Case.03-07
「あれ、あの二人は?」
「ん? あの二人なら、あそこだよ」
飲み物を買いに行ってから戻ってきた佐々木さんに、今の二人の居場所を教える。
二人は今、観覧車に乗っている。
もちろん、二人きりで。
遊園地での時間ももうすぐ終わる。
色々あったけれど、結局最後に乗るのはこれだろう。
「あの二人、大丈夫かなぁ?」
佐々木さんが心配するのも仕方ない。
今日一日を通しても結構失敗続きだったのは本当のことだ。
「心配?」
「うん、凄く」
「じゃあ、聞いてみようか」
僕は持っていた携帯の通話画面のスピーカー部分を押す。
すると途端に大きく流れ出す、二人の会話。
「こ、これって?」
「あぁ、観覧車の中の二人の会話。通話を繋げてもらってたんだ」
本当はこんな盗み聞きみたいなことはしたくないのだが、何が起こるか分からない以上その後のことを円滑に進めるためにはこうするのが一番だと思った。
もちろんちゃんとこちらの声があちらに届かないようにミュート設定にはしている。
そして僕と佐々木さんは二人の会話に耳を澄ませる。
『景色、綺麗ですね』
『そ、そそそそうですねっ!』
園田さんの緊張した声と、田中くんの緊張しすぎた声。
「ふふっ、田中くんは緊張しすぎだね」
「いっつもこんな感じなんだよね」
佐々木さんも思わず苦笑いを浮かべている。
釣られて僕も普段からのことを思い出し笑う。
『今日は一日色々とありがとうございました、凄く楽しかったです』
『ぼ、僕の方こそすごく楽しかった!』
『そ、そうですか? 楽しんでいただけましたか……?』
心配そうな声で田中くんに今日のことを尋ねる園田さん。
しかし問題ないだろう。
傍から見てても、今日の田中くんはいつもよりかなり楽しんでいた。
それこそ僕と一緒に漫画の話をしている時なんかよりもずっと。
『楽しんだよ! ほんとに楽しめた!!』
案の定そう答える田中くん。
その答えを聞いた園田さんがどんな顔をしているのかも、簡単に想像できる。
『……あの!』
『は、はいっ』
その時、園田さんが声を張る。
沈黙の長さから、かなり緊張しているのだろう。
もしかしたら告白しようとしているのかもしれない。
『……えっと、その』
『…………?』
「ね、ねぇねぇ種島くんこれって」
佐々木さんも同じことを感じたのか僕の服の裾を引っ張る。
やっぱりそう感じたのは僕だけじゃなかった。
僕は人差し指を口の前で立てると、二人の会話に耳を澄ませる。
『……じ、実は私』
長い沈黙を破って、園田さんが口を開き始める。
『ずっと、ずっと前から……』
僕たちはごくりと唾をのみ、その時に備える。
『田中さんのことが――』
『あっ、あれ綺麗じゃない!? ほ、ほらあそこ!!』
『――――え』
告白の最後の瞬間、その告白は止められた。
他の誰でもない、田中くんによって。
僕は二人の声を発する携帯を凝視する。
『ほ、ほらあれだよ! ちょうど夕陽も重なっていい感じじゃない!!??』
鬼気迫ったようにそう言いくるめる田中くんは、少しおかしい。
普段の慌て方とはどこか違う。
『…………そ、そうですね』
園田さんの声は当然のように落ち込んでいる。
無理もない。
今のタイミング。
あれで園田さんの気持ちを察していなかったとしたら田中くんはもはやどうかしている。
田中くんは、園田さんの気持ちに気付いて告白を遮ったんだ。
そして園田さんもそれを理解している。
園田さんからしてみれば、自分の告白を聞いても貰えなかったと思うほかない。
「ね、ねぇ」
心配したように声をかけてくる佐々木さん。
僕はそんな佐々木さんの声に答えるようにして、携帯の通話終了ボタンを押した。
告白していた時はちょうど一番上にやってきていた観覧車も、次第に終わりを迎える。
一番下までやって来た二人は、扉が開くのを待つ。
「…………っ」
しかし二人を引き留めていた観覧車の扉が開かれた瞬間、園田さんがどこかへ駆けだす。
驚く田中くんと佐々木さん。
でも田中くんは一度だけ佐々木さんの向かった先へ手を伸ばすと、ゆっくりとおろしていく。
そこにどれだけの想いが混ざっているのかなんて知らない。
「……っ」
そんな田中くんを見て、慌てて園田さんを追いかけようとする佐々木さん。
でも僕は行かせない。
彼女の手を引っ張る。
佐々木さんは怒った顔で僕を振り返るが、僕の顔を見て、落ち着いてくれた。
僕は落ち着いた佐々木さんの手を離すと、呆然と立つ田中くんの方に向かう。
田中くんはぼうっと園田さんの消えていった先を見つめているだけで、何もしようとしない。
僕は声をかける。
「どうして園田さんが走っていったのか、分かるよね」
「……うん」
「どうして園田さんが君の前からいなくなったのか、分かるよね」
「……分かる」
僕の問いに答えていく田中くん。
そりゃあもし分かっていなかったら一発ぶん殴ってやろうかと思っていたくらいだ。
親友を殴らなくて済んで良かった。
「じゃあ――
――――どうして園田さんが泣いていたか、分かるよね」
僕は最後の質問をした。
田中くんはしばらく黙っていたけれど、ゆっくり頷いた。
「追いかけて。今それを出来るのは君だけだよ」
依然として視線が動かない田中くんに伝える。
「あの人は、君の、たった一人のヒロインだよ」
だから、追いかけて。
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