Case.02-05


 鈴木くんから華村さんへの好感度が下がっている。

 それ自体は実はそこまで問題じゃない。

 どうして下がっているのか、それが問題なんだ。


 日を追うごとに少しずつ好感度が下がる鈴木くんの変化に、華村さんは鋭く察してしまう。

 どうして好感度が下がり始めているのか分からない今、僕は華村さんに何をさせたらいいのか分からず焦り始めていた。


 しかし、まだ希望はある。

 それは、華村さんが他の女子に比べても、圧倒的に鈴木くんの近くにいることだ。


『59』という好感度が低いのか高いのかは、人によって異なる。

 普段から他の人と仲が良ければ大抵好感度は高くなるし、逆に人とあまり関わらないのならば『40』程度でも高い方な時があるのだ。


 今回、鈴木くんの『59』という鈴木さんに対する好感度だが、実は鈴木くんにとってはそこまで低くない。

 むしろ高い方だ。


 僕は鈴木くんの華村さん以外のマネージャーに対する好感度を見た。

 あまり女子と接することがないのか、ほとんどどれも好感度を超えることはなく、40代前半がほとんどだった。


 そんな中で華村さんだけが異例の50台後半。

 初めは60以上あったことを考えると、恐らく鈴木くんにとって華村さんという存在がどれだけ大きかったのか想像するのは容易い。

 それなのに好感度が少しずつ下がってきているということは、鈴木くんの心情が変わるきっかけが何かあったはずなのだ。

 それが何か分からない。

 もし分かれば、対処を考えられるのだが……。


「…………」


 僕は今日もグラウンドの隅っこのほうで 好感度を確かめた。

 やはり少し下がっていて、好感度は『57』になっている。

 今日も下がったことを確かめた僕は、今回は珍しくサッカー部が練習しているところの近くにまでやってきた。


「あ、あれ種島先輩?」


 それをマネージャーの仕事が一段落したらしい華村さんに見つかる。

 まぁもともとそれを狙ってのタイミングだったのだけど。


「今日の調子はどう?」


 その言葉の中に、鈴木くんと、という隠れた意味が入っていることは、華村さんも察してくれることだろう。


「今日も、あんまりです」


 少し顔を俯けそう呟く華村さん。

 何かこの状況を切り抜ける打開策なんてものがあればいいのだが、生憎とまだ見つかっていない。


 僕は件の鈴木くんをちらりと見る。

 するとどうやらその時鈴木くんは珍しいことにシュートミスをしていて、周りの部員にからかわれているところだった。


 そんな鈴木くんを見る華村さんは、どこか寂しそう。

 結局、それ以上言葉を交わすことなく華村さんはマネージャーの仕事に戻っていった。




 どうするか。

 サッカー部の練習が終わるまで考えていたけど、全く良い案が浮かばない。

 そりゃあ原因が分からないのだから当たり前か。


「…………あ、もしもし」


 僕は華村さんに連絡をとる。


『どうしたんですか?」


 電話越しに聞こえる華村さんの声は、沈んでいる。

 きっと今一人なのだろう。

 華村さんに真剣に悩んでいたのかもしれない。


「えっと、明日昼休み話があるから――」


 僕が要件を手短に伝えようとしたその時――。




「あれ、種島くん?」




「す、鈴木くん……」


 ――――件の彼が声をかけてきた。

 僕は慌てて携帯をポケットに戻す。


「も、もしかして部活の帰り?」


「うん、俺もちょうどさっき終わってね」


 まさか帰り道が重なっていたなんて、気づかなかった。

 まぁ朝は起きる時間帯が違ったり、帰りは鈴木くんが部活があるのだから仕方ないのかもしれない。


「……」


 僕たちはそれから何を言うでもなく歩調を合わせる。

 帰り道が同じで、少し話も出来る。

 わざわざ一人早く帰る方が不自然だ。


 鈴木くんはサッカーが上手くてイケメンだ。

 しかも僕よりも結構身長が高い。

 決して僕が身長が低いというわけではないのに。


 そんな高スペックな彼は、華村さんのことをどう思っているんだろう。

 どうして好きじゃなくなり始めているんだろう。


「そういえばさ」


「ん、どうしたの?」


 しばらく無言で歩いていると、ふいに鈴木くんが思い出したように声をかけてくる。

 僕は歩みを止めることなく、隣を少しだけ見上げる。


「種島くんって、まだ恋愛相談してたりするの?」


「え、まぁ、うん。してるよ?」


 一体どういうわけか、鈴木くんは僕が恋愛相談をしていることを知っていたらしい。

 去年同じクラスだったから、もしかしたらその時に僕のことを聞いたのかもしれない。

 それにしてもどうして今そんなことを聞いてきたんだろう。


「そうなんだ、ふーん」


「どうしたの?」


「いや、ね。別に種島くんのしていることを馬鹿にしたり非難したりするわけじゃないんだけどさ」


 鈴木くんはどこか言い辛そうな表情を浮かべて頬をかく。

 そして合わせていた視線を前へ逸らす。


「なんていうか、人を頼って恋を成就させるって、なんか違うんじゃないかなぁって……」


 僕は思わず立ち止まる。

 鈴木くんはそんな僕に気付いていない。


「あ、俺はこっちだから、また明日」


「ま、また明日」


 何とか平静を装いつつ、僕は鈴木くんと別れる。

 鈴木くんの消えていった曲がり角をじっと見つめながら、僕は今の鈴木くんの言葉を思い出していた。


『人を頼って恋を成就させるって、なんか違うんじゃないかな』

 その言葉はそのままの意味なんだろうか。

 本当に、本当にそうか?

 僕はその時ようやく、好感度が下がっていく謎が解けた気がした。


「そ、そうだ。華村さんにも伝えなきゃ………………」


 僕は取り出した携帯の画面を見て固まる。

 通話終了と書かれたそれは、一体いつそうなったのだろうか。

 もし、今の会話を聞いていたとしたら――。


「華村さん――ッ」


 僕は今歩いてきた道を、全速力で戻り始めた。

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