の頼みというのは一体なんだろう。

 僕は辰巳先生の声を待つ。


「…………」


「………?」


「……種島」


「はい、何ですか?」


「お前に――――恋愛相談を頼みたい」


 関係ないと思っていた少し前の話題。

 先生がとった恋愛相談に関する確認。

 どうやらそれは全く関係ないどころか、先生の頼みごとの布石でしかなかった。




 

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