Case.05-01 イケメン君と高嶺の花


 今日も特に何か起こることもなく、平凡な一日が過ぎようとしていた。

 今はHRまでの少しの待ち時間の最中で、クラスメイトはそれぞれ仲のいい友達と会話を楽しんでいる。


 僕はと言えば田中くんが同じクラスだったらぼっちじゃなかったのかもしれないが、残念なことにこのクラスに僕の親友はいない。

 その彼女である園田さんとはある程度話したりするが、今は田中くんとのSNSに夢中になっているようだ。

 他にもこれまで恋愛相談を受けてきた人とは比較的仲が良いが、それでもこの時間は別の友達と話しているので、やっぱり僕はぼっちだった。


「種島」


「ん、沢田くん?」


 ふと名前を呼ばれ、振り返った先に居たのは沢口さわぐち しゅん

 何を隠そう、こやつはイケメンである。

 状況だけで言えば少し今西くんの時と似ているかもしれないけど、沢口くんに至っては本当にイケメンで女子が騒いでいるのを見たこともあった。

 そんなイケメンくんが僕に何の用だろう。


「ちょっと話があるから、放課後、教室に残っててくんないか?」


「あー、うん。分かったよ」


 学校が終わった後の予定を思い出すが、特に何かあるわけでもないので僕は頷く。


「ありがと、助かる」


 そう言って僕から離れていく沢口くん。

 そんな沢口くんの表情は少しだけ緊張しているようで、僕はあの顔を何度か見たことがある。


「……恋愛相談だな、これ」


 恐らくだが沢口くんの話というのはそれだろう。

 しかし今回僕が出る幕は無いかもしれないな。

 なぜなら沢口くんはイケメンでモテモテだ。

 大抵の女子なら告白すればオッケーを貰えることだろう、羨ましい。


「まぁ恋愛相談してくるんだから、ちゃんと話は聞かないとだね」


 また一人になった僕は先生がやって来るまでの間、田中くんに借りておいた恋愛モノの漫画を一人寂しく読んでいた。


 ◆   ◆


「話っていうのは、実は恋愛相談をお願いしたいんだ」


 案の定、沢口くんは開口一番そう告げてきた。

 恐らく僕が恋愛相談を受けていることを誰かにでも聞いたのだろう。


「沢口くんの恋愛相談を受ける分には全然構わないよ」


「そ、そう? あ、それと俺のことは舜でいいよ」


 沢田――舜くんは少しだけほっとしたように胸を撫でおろす。

 別にそもそも僕に頼まなくても、自分の恋愛くらい成就出来るだろうに。

 そうは思っても口には出さない。


「恋愛相談の内容は、好きな人に告白する、で大丈夫かな?」


「あ、うん。告白しようと思ってる」


 どうやら僕の予想も当っていたようで、舜くんは少しだけ照れながら頷く。

 それにしても舜くんの好きな人とは一体誰だろう。


「恋愛相談するにしても誰か分からないとさすがに厳しいから、教えてもらってもいい?」


 今回は特に厳しいということもないだろうが、純粋に気になったので聞いてみる。


「……さ、冴島さん、かな」


 恥ずかしそうに想い人の名前を教えてくれる舜くんとは裏腹に、僕は一気に血の気が引いていくのが分かった。


「冴島さん、ですか……」


 冴島――冴島さえじま 灯里あかり

 彼女の名前を知らない人は、恐らくクラスメイトだけでなく学年にもいないだろう。

 それほど有名になるまでに、冴島さんは綺麗で美人だった。


 確かに冴島さんだったら、舜くんでも恋愛相談しに来るのも分かる。

 こんなイケメンくんでも恋慕してしまうような彼女だが、僕は冴島さんに良い思い出が何一つとしてない。


「……冴島さん、かぁ」


 僕は昔何度か受けた恋愛相談について思い出していた。




 以前、冴島さんが好きで付き合いたいという人から恋愛相談を受けたことがあった。

 その時は僕も冴島さんについては「綺麗だなぁ」というくらいしか認識がなかったので二つ返事で恋愛相談を受けることにしたのだ。

 しかし一つ蓋を開けてみれば、どれだけアドバイスして、アプローチしても全く好感度が上がらない。

 結局我慢が出来なかった依頼人がそのまま告白してしまって、結果玉砕。


 その後も何度か冴島さんに関係する恋愛相談を受けたが、全部だめだった。

 そしてその過程で僕が恋愛相談したということが何故か冴島さんに知られてしまったようで、僕は冴島さんに嫌われてしまっている。

 直接そう言われたわけではないが、恋愛相談を受けたりしていると睨まれることも少なくはないので、恐らくそういうことだろう。




 それ以来、冴島さんに関する恋愛相談は受けないようにしていたのだが、まさか舜くんが冴島さんを好きだなんて思ってもみなかった。

 いや、可能性自体は大いにあったはずなのに舜くんがイケメンで今回の恋愛相談は楽そうだなんて油断していたのだ。

 しかし一度恋愛相談を受けてしまった手前、今更やっぱ無理だなんて言えるはずがない。


「…………」


 今回は、上手くいってくれるだろうか。

 恋愛相談が失敗してしまった時のあの依頼人の顔は、出来るだけ見たくない。

 その後の依頼人との関係もほとんど無くなってしまったり、本当良いことなんて一つもない。


 でも今回の恋愛相談を依頼してきたのは、舜くんだ。

 イケメンでよくモテる舜くんならもしかしたら、成功してくれるかもしれないんじゃないか……?


 僕はその可能性を望みながら、今回の恋愛相談で何が出来るか考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る