Case.04-07


「…………」


 僕は無言で屋上の一角に座っていた。

 もうすぐここに神崎先生がやってくるはず。

 既に裕生先輩は準備完了していて、あとは神崎先生が来るのを待つだけ。

 ここからだと二人の声が聞こえるくらいで、お互いの姿は見ようとしなければ見えることもない。


 因みに僕がここにいることを先輩は知らない。

 僕の独断的な行動だ。

 盗み聞きという行為が悪いものであることは十分に理解しているし、するつもりもなかった。

 でもやはり相談を受けた身として最後まで見届けたいという勝手な思いで僕はここに居る。


 ――――来た。

 小さく聞こえる屋上の扉の開けられる音。

 どうやら裕生先輩が呼び出しておいた神崎先生がやってきたらしい。


「…………」


 僕は自分の存在に気付かれないように、息を潜める。

 そして耳を澄ませながら、二人の姿をこっそりと確かめる。


「先生、わざわざこんなところまで来てもらってすみません」


「い、いや大丈夫よ。それにしてもいきなりどうしたの?」


 神崎先生の声はやはり何かあるのか、若干上擦っている。

 しかし緊張している裕生先輩はそのことに気付いていない。


「先生!」


 裕生先輩が声を張る。


「俺、先生のことが――」


 見なくても裕生先輩が緊張でどうにかなってしまいそうな状況が良く分かる。

 でもあと一言でそれも終わる。


「――――好きです!」


 俺と付き合ってください!

 そう言って先生に頭を下げながら手を差し出す。

 それは裕生先輩らしいストレートな気持ちの表し方。


 あとは神崎先生の反応だけ。

 しかし少し前に見た神崎先生から裕生先輩に対する好感度は相変わらず『70』を超え、裕生先輩のそれに匹敵しそうなほどだった。

 結果はほぼ分かり切っていた――


「ごめんなさい」


 ――――はずだった。

 それなのに神崎先生の口から出た言葉は、単純かつ明瞭な拒絶の言葉。

 僕は思わず神崎先生を凝視してしまう。

 場所的に後ろ姿しか見えず、その表情は窺えないが、神崎先生はどうしてそんな言葉を言ったのか全く分からない。

 好きだったはずなのだ。

 少なくとも少し前までは。


「……っ」


 僕は今の好感度を確かめる。

 今の一瞬でそんなに下がってしまったのかと思ったのに、そこには相変わらず『70』を超えるという高い好感度が僕に姿を見せていた。


 なんでだ。

 本当になんでなんだ。

 どうして。

 なんで。

 意味が分からない。


 もしかして、僕にだけ聞こえた幻聴だったのだろうか。

 きっとそうだ。

 それくらいしか思いつかない。

 だって好感度はこんなに高いんだから。


「本当に、ごめんなさい」


「――――」


 しかし神崎先生は、決定的な止めを僕たちに突き刺した。

 僕は隠れることも忘れて、神崎先生だけを見ている。

 一体あの人は何がしたいんだ、と。


 拒絶の言葉を向けられた裕生先輩は頭を上げ、手も戻す。

 そしてそのままゆっくりと屋上の扉へと向かう。

 その足取りはもはやちゃんと歩けているとは言い難く、今にも地面に沈んでしまいそうなほどの重たい歩みだった。


 ――――バタン。


 裕生先輩の通った屋上の扉が閉まる音がする。

 そこに残ったのは、僕と、神崎先生と、あとは妙な虚無感だけだ。


「…………」


 僕は悪い夢でも見ているんだろうか。

 いっそこれが夢ならどれだけいいことか。

 それでも僕の頬を撫でる冷たい風は、これが夢じゃないと悟らせるには十分なもので、思わず手で顔を覆った。


「……なんで」


 誰にも聞こえることのない独白が、口からこぼれる。


「……どうして」


 納得できないモヤモヤ感が僕の胸の中で渦巻く。


「どうして、先輩は振られなくちゃいけなかったんだ」


 僕はただ無意識なうちに神崎先生に視線を向ける。

 先ほどと変わらない位置で、変わらない姿勢に、変わらない顔の向き。

 そんな神崎先生と僕の視線との間に、そっと指で作った輪っかを入れ込む。


「…………」


 少しして僕は手を重力のままに下ろすと、今度は重力に逆らうようにして立ち上がる。

 そして僕は神崎先生に向かって歩き出す。

 当然、僕の足音に気付いた先生が振り返り、僕に気付くと少しだけ驚いた顔を浮かべている。

 でもすぐにそんな驚いた顔も引っ込むと、今度はどこか寂しそうな笑みを浮かべる。


「種島くん、見てたんだね……」


「…………」


 僕は神崎先生の言葉に対して何も言わないし、言おうとも思わない。


「まぁ、裕生くんの友達だし、心配もしちゃうよね」


 心配なんてしていなかった。

 結果が分かっていたから。

 それが覆るとも思わず、僕はのんきに事の経過だけを見ていた。


「裕生くんを悲しませた私のことは、嫌いになっちゃったかな……っ」


 僕に笑みを向ける神崎先生。

 そこにはもう嬉しさも楽しさも残っていない。

 ただ哀愁だけが漂っている。


「僕は、聞きたいだけです」


「う、ん……?」


「神崎先生は、どうして裕生先輩を振ったんですか?」


「そりゃあ、好きじゃなかったから……かな?」


「嘘ですよね」


 僕は神崎先生の嘘を許さない。

 例えこれから何か疑われようとも、今を見逃そうとは思わない。


「神崎先生は、裕生先輩のことが好きだったはずです」


「……どうしてそんなことが分かるのか、聞いても?」


「答える義理がありません」


 今はただ聞きたいだけ。

 振った理由を。


「それに僕が神崎先生のことを嫌いになる必要なんてありませんよね」


「……?」


「だってが一番、のことを嫌ってるじゃないですか」


 だから、僕が嫌う理由なんてない。

 僕はただ、知りたいだけ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る