Case.02-08


「…………」


 僕が屋上の入り口へ着いたとき、鈴木くんと華村さんの間には会話はなく、ただ沈黙に包まれていた。

 きっとお互いに何を話していいのか、話すべきなのか分からないのだろう。


「す、鈴木先輩」


 僕の予想に反して、その沈黙を壊したのは華村さんだった。

 華村さんは想い人の名前を呼ぶと、下げていた視線を元に戻す。

 その小さな手は服の裾をぎゅっと握りしめていて、遠目からでも緊張しているのが分かる。


「鈴木先輩は、どうしてここに来たんですか?」


 華村さんは、まさか屋上に鈴木くんがやってくるとは思わなかったのだろう。

 僕はただ屋上で待っていてと言っておいただけなので、それも仕方がない。

 そして、自分の想い人である鈴木くんがどうして自分のいるところに来てくれたのかも、分からないのだ。


「……華村が、ここにいるって聞いたから」


「種島先輩にですか……?」


「うん、そう」


「そう、ですか」


 淡々と会話を続ける二人の会話が再びそこで止まる。


「…………ってことは、もう私が恋愛相談してるの、知ってるんですよね」


 長い沈黙の末にぽつりと零す華村さん。

 まぁそれを察しないわけがない。


「なのに、どうして鈴木先輩が来てくれたんですか?」


 華村さんは、鈴木くんの言葉を聞いている。

 人に頼って恋を成就させるのは違うんじゃないかっていう言葉を。

 そして、それなのに自分の下へやってきてくれたのかが分からないのだ。


「…………」


 鈴木くんはそれに何も答えない。

 答えられない。

 本当の気持ちがどうにせよ、言ってしまった言葉はもう戻すことは出来ないから。

 それを鈴木くんも理解しているんだろう。


「私の気持ち、知ってるんですよね?」


 ほとんどの確信を持ったような語調で、華村さんが嘆く。

 その言葉の端が濡れていることに、僕は気づいた。

 鈴木くんも、気づいただろうか。

 気づいていないわけがない。

 鈴木くんが、一番、誰の事を見ているかなんて、とっくに知っている。


「同情のつもり、だったんですか……っ?」


 そう思ってしまうのも無理はない。

 だって、華村さん。

 まだ君は知らないのだから。


 鈴木くんにとって、誰が一番大切で。

 鈴木くんにとって、誰が一番可愛くて。

 鈴木くんにとって、誰が一番大好きなのか。


「鈴木先輩は、恋愛相談する女の子は、好きじゃないんですよね……?」


「――――違うッ」


 世界全部に広がるような声で、鈴木くんは華村さんの言葉を否定した。

 鈴木くんの突然の大声に驚く華村さんは、びくっと肩を揺らし、固まってしまう。

 それでも鈴木くんは、一度切ってしまったスタートラインをやり直すことはしない。


「俺は、俺が好きな人が、恋愛相談に行ってるのを見て、悔しかったんだ」


「……?」


 鈴木くんの言わんとしていることに、華村さんはまだ気づかない。




「俺は、華村が好きだったんだ」




 それは、気づかせるのには十分以上の言葉だった。

 華村さんは突然の告白に呆けた顔を浮かべて、鈴木くんを見ている。


「俺は、華村が、種島くんのとこに恋愛相談してるのを見て、華村に好きな人がいるって分かったんだ」


 そう。

 いつかは分からないけれど、恐らく一番最初の時。

 鈴木くんは華村さんが僕に恋愛相談をしているのを見てしまったんだ。


「自分が好かれる自信なんてこれっぽっちもなくて、きっと華村が、俺のほかの誰かを好きなんだろうなって」


 だから、勘違いした。

 それが噛み合わない歯車の理由だ。


「だから、恋愛相談が、嫌だった。華村が、その誰かと付き合うのが嫌でたまらなくて」


『人を頼って恋を成就させるって、なんか違う』というのは、そういう理由だったのだ。

 決してそれが鈴木くんの本心でも何でもなくて、ただの嫉妬。

 好きな女の子が、他の男に盗られることが許せなかった、一人の男の下手な照れ隠しでしかなかったんだ。


「勘違いさせたりして、辛い思いさせたりして、本当ごめん」


 鈴木くんは、深く頭を下げる。


「嫌われても仕方ないことをしたってくらい分かってる。それでも、それでも――」


 鈴木くんは、ばっと顔をあげる。

 その顔は緊張を隠せていなくて、下唇は強く噛みしめられている。


「――――俺と、付き合ってくれませんか」


 これが本心。

 鈴木くんが勘違いと嫉妬で言えなかった、本心。


「恋愛相談してた私に、そんな資格がありますか……?」


 そう言う華村さんの口の端は、今までで一番上がっている。

 それは、散々悩まされた女の子の、可愛らしい、ちょっとした反撃だった。





「種島先輩ーっ!」


 数日後、帰り道を歩いていると聞こえるその声。

 それは数日前まで何度も耳にしていた声だ。


「どうしたの? 華村さん」


 振り返ると、部活から少しだけ抜けてきたのだろう華村さんが立っていた。

 マネージャーの仕事が忙しいのか、少しだけ汗ばむ彼女は前よりも生き生きしている気がする。


「いや、恋愛相談のお礼をまだちゃんとしてなかったなぁ、と思って!」


「そっか」


「本当にお世話になりました!」


「いえいえ、とんでもない」


 僕は深く頭を下げる華村さんに、頭をあげるよう伝える。

 知らない人からしたら何事かと思われてしまうじゃないか。


「私の恋を叶えてくれる、って言ってくれた時の先輩、すっごく恰好よかったですよっ」


「そ、そう?」


 嬉しいことを言ってくれる後輩。

 そんなことを言われたら勘違いしちゃうでしょ。


「鈴木先輩がいなかったら、種島先輩に恋しちゃってたかもしれませんっ」


 それじゃ、と言い残して部活に戻っていく華村さん。

 僕はサッカー部の練習に顔を向ける。

 その中でもひと際上手い部員が、今もゴールを決めた。

 君がいなかったらもしかしたら……!

 リア充爆発しろ……!

 そう思わずにはいられない僕は、今日もいつも通りの帰り道を歩き始めた。

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