Case.02-07


「鈴木くん、ちょっといいかな」


「種島くん?」


 次の日、部活が終わって帰ろうとしている鈴木くんを呼び止める。

 重たそうな部活の荷物を肩にかける鈴木くんは、いかにも運動部って感じだ。


「ちょっと話があるんだけど、一緒に帰らない?」




「それで話っていうのは?」


 僕たちは昨日と同じ帰り道を歩いている。

 ただ昨日と違うのは、この会話を僕たち以外に誰も聞いていないということ。


「もしかして、今日部活を休んだ華村と何か関係があったりする?」


 鈴木くんは少しだけ語気を強くしながら僕にそう言ってくる。

 そんなに睨まなくても、僕は別に華村さんと何かあったわけじゃない。

 確かに今日部活を休むように言ったのは僕だが。


「実は僕、華村さんから恋愛相談を受けててさ」


「そう、なんだ」


 僕の言葉に喉をつまらせ、顔をしかめる鈴木くん。


「でも、失敗しちゃったんだよね」


「…………失敗?」


「うん、相手に振られちゃってさ」


「振られた? 華村が?」


 そう聞き返す鈴木くんは、まるで聞いたことが信じられないといった顔を浮かべる。

 僕の言葉が嘘であるかのように、疑いの目を向けてきている。


「ただその相手がひどい奴で、告白もさせてくれなかったんだよ」


「どういう、こと?」


「告白する前に、振られたの」


「…………?」


 鈴木くんはよく分からないといった風に首をかしげる。

 そりゃあ分からないだろう。

 そもそも相手だって、振ったなんて思っていないんだから。


「なんでも、人を頼って恋を成就させるのは違うんじゃないか、だって」


「――――ッ」


「あれ、どうしたの鈴木くん。そんな顔して」


 僕の視線にうつる鈴木くんは、目を見開いて固まっている。

 その歩みも、呼吸でさえも。

 ただ、固まり続けている。

 でも今はそんなことさせている暇なんてない。


「鈴木くん」


「な、なに?」


 突然名前を呼ばれたことに驚いたのか、若干戸惑いながら返事をしてくる。

 その声を呟く唇は、渇いて、震えている。


「昨日君が言っていたやつって、あれ、本心?」


 未だ固まる鈴木くんにぐっと近づき、見上げる。

 昨日の『人を頼って恋を成就させるって、なんか違うんじゃないかな』っていう発言がどういうことだったのか、本当にその言葉そのものの意味だったのか。

 教えてもらわなくちゃならない。


「ち、ちが――」


「因みに華村さんは、その言葉をそっくり全部信じ切ってたよ? 君の言葉だったから、信じたくなくても信じなきゃいけないって」


「――――ぅ」


 僕はもう一度、鈴木くんを見上げる。


「ねぇ鈴木くん、は本当に君の気持ちだった?」


 鈴木くんは辛そうにぎゅっと目を閉じる。

 握る拳は震え、それ以上やってしまえば、血が滲んでしまうかもしれない。

 でも僕にはそれを止められない。


「………………華村、は」


「屋上」


「ありがと……っ」


 鈴木くんは、まるで昨日の僕と同じように今来た道を戻りだす。

 僕もこれから起こることを見届けなくてはいけない。

 ただ昨日と違って、そこまで焦らなくていい。

 今日は僕の出番はないのだから。

 今からの世界の登場人物は、華村さんと鈴木くん。

 その二人だけで十分だ。


 華村さんは、ちゃんと待っていてくれるだろうか。

 いや、そんな心配はするだけ無駄か。

 待たないわけがない。

 僕は、学校への道をゆっくり歩きながら、昨日の放課後のことを思い出していた。




「種島先輩が、私の恋を……?」


「うん、叶えてみせる」


 泣きながら不思議そうに首を傾げる華村さんに手を差し出す。

 華村さんはその手をそっと取り、ゆっくり立ち上がる。


「でも、私はどうしたらいいんですか……?」


 僕より少しだけ低い位置から見上げてくる華村さんは、不安そうに聞いてくる。

 でも、それはまだ言えない。

 できればこれは、本人同士で気付いてほしいものだから。

 鈴木くんにも、ちょっと危ないところまで言ってしまうかもしれないけど、それでも決定打は言わないつもりだ。


「明日の放課後、ここで待ってて」


「明日の放課後、ですか……?」


「うん、出来れば部活も休んで」


「分かり、ました」


 部活を休むのは嫌そうだが、これも恋愛相談を成功させるためだ。

 我慢してほしい。

 もし華村さんが休んでいたことを鈴木くんが気づいていれば、僕の予想が正しい保障にもなってくれるはず。


「じゃあまた明日」


 会うかは分からないけれど、明日ここにいるのが僕ではないだろうけど、また明日。


「絶対、ここで待っててね」


 僕は屋上を出る前に最後にそう念押しする。

 握るドアノブの冷たさが妙に、彼女の手のぬくもりを思い出させた。

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