Case.02-06
「はぁっ……はぁ……っ」
学校まで走って戻ってきた僕は大きく息を吐く。
普段運動なんてしていない足はがくがく震えていて、悲鳴をあげている。
やけに強い向かい風がこれ以上進ませまいと、僕の行く手を阻む。
でもこんなところで止まるわけにはいかない。
華村さんを見つけるまでは、止まれない。
華村さんは一体どこにいるのだろうか。
むやみやたらに探していいというわけじゃない。
出来るだけ早く、限られた時間の中で見つけなくてはいけないのだ。
「華村さんが、行きそうな場所……」
もし華村さんがさっきの話を聞いていたら、どうするだろう。
どこへ行くだろう。
考える、考える。
逆の立場だったらどうだ。
「…………あそこか」
僕なら、あそこに行く。
嫌なこと、辛いことがあったらまず間違いない。
僕は震える足に手を添えながら、また走り出した。
「やっぱり、ここにいた」
僕は、屋上へ繋がる扉を開きながら、さらさらと風に揺れるツインテールにそう呟く。
「…………えへへ、見つかっちゃいましたか」
悪戯が見つかった子供みたいな苦笑いを浮かべる華村さん。
その手は、フェンスの網目を握って離さない。
「でも一回帰ってる途中だったのにわざわざ戻ってきてくれたんですか? 種島先輩も案外心配性なんですねーっ」
表情を変えない華村さんは僕をからかうようにそうまくしたてる。
でもそんなのどうだっていい。
「さっきの、どこまで聞いてた?」
「……全部、聞いてましたよ。聞いちゃい、ました」
そう言う華村さんの表情はやっぱり変わらない。
でもその表情の中には、どこか深い諦めの色が滲んでいて、今にも壊れてしまいそうで、僕の一番嫌いな表情だった。
「振られちゃいましたねっ」
まるで何もなかったかのようにそう言う華村さんに、僕は少しだけ腹が立った。
どうしてそんな簡単に受け入れられるんだって。
「まぁ、もともと分かってましたし……っ」
もともと分かってたって、何が分かってたんだって。
何が分かって、何を受け入れようとしているんだよって。
受け入れたって言って、受け入れたふりして、それならなんで――――君は泣いてるんだって。
「仕方ないじゃないですか…っ……否定されちゃったんですよ…!?」
初めて声を荒げる。
その目の端には涙が浮かんでいて、表情がぐにゃりと歪んでいて、一度壊れてしまった涙腺は治ることをしらない。
「……私、どうしたらよかったんですか……鈴木先輩と付き合いたくて、恋愛相談して、でもそれが嫌だって言われて、もう、どうしようもないじゃないですか……」
膝をついて、嗚咽をあげる。
華村さんと僕だけの世界で、泣く君とそれを見ている僕。
世界は風の音でいっぱいで、僕たちを包み込む。
その世界を壊したのは、君だった。
「諦めよっかなぁ」
君にとっては、何気ない一言だったのかもしれない。
君にとっては、弱音のうちの一つだったのかもしれない。
でもそれだけはだめだ。
許せない、絶対に。
依頼人に、君に、華村さんに、そんな思いに至らせてしまった僕が、許しきれない。
「華村さん」
僕は彼女を呼びかける。
「華村さん」
こっちを向いてくれないなら、向いてくれるまで呼ぶ。
反応してくれないなら、反応してくれるまで待つ。
「なん、ですか」
振り向いた彼女の目蓋は腫れて、その頬を今も涙が流れている。
でも、今は聞いてくれるだけで構わない。
「もう一回、頑張ってみよう」
華村さんの瞳を見つめながら、僕は視線をそらさない。
「でも、先輩は、人に頼るなんて、嫌だ、って」
息も切れ切れで、そう伝えてくる華村さんに、僕はそれでも目を逸らさない。
「そんなの知ったことか」
僕は華村さんの言葉を切り捨てる。
もし本当に、鈴木くんが恋愛相談に頼るような人が嫌いだったとして、それが一体なんだというんだ。
そんなの僕には関係ないし、華村さんにだって関係ない。
少なくとも、これからはそうだ。
「僕が、君の恋を叶える」
絶対に、確実に。
君に一瞬でもあんな思いをさせてしまった僕の過ちを償うために。
自己満足なのかもしれない、でも関係ない。
今僕は、恋愛相談を受けている。
依頼人は華村 楓。
想い人は鈴木 健太。
依頼内容は恋愛成就。
担当は僕、種島 好。
ここからが本当の恋愛相談の始まりだ。
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