Case.03-01 今どきガールとモブ男


「たねしまくぅーんっ」


 特に何かすることもなくだらだらとしていた昼休み、突然僕の名前が呼ばれる。

 田中たなか つとむ

 失礼な言い方をすればモブっぽいと表現できるその男子は、何を隠そう僕の友達だ。

 それも、一番親しい友達と言っても過言ではないだろう。

 今年から違うクラスになってしまったものの、その関係がなくなることはない。


「田中くん、どうしたの?」


 僕がそう聞くと、田中くんは人差し指を立て、チッチと音を鳴らす。

 去年からの親しい付き合いで、これが「まぁ慌てるな」という意味であることは簡単に分かる。


「実はね、ものすっごく面白い漫画を見つけたんだっ!」


 大きな声でそう言い放つ田中くんは満面の笑みを浮かべている。

 そしてその両手に持つ袋の中には、恐らく件のものすっごく面白い漫画が入っているのだろう。


「おぉー!」


 田中くんの言葉に、僕は興奮を隠せない。

 僕自身、別にオタクというわけではないと思うのだが、田中くんのオススメしてくる漫画はいつも本当に面白いのだ。

 時にはバトルアクションもの、時には学園恋愛もの、時にはSFものまでその種類は多岐に渡る。


 あ、因みにだが田中くんは生粋のオタクだ。

 そんな田中くんだが僕でも楽しめるような漫画をよくチョイスしてきてくれるので、その漫画に対する眼力は恐ろしいとしか言いようがない。

 もしその眼力を漫画に対してではなく女の子に対して使えるのであれば、きっと今頃とんでもないモテ男になっていたことだろう。


「僕はもう全部読んだから、読み終わってから返してくれればいいよ!」


 きっとその漫画の興奮を誰かと分かち合いたいのだろう。

 言わずとも、早く読めと目が語っている。


「あれ、田中さん?」


「そ、そそそそそっそ園田さんっっっ」


 そんな田中くんだが、実は好きな人がいる。

 直接聞いたわけではないが、近くで反応を見ていれば嫌でも察せる。

 その相手とは、ちょうど今田中くんに話しかけてきた僕のクラスメイトだ。


 園田そのだ 灯里あかり

 僕と田中くんの去年のクラスメイトであり、僕とは今年も同じクラスでもある。

 そして現田中くんの想い人だ。

 友達として田中くんの恋を応援したいとは思ってはいるが、また相手が手強い。

 園田さんは普通に可愛く、一度だけ見たことのある私服もかなり今風だった。

 対して田中くんは……察してほしい。


 田中くんもそれを理解しているのだろう。

 僕に恋愛相談をしてくる気配もなければ、自分で告白する様子もない。

 まぁ僕でもその立場だったらそんな勇気は無いだろうが……。


「田中さんおもしろすぎですっ」


 田中くんの変な反応に、園田さんは口を押えて笑っている。

 恥ずかしさか嬉しさか、田中くんの顔はもう真っ赤だ。


 因みにだが、僕は二人のお互いに対する好感度は見たことが無い。

 そりゃあ恋愛相談をされれば確認はするだろうが、ただの興味本意で仮にも人の心を見るわけにはいかない。

 きっと、この田中くんの恋は片思いのまま終わってしまうんだろうなぁ。

 そう思うと少し寂しいけど、そこはぐっと堪えるしかない。


「じじじじじっじゃあ種島くんとそそ園田さっん、またねええええええ!!!!」


 異様なテンションのまま、田中くんは教室から出ていく。

 漫画の入ったビニール袋が机にぽつんと置かれている。


「…………あの、種島さん」


 すると、園田さんがおずおずと言った風に僕に声をかけてくる。

 これは珍しいこともあったものだ。

 園田さんは田中くんがいる時こそ、僕とも話したりはするが、田中くんがいない時に話しかけられたのは初めてかもしれない。


「どうしたの、園田さん?」


 教室とは言え、二人きりで話している状況に変わりはない。

 僕は出来るだけ平静を装いながら返事する。


「実は、ご相談がありまして……」


「……?」


 はて、何か相談を受けるようなことがあっただろうか。

 もしかして、田中くんと僕を密かにカップリングしていましたとかそういう類のことだろうか……!?


「恋愛相談、を」


 しかし恐ろしい予想とは裏腹に園田さんは緊張した面持ちでそう告げる。


「受けて、いただけませんか……?」


 腕を胸のあたりでぎゅっと握りしめるその仕草は、男なら一度はぐっときてしまうものではあるが、個人的な理由で僕はあまり今回の恋愛相談を受けたくなかった。

 それは、言うまでもなく田中くんがいるからだ。

 自分の友達の想い人のそんな相談を受けたくはない。


 もちろん園田さんのことは全然嫌いではないし、むしろ田中くんや僕なんかに話しかけてくれるだけで好感が持てる。

 ただそれとこれとは、話が別なのだ。


「どうしても――」


 申し訳ないけど今回は手伝えないよと言おうとした瞬間、園田さんが口を開く。


「――――田中さんと、付き合いたいんです」


 それは、僕のこれからの言葉を全て帳消しにしてしまう、夢のような言葉だった。

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