Case.01-05


「それでそれでさ――」


「へぇ、そんなことがあったんだ」


 楽しそうな三人の会話が聞こえる。

 別に構わない。

 どうせ、僕がやることに変わりはないんだから。




「今西くん」




「た、種島……?」


 僕は今西くんに声をかける。

 周りの二人は僕のことを知らないのか、それとも知っていて僕みたいなのが今西くんと何の関わりがあるか分からないのか。

 まぁどちらにせよ、今の状況が分かっていないことに関してだけは確かだった。


「ちょっと――――?」


 僕より身長の高い今西くんを、視線だけで見上げながら確認する。


「……?」


 そうだなぁ。

 横の二人は、邪魔でしかない。

 そんなこと、別に言わなくても、分かってくれよ。


「っ……わ、わりぃ。ちょっと種島と話があるから、先帰っててくんね?」


「あ、あぁ」


 二人は少しだけ戸惑いつつも、妙に慌てている今西くんのおかげで、素直にその場から離れて行ってくれるらしい。

 少ししたら、その背中も見えなくなるだろう。

 それまでは、まだちょっと待っていたほうがよさそうだ。




「今西くん」


「な、なんだ?」


 もう一度、呼び掛ける。

 今西くんの友達である二人の背中も、とっくに見えなくなっていた。


「僕たち、少し前から君たちの後ろを歩いてたんだよね」


「そ、そうなのか? ち、因みに誰と?」


 一体どうしたっていうんだ。

 そんなに緊張した様子で。

 僕の顔に、何か、ついてでもしたのかな?


「佐々木 莉子さんと」


 僕は、核心をつく彼女の名前を告げる。

 それだけで今西くんはすべて悟ってしまったように、固まる。

 そんなの知ったことじゃあない。


「ずっと、聞こえてたんだ」


「…………」


「君たちの、話し声も、内容も」


「…………」


「君の――――くそみたいなあの一言もだよ」


「っ………」


 今西くんは顔をうつむけ、僕から目を逸らす。

 こぶしを握りしめて、小さく震えている。


「……さ、佐々木、は」


 しばらくの沈黙のあと、今西くんがぽつりと呟く。


「君が、今、それを聞くの?」


 僕は、逆に聞き返す。

 まだ目を合わせようとしない、彼と。


「…………すまん」


 再びの沈黙を壊す、その言葉。

 もう聞き流すことはできなかった。


「君は……君は、佐々木さんが、どんな気持ちだったかわかる……?」


 分からないだろうな。

 分かるはずないもんな。

 を見てない君に。


「好きだったんじゃないの? それなのに、どうしてあんな嘘吐いたの?」


 仲のいい友達に知られたくなかったから?

 知られて、からかわれるのが恥ずかしかったから?

 だから、友達に嘘吐いたって?

 馬鹿言うな。


に嘘を吐いたんだ」


 他の誰でもない君自身に。

 一番吐いたらいけない嘘を。


 それを聞かれたんだ。

 一番聞かれたらいけない人に。


 僕は、今西くんの胸ぐらを掴む。

 無反応な彼に、僕は思いっきり突き飛ばす。


「……これが、君が振った相手の気持ちだ」


 僕は、を投げつける。

 雨で滲んで、ぐちゃぐちゃになってしまったそれを、彼はどう思うんだろう。


 地面に腰をつける今西くんに叫ぶ。

 雨の音の間隔がだんだんと短くなり、僕たち以外の音なんてもう聞こえない。


「今西くん」


 僕は、もう一度だけ彼の名前を呼ぶ。


 この声が聞こえてるのか、それとも聞こえてないのか。

 少なくとも今西くんは僕の顔は見ていない。

 ただ地面を見つめているだけだ。


「僕は、そんな奴の恋愛相談を受けたつもりは、ないよ」


 それだけを伝える。

 これ以上はもう僕に何か言えることがあるわけでもないし、しようとも思わない。

 ここからは、今西くんがどうするか、だ。


「…………」


 僕は振り返って歩き出す。

 傘なんて持ってないし、もうずぶ濡れだ。

 ここまできてしまったら、これ以上いくら降られてしまっても別に構わなくなってしまった。


 ただ雨が少しだけ痛い。

 大粒の雨が頬にあたって気が散る。


 だから、横を通り過ぎたのが誰かなんて、全く気にならなかった。


 ただ、やることはやったよ。

 佐々木さん。





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