Case.04-02


「ま、まさか本当に昼休みにやってくるなんて……」


 僕は目の前の不良さんに聞こえない程度の声でそう呟く。

 昨日の予想とは裏腹に、不良さんが僕に話をしにきたのは昼休みの真っ最中だった。


 僕が不良さんに声をかけられた時のクラスメイトたちといったら、皆が皆驚きを隠せていなかった。

 園田さんに会いに来ていた田中くんも顎がはずれるんじゃないかと聞きたくなるくらい口を大きく開けていた。


「急にすまなかったな」


「あ、いえいえ」


 風の気持ちいい屋上には僕たちしかいない。

 最初は何人かいたのだけど、不良さんがやってきたのを見た途端慌ててどこかへ行ってしまった。


「俺は星川ほしかわ 裕生ゆうき。三年だ」


「ほ、星川先輩ですか」


 三年と言うことは僕の一個上の先輩だったらしい。

 確かに同学年では見たことなかったので、二年ではないだろうなとは思っていた。


「下の名前でいいぞ」


「わ、分かりました裕生先輩」


 どうやら裕生先輩は見た目に反して話しやすい性格らしい。

 僕は先輩の名前を口に出してみる。


「おまえは確か種島だったよな」


「そ、そうです」


 どうして知っているのかとも思ったけど、僕が恋愛相談だと知っているのだから名前を知っているのは当然のことだろう。

 一応これでそれぞれの自己紹介は済んだ。


「それで、裕生先輩の好きな人って言うのは誰なんですか?」


 いきなり聞くのもどうかと思ったが、これを聞かなくては恋愛相談は始まらない。

 裕生先輩もそれは分かってくれているはずだ。


「俺が好きなのは――――神崎かんざき 菜々花ななか先生だ」


 裕生先輩の口から、想い人の名前が告げられる。

 しかしさすがに予想外な人の名前に、僕は思わず目を見開く。


「神崎、先生……!?」


 その先生は、僕たちの学校に勤めている先生だ。

 しかも僕にいたっては数学の授業でもお世話になっている。

 分かりやすい授業で僕もありがたいのだが、その先生に関してもう一つ特徴をあげるとするならば、その人気の高さだ。

 先生は新卒でこの学校に入ったために相応に年若い。

 しかも見た目も整っており、かつ、生徒たちに分け隔てなく優しいのも人気の高さの理由だ。


「ど、どうしてまた……」


 神崎先生なんだ……と思わずにはいられない。

 それほどまでに裕生先輩とは全く合いそうにない。

 そもそも不良でもある裕生先輩がどうして正反対のところにいる神崎先輩のことが好きになったのだろう。


「……神崎先生は優しいんだよ」


 先輩の言葉にうなずく。

 授業でもその他でも、本当にそう思う。


「もちろん、その優しさが俺だけになんて傲慢なことは言わない」


 そう、神崎先生の優しさは皆に向いているのだ。

 裕生先輩にだけ優しいんじゃない。

 それを分かっているなら、どうして。


「それでもやっぱり、好きになったものは好きなんだよ」


「……」


 僕は先輩の言葉に黙りこむ。

 確かに「好き」というのはそういうものかもしれない。

 諦めようと思って簡単に諦められるようなものじゃないのは、これまでの恋愛相談で十分分かってるつもりだ。

 もちろん諦める人がいることも否定はしない。

 でも少なくとも裕生先輩はそのタイプの人間ではないのだろう。


「でも自分で何でも出来るとは思わねぇ。だから、種島に恋愛相談することにしたんだよ」


「……はい」


 諦めきれない。

 でも自分じゃ出来そうにない。

 その最後の頼み綱として僕に恋愛相談にきた裕生先輩。


「……僕にも、出来ないことはあります」


 これまでの恋愛相談で失敗させてしまったこともある。

 神崎先生に裕生先輩のことを好きにならせることが出来ないかもしれない。

 むしろその可能性の方が大きいと言わざるを得ないだろう。


「でも、頑張ります」


 せめて先輩の気持ちに一ミリでも届くように。

 少しでも先輩が報われるように。


「……あぁ、よろしく頼む」


 先輩がそう言った瞬間、僕たちの関係は少しだけ進んだような気がした。




「そういえば裕生先輩は、神崎先生にどんな風に優しくされたんですか?」


 ふと気になって聞いてみる。

 好きになってしまうほどの優しさとは、一体どんなものだろう。

 これからも恋愛相談を受けていくだろう僕にとってはかなり重要な情報である。


「大したことじゃねえからな?」


 少しだけ恥ずかしそうに裕生先輩はそっぽを向く。

 しかしそんなことはないだろう。

 言っちゃ悪いが不良な裕生先輩が惚れるくらいだから、相当なものだったに違いない。

 僕は裕生先輩に教えてくださいと頭を下げる。


「あー、えっとなぁ……」


 そんな僕に折れてくれたのか、先輩は教えてくれそうだ。

 もしすごい内容だったらこれからの恋愛相談で活かそう。

 そんなことを思いながら裕生先輩の言葉に耳を傾ける。


「怪我してた俺に、絆創膏を貼ってくれたんだよ」


「……」


 本当に大したことじゃなかった。

 僕は思わず落胆する。


「いやぁ、あれはやばかったなぁ」


 と、照れる裕生先輩。

 しかし何がやばいのか全くと言っていいほど分からない。

 どうやら裕生先輩は途方なまでにちょろかったらしい。

 意外な裕生先輩の一面に思わず吹き出した。

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