Case.04-05
「どうして来ちゃったんですか、裕生先輩」
自分でも苦笑いを浮かべているのが分かる。
そんな僕に同じように苦笑いを浮かべる裕生先輩。
「仕方ねえだろ? ダチなんだからよ」
ああ、そうか。
僕は裕生先輩のその言葉を聞いて思わず笑いそうになる。
この人がこういう性格だから、神崎先生の優しさだけで好きになったり、今日みたいに一緒に出掛ける予定が出来たりするんだ。
「それは、仕方なかったですね」
「あぁそうだろ?」
思わず返した僕の言葉に、先輩も答える。
「お前ら、邪魔」
裕生先輩は僕を囲むように立っている不良たちを睨む。
自分に向けられているものではないと理解しつつも、若干怖いくらいだ。
「……うぁ」
そんな先輩の睨みを受け、不良たちは僕から離れていく。
先輩は僕に近付くと、すぐに縄を解く。
久しぶりに自由になった僕は気持ちよく伸びをする。
こんな状況でと思うかもしれないが、どうしてだろう。
裕生先輩がいるだけで安心感が違う。
「く、クソがっ……!」
不良たちの内の一人が我を忘れたように、裕生先輩を殴りつけようとする。
裕生先輩はそんな相手の拳を軽々と受け止めると、そのまま押し返すだけで、殴り返すことはしない。
「俺、この前先生と約束しちゃったんだよ」
「なんてです?」
僕が不思議そうな顔を浮かべているのに気付いたのか、先輩が教えてくれる。
「『喧嘩はしない』ってさ」
「あー、神崎先生ならありそうですね」
「だから殴られても、殴り返せないんだわ」
「まぁそれは頑張るしかないですね」
僕たちはこんな状況にも関わらず、暢気に話す。
その間にもいくつもの拳が飛んでくるが、先輩は軽々と受け止め押し返すだけ。 それを何度も繰り返している。
それだけ裕生先輩が凄いということだろう。
「でも、これからどうするか」
「逃げるって言っても、逃がしてくれそうじゃないですもんね」
裕生先輩だけなら逃げるのは簡単だろうが、僕を連れて逃げるのはさすがに難しいだろう。
このままずっと殴られて押し返すの作業を続けるのも、もしという可能性もある。
出来ればどうにかしたいところだ。
――――。
その時、どこからかパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
初めは関係ないだろうと思っていた僕も、次第に近づいてくるにつれて「もしかしてここに向かってる?」と思わざるを得ない。
しかしだとしたらいったい誰が……裕生先輩?
「い、いや俺じゃねえぞ?」
僕の考えを察したのか、首を振る裕生先輩。
では一体誰が……?
やはりと言うべきか、パトカーのサイレンの音はすぐ近くで止まったように思える。
そしてそのすぐ後に聞こえてくる何人かの足音。
「お前たち、動くな!」
部屋の中に入って来たのは、警察服に身を包んだ数人の男の人たちだった。
当然僕たちに反抗する理由などなく、僕と裕生先輩は素直に従う。
そのまま僕たちは部屋の外に連れていかれ、そのまま人生初となるパトカーに乗らされることとなった。
他の不良たちがどうなったかは分からないが、僕たちを乗せたパトカーをゆっくりと動き始めた。
◆ ◆
「じゃあ君たちは絡まれただけなんだね?」
「はい」
僕は一応の事情聴取のために警察署まで連れてこられていた。
何度も同じ質問ばかりするのは、被害者な僕たちが全く怪我をしていないのも関係しているのだろう。
「どうやら身元引受人の方も来られたようだし、君たちはもう帰っていいよ。他の子たちは警察で対処しておくから」
「はい、ありがとうございます」
僕は一度お礼を言うと、首を傾げる。
身元引受人の方って一体誰が来てくれたんだろう。
僕は警察の人に連れられながら、廊下を歩いていく。
「か、神崎先生……」
身元引受人の顔を見た僕と裕生先輩は思わず固まる。
どういうわけか身元引受人にやって来たのは、神崎先生だった。
というか普通に僕たちの学校名を聞かれたので、先生がやってきただけか……。
「け、喧嘩したって聞いて……」
神崎先生は走って来たのか、息を荒くしている。
その顔には「喧嘩」という単語に焦りが見え隠れしている。
「い、いや先生、僕たちは喧嘩してないですよ」
「そ、そうなの……?」
「殴られそうにはなったんですが、裕生先輩が守ってくれて。裕生先輩も守ってくれただけで相手を殴り返したりはしてませんよ」
「よ、よかったぁ」
僕の言葉にほっと息を吐く神崎先生。
僕が説明している間、裕生先輩は予定を放棄した後ろめたさがあるのか緊張で固まっている。
「じ、じゃあ帰りましょうか」
もうすっかり日も傾き、夕陽が僕たちを照らしている。
これでは今からどこかに行ったりすることは出来ないだろう。
「……」
僕は前を歩く二人を見ながら、黙り込む。
これはまずいことをしてしまったかもしれない。
喧嘩はしていないからと言って、警察署まで連れてこられてしまった。
それは言い訳できない事実だ。
神崎先生から、僕たちに対する好感度が下がっていたとしても何の不思議もない。
僕に対する好感度が下がるのはまだいい。
でもこれまで沢山頑張ってきた裕生先輩に対する好感度が下がってしまうのは本当にだめだ。
ただ今更いくら言ったところで過ぎてしまったものは仕方がない。
僕は無言のまま、指で作った輪っかを目の前に持ってくる。
出来るだけ好感度が下がっていないことを祈りながら。
「……え?」
そこには僕の理解できない好感度があった。
何度も目を擦り、自分の見間違いじゃないか確かめる。
しかし僕の目に映る好感度は変わらない。
『73』
これが、紛れもない神崎先生から裕生先輩への好感度だった。
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