Case.03-08

「園田さん……っ!」


 田中くんは園田さんの名前を呼ぶ。

 何とか彼女に追いついた田中くんの息は荒い。


「田中、さん……」


 振りかえる園田さんの目は腫れていて、その頬には涙が伝っている。

 田中くんもそれを見て、拳を握りしめている。

 園田さんの声は弱弱しく、風に流されてすぐに消えてしまいそうだ。


 僕は今、草むらに隠れながらそんな二人を窺っている。

 隣では佐々木さんが心配そうに二人を見ていて、今にも飛び出してしまいそう。


「どうして、追いかけてきてくれたんですか……?」


「それ、は」


 園田さんの蚊の鳴くような声で紡がれる質問に、田中くんは声を詰まらせる。

 僕に言われたから、なんてことは言えないのは田中くん自身も分かっているはずだ。

 だから何て言えばいいのか分からず、迷っているんだろう。


「……ごめん」


 沈黙の末に、田中くんから出た言葉はそれだった。


「ほんと、ごめん」


 もう一度、それを呟く。

 顔を伏せながら、拳を握りしめながら。

 田中くんは呟く。


 それは何に対しての「ごめん」なのか。

 まだ誰にも分からない。

 今は田中くんだけが知っている。


「僕は、園田さんと話したりするのが、楽しくて好きです」


「…………」


「僕は、園田さんの隣を歩いたり、一緒に電車に乗るのが、大好きです」


「……だったら、どうして。どうして、私の気持ちを受け取ってくれないんですか……っ」


 田中くんの言葉に、園田さんが答える。

 観覧車で起こった事実を、田中くんに突きつける。

 どうして、と。

 なんで、と。


「『だから』だよ……!」


 その園田さんの言葉を田中くんは迎え撃つ。

 真正面から、正々堂々と。

 もう背を向けない、目を逸らさない。

 もう逃げない。


「その時間が、園田さんとの時間が、 僕にとってかけがえのない時間だったから……っ!」


 ――――壊れるのが嫌だったんだ。


「この時間があるのは、僕と園田さんが友達だからこそで……っ」


 もし何かあった時に、僕は、僕は――


「――――友達以下になっちゃうのがごわぐて……っ!」


 だから観覧車の時、園田さんの気持ちを受け取らなかったんだ。

 田中くんには田中くんなりの考えがあって。

 でもそれはきっと園田さんを傷つけるもので。

 一人でぐちゃぐちゃになっていたんだろう。


「ぼぐは……! ぞのだざんのごどがずぎだがら……っ!」


「……っ」


「自分が、ぞのださんとづりあってないごとなんかわがってだし……!」


「そんな……こと……っ!」


「ぞれでもっ!!!」


「……っ」


「ぞれでも、ほんどうに、ゆるざれるのならっ――




 ――――ぼぐだげのメインヒロインになっでぐだざい……っ!!!」


 震えながら差し出す手。

 園田さんは口を押えながら、その手を見つめている。

 そして、


「それなら、田中さんも、私の、私だけの王子様になってくださいね……?」


 クラスメイトと親友の恋愛相談が終わった。


 ◆   ◆


「はいこれ! すごく面白かったから貸そうと思って」


 今は昼休み。

 田中くんがうちのクラスに漫画を持ってきている。


「ありがとうございます! 読むの楽しみにしてますねっ」


 それを受け取るのは僕じゃない。

 田中くんの彼女、園田 灯里さんだ。


「あ、これって今度実写映画化するってやつですよね!」


「そうそう、恋愛ものだから園田さんも楽しめると思うよ」


 この頃、田中くんの本の好みが変わってきたらしい。

 前までは爽快なバトルアクションものや、シリアスな展開のミステリーものなどが趣味だったはずなのに、最近ではすっかり恋愛ものになってしまった。


「種島くんも園田さんが読み終わったら、次に読んでみるといいよ!」


 変わったと言えばもう一つ。

 本を貸す順番が変わった。

 べ、別に気にしてるとかそういうわけじゃないんだけれど、前までは田中くん、僕、園田さんの順番で読みまわされていた漫画が、今では田中くん、園田さん、僕という順番になっている。


「わー楽しみ楽しみ」


 まぁそうなってしまうのも無理はないのだろう。

 なんせ人生で初めて出来た彼女だ。

 しかも相手がこんな可愛い女の子と来た。

 はぁ、ほんと羨ましい。


 まさか親友に先を越されるとは思わなかった。

 自分で恋愛相談を手伝っておいてなんだが、本当もう何というか、リア充爆発しろ。


「……ん?」


 そんなことを考えながら、僕は園田さんが持っている漫画の表紙をチラ見する。

 どこかで見覚えがあるそれは、この前CMかなんかで見た気がする……。

 どんな内容だったかな。

 そうあれは確か『今時な女の子と、冴えない男の子の恋物語』だった気がする。


 ほんともう、何というか。

 思わず僕まで笑ってしまいそうだ。

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