Case.04-06


「……裕生先輩、神崎先生に好かれるようなこと何かしましたか?」


 僕は屋上で昼ご飯を食べながら、隣で焼きそばパンを食べる裕生先輩に聞いてみた。

 この前、僕と裕生先輩が警察署まで連れていかれて以来、どういう訳か神崎先生の好意が裕生先輩に向けられているようなのだ。


「いや、嫌われるようなことはしたと思うけど、好かれるようなことは何もしてないな」


 しかし当の好かれている本人はその自覚がなく、あまつさえ嫌われたと思っているのだ。

 確かに約束を放って僕の所へやってきたわけだから、そう思ってしまうのも仕方ないのだが、神崎先生は本当一体どうしたのだろう。


 もちろん神崎先生が裕生先輩に好意を抱いているということは、裕生先輩本人には伝えていない。

 きっと伝えても信じてもらえない可能性の方が高いだろうし、どうしてそんなこと分かるんだという話にもなる。


 僕は隣で美味しそうに焼きそばパンを頬張る裕生先輩にため息を吐く。

 全くこの人は、こっちの気も知らないで……!

 僕は弁当の最後の一口を口に放り込んだ。


 


「あ、先生! 俺手伝いますよ!」


 昼食も食べ終わり僕たちが教室に戻っていると、重たそうな荷物を運んでいる神崎先生を目聡く見つける裕生先輩。

 慣れた感じで神崎先生に近付いていく。

 しかしそんな裕生先輩とは裏腹に、どこか慌てている神崎先生。


「じゃあ先生これどこに運べばいいんですかっ?」


「え、えっと……し、職員室までお願いします……」


 その口調もいつものおっとりとした感じではなく、どこか尻すぼみな感じがする。

 そんな神崎先生に気付かず、裕生先輩は荷物を受け取ると職員室に向かっていく。

 僕はそんな二人の好感度を確かめる。

 やはり両方ともかなり高い。

 好感度だけ見るならばもう付き合っていないのが不思議なくらいだ。


「何かあったとしか考えられないよなぁ……」


 じゃなければこんな急な変化があるとは思えない。

 きっと裕生先輩が気づかないうちに、神崎先生を惚れさせてしまうようなことをしてしまったのだろう。

 それが何なのか分からない。

 でも今回に関してはそこまでそれは重要なことではない。


「するなら、好感度が高い今のうちか……」


 僕はポケットから携帯を取り出す。

 そして裕生先輩とのSNS画面にまで行き、放課後学校近くのファミレスに来るように連絡しておいた。


 ◆   ◆


「急に呼び出してきてどうしたんだ? 珍しい」


「いえ、実は裕生先輩にお話がありまして」


 ファミレスにやって来た僕たちは、単品で頼んだドリンクバーで喉を潤す。

 少し落ち着いたところで本題だ。


「裕生先輩、そろそろ告白してみませんか?」


 僕は裕生先輩の目を見つめながら、そう言った。

 裕生先輩は僕の言葉を聞くと黙り込む。

 その間、僕たちの視線は重なったまま。


「裕生先輩はこれまで神崎先生の手助けを一杯してきました」


 荷物運びから授業の準備、それはもう沢山。

 従者と思われても仕方ないほどの仕事っぷりだったと思う。


「約束を放ってしまったのはいけなかったかもしれませんが、あれからある程度時間も経ちました」


 あの一件で好感度が下がってしまっていると思っている裕生先輩を納得させるための言葉。

 その言葉に裕生先輩は何も言ってこない。

 だから僕は続ける。


「そろそろ、もう一歩踏み出してみてもいいんじゃないですか?」


 裕生先輩自身の勇気を。

 二人の関係を。


「…………」


 裕生先輩は僕から視線を外すと、緑色のメロンソーダを一気飲みする。

 空になったグラスが音を立ててテーブルに置かれる。


「……頑張るか」


 そして先輩は小さな声でそう呟いた。

 テーブルの上に置かれた拳はぎゅっと握られている。


「俺も、これまで結構頑張ったと思う」


「…………」


「これまでこんなに人を好きになったこと無くて、絶対成功させたかったんだ」


 先輩は空のグラスを見つめながら、ぽつりぽつりと呟いていく。


「絶対、先生と付き合いたい」


 裕生先輩はもう一度、僕に視線を向ける。


「ここまで頑張ってこれたのも、種島のおかげだよ」


「いや、僕はそんな……」


 僕がしたことと言ったら手伝うようにアドバイスしたくらいで、逆に約束の邪魔もしてしまった。

 もしかしたらあの時僕が捕まっていなければ、裕生先輩はもう付き合えていたかもしれないというのに。


「いいや、俺にとっては凄い大きな存在だったよ、種島は」


 僕の言葉を真っ向から否定する裕生先輩。

 そして握りしめられた拳を僕に突き出してくる。


「もし先生に振られたら、そん時は――――慰めてくれよ」


「……はい、じゃあその時は」


 僕はそれだけ言うと、目の前の拳に、自分の拳をぶつけた。

 

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