Case.04-08


「何を、言ってるのかが、分からないよ……?」


 僕の言葉に戸惑う先生。

 でも僕は分かっている。

 神崎先生が一番好きな人のことも、一番嫌いな人のことも。


 僕には、僕に対する好感度を見ることが出来ない。

 他人から他人への好感度しか見ることが出来ない。

 そこに例外は一つもなく、ただ事実として僕に降りかかってくる。


 だから僕は見た。

 神崎先生の、僕以外への誰かに対する好感度を。

 神崎先生の、


『19』

 これが、僕が最後に見た神崎先生から神崎先生に対する好感度だ。

 でももしかしたら今ではもっと下がっているかもしれない。

 なぜならその一瞬前は『20』だったからだ。

 そしてその一瞬前は『21』、『22』、『23』とまだ高かった。

 僕がその好感度を見ている数秒程度の間で、ここまで下がって来たのだ。


 今はどこまで下がっているのだろう。

 神崎先生の自分自身への好感度は。

 これ以上、それを覗こうとも思わない。


「神崎先生、そろそろ認めてもいいんじゃないですか?」


 ――――本当は裕生先輩のことが好きだってこと。


「……っ」


 僕の言葉に先生は肩を揺らす。

 それが何よりも僕の言葉の真実であることを物語っていた。


「どうして、振ったんですか?」


 だから僕は先生の言葉を待つことなく、何よりも聞きたかったことを聞く。


「…………仕方ないの。私たちは、教師と生徒なんだから」


「それがなんですか」


 長い沈黙の末に出された答えは到底僕が納得出来るものなんかじゃない。

 そんな関係がなんだ。

 たかがそれだけのことで両想いが叶えられないなんてことがあるわけがない。

 あっていいはずがない。


「……種島くんには、好きな人からの告白を受け入れられないこの気持ちが、分からないでしょ……?」


 神崎先生の頬を涙が伝っていく。

 悲しい、苦しい、そういった感情を上塗りするかのように笑みを浮かべている。


はそんなの分かりたくありません」


 神崎先生の言葉に僕が口を開こうとした時、後ろからその声が聞こえてきた。

 ここ最近何度聞いたか分からない声に、わざわざ振り向くまでもない。

 そしてその誰かを見た神崎先生は大きく目を見開く。


「裕生、くん……」


 どうしてここに、という声にならない声が聞こえてくる。

 僕は一度だけ裕生先輩に目を向けると、苦笑いを浮かべる。


「裕生先輩、慰めはいらないみたいですね」


「……あぁ、さんきゅ」


 当事者が二人とも揃っているこの状況で、これ以上何かする必要はない。

 ここに戻って来てくれた先輩が、簡単に折れたりするなんて絶対にないだろう。

 そう信じて僕は、二人の間から少し離れる。


「先生、やっぱり俺、先生のことが好きです。だから付き合ってほしいんです」


 裕生先輩はもう一度自分の気持ちを伝える。

 その言葉が本当かどうかなんて、今更すぎて笑えてきた。


「……私も、裕生くんのことは好き」


 二度目の告白に、今度は正直な気持ちを伝える神崎先生。


「……でも、やっぱり付き合うのはだめなの」


 しかしそこにはきっぱりとした拒絶も含まれている。


「それは、俺たちが教師と生徒だからですか?」


「……うん」


 裕生先輩が、僕たちの話をどこから聞いていたのかは分からない。

 それでも神崎先生は頷く。


「その関係上、どうしても付き合うことは出来ないの」


 僕や裕生先輩はまだ子供だ。

 大人に頼らなければ生きていけない小さな存在だ。

 だからこそ僕たちには見えないで、神崎先生には見えているものがあるのかもしれない。

 ただそんなことで裕生先輩が諦めるとは思えないけど。


「じゃあ、俺が卒業したらどうですか?」


「……ぇ」


 裕生先輩の突然の提案に、神崎先生は動揺を隠せない。

 その視線は焦りか戸惑いに支配されて、裕生先輩に向けられている。


「俺、頭悪いから大学に行けるかどうか分からないですけど、それでも卒業したらっていう関係はなくなりますよね」


 それはあまりにも単純で、簡単な解決方法。

 二人の関係を進めるための障害物を一瞬で壊しきってしまうほどの大きな一撃。



 ――――好きです。


「俺が高校卒業したら、付き合ってくれませんか」


 裕生先輩は頭を下げ、その手を差し出す。

 それはまるでさっき見た光景と同じだ。

 でも今回は違う。

 違わないけど、絶対違う。

 僕はそう思いながら、神崎先生の言葉を待つ。


「…………こちらこそ、よろしくお願いします」


 そして神崎先生は、ゆっくりと現実を噛みしめるようにして、裕生先輩の手を握り返した。


 ◆   ◆


 屋上での不良先輩と女教師による告白の一件以来、数日が過ぎた。

 放課後でHRも終わった僕は、玄関に向けて廊下を歩いている。


「種島くーん!」


「か、神崎先生?」


 すると突然後ろの方から声をかけられ、振り返る。

 そこには肩で息をする神崎先生の姿があった。

 そんなに慌てて一体どうしたのだろうか。


「えっと、色々なことについてのお礼をと思って。はいこれ」


「これは、クッキーですか……?」


 手渡されたものに目を落とすと、それはいつか裕生先輩が貰っていたクッキーだった。

 可愛くラッピングされているあたりが、やはり先生らしい。


「まぁどうして種島くんがを知っているのか聞きたいところだけど、それは我慢しておこうかなっ」


「そ、そうしてくれると助かります」


 可愛く笑みを浮かべる神崎先生だが、正直かなりありがたい。

 恐らく神崎先生は何か特別なことがあることを分かっていて、見逃してくれているのだろう。


「そういえば最近、放課後に裕生先輩に会いませんね」


 昨日や一昨日も、実は一度も見かけていない。

 その前までは一緒に帰ったりしていたので寂しいと言えば寂しい。


「あ、実はね、私が勉強を教えてるの」


「……?」


「ふ、二人きりの時間を作りたくて、じゃあついでに受験勉強を手伝ってあげようかと……」


「先生、受験勉強がついでじゃだめだと思います」


 僕の言葉に、えへへと恥ずかしそうに頬を掻く神崎先生。

 しかしまさか二人がそんなことをしていたなんて全く知らなかった。

 それにしてもこの幸せそうな顔。

 あれだけ教師と生徒の交際はだめ! と言っていた人とは到底思えない。


「リア充(仮)かっこかりは爆発してください」


「あれ、そんなこと言うと数学の授業で当てまくっちゃうぞ?」


 権力を盾に恐ろしいことを言ってくる神崎先生。


「……それは本当勘弁してください」


 神崎先生に許してもらうまで、僕はひたすら頭を下げ続ける。

 ようやく許してもらったところで、神崎先生は恐らく裕生先輩がいるだろう場所へ向かおうとする。


「神崎先生」


 そんな後ろ姿に向かって、僕は声をかける。

 一つ気になっていたことがあったのを思い出したのだ。


「嫌いな人はいなくなりましたか?」


「……えぇ、もちろん。だって、好きな人の未来の彼女さんですもの」


 僕はその言葉を信じる。

 わざわざ好感度を確かめるなんて、野暮なだけだ。

 ただその時の先生の笑みは、本当に心から笑ってくれているような気がした。

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