Case.01-04


「それで、やっぱり亮くんから恋愛相談受けてるんだよね?」


「は、はい……」


 僕は頷く。

 ここまでバレているのだから、今更隠そうとしたって意味はないだろう。


 しかし、噂ってのは怖いものだ。

 隠し事がこんな風に一瞬でバレてしまうのだから。


「……」


 それにしても、まずいことになってしまった。

 今西くんが恋愛相談していることがバレているということはつまり、今西くんが誰を好きなのかということも、恐らく理解しているのだろう。

 そしてその佐々木さんも今西くんのことが好きでーーってあれ?

 まずいことなんて一つもなくないか?


 今西くんが佐々木さんのことが好きだと、本人にバレる。

 佐々木さん本人は今西くんが好き。

 つまり両思いであると分かる。


 悪いことなんて一つもない……?

 ちょっと予定は狂ってしまったけど、これはこれで問題ないのではないだろうか。


 ただこれでは、佐々木さんから今西くんへ告白するというイレギュラーなことになってしまうが、両思いが実るならそれもいいはずだ。


 いけっ! 佐々木さん!




「いいなぁ」




 僕が心の中でエールを送っていると、佐々木さんがぼそっと呟いた。

 その表情はどこか寂しそうに夕陽に照らされていて。

 いつもの明るい笑顔からは、想像も出来ないような、そんな表情だった。


「なに、が?」


 たったそれを聞くために、どれくらいかかったのか分からない。

 ただどこか、躊躇わずにはいられなかった。


「亮くんに好かれてる誰かさんが、羨ましいなぁ、って」


「……」


 その表情の意味は、そういうことか。

 どうやら佐々木さんは、自分が好かれているとは思っていないらしい。

 今西くんが別の女子を好きで、僕に恋愛相談していると思っているようだ。


 僕は彼女をみる。

 あと少し、何か些細なことがあるだけで、壊れてしまいそうな彼女の涙腺に、今西くんの好きな人の名が思わず喉元まで出掛かってしまう。

 でも、それは違う。

 僕はそれを何とか、ごくりと飲み込んだ。


 それを伝えるのは僕じゃあない。

 他の誰でもない。

 それを伝えていいのは、伝えられるのは、一人しかいない。


 僕たちはそれ以上何も語らず、黙って歩き続けた。




「あれ、今西くんじゃない?」


「っ?」


 僕の言葉に肩を揺らす佐々木さん。

 僕たちの少し前を友達二人と今西くんが、楽しそうに笑いながら歩いている。


「……」


 横をちらりと見ると、佐々木さんの視線はまっすぐ一点に向けられているような気がした。




「佐々木さんって可愛いよなぁ」




 ふとそんな言葉が聞こえてきた。

 前を向いてみるとどうやらやはり、そこから声が聞こえてきていたらしい。

 話題の続きが聞こえてくる。


「優しいし元気だし」


「そうかぁ?」


 よく聞いてみると、今西くんの友達二人が佐々木さんって可愛いよなと言っているのに対し、今西くんが反応しているみたいだ。


「確か佐々木さんとお前って幼馴染みじゃなかったっけ?」


「ま、まーな」


「くーっ! 羨ましいぜこのやろー!」


 友達が今西くんの肩をぽんと叩きながらそんなことを言っているが、それには僕も同意だ。

 どうせならもっと本気で殴ってくれ。




「お前たちってかなり仲良さそうに見えるけど、実際のとこどうなの?」


「な、なにが?」


「分かってんだろ? 付き合ったりしないのか、ってことだよ」




「っ」


 僕はとっさにまずいと思った。

 横を見てみると、佐々木さんは前の会話を食い入るように潜耳を立てている。

 何か話題を変えよう、そう思ったとき――




「ないない! 幼馴染みとかないわぁー!」




 ――――くそみたいな言葉が聞こえてきた。


「さ、佐々木、さん……?」


 僕は、恐る恐るその顔を見る。

 そこには、涙腺なんてとうに壊れきった一人の女の子が、立っていた。


「え、へへ……」


 佐々木さんは僕の視線に気づくと、どこまでも悲しそうに笑顔を浮かべる。

 まるでその悲しみを、僕に、自分自身に隠してしまうように。


「期待なんて、してなかったんだよ?」


「……」


「亮くんの好きな女の子が、私だったら、なんて」


「ささき、さん」


「ほんとだよっ? 期待なんて、少しも……っ」


「佐々木さんっ!」


 僕は、彼女の肩を掴む。


「っ」


 制服越しにも分かるくらい、その小さい身体が跳ねる。

 そして、一回跳ねたその身体は、より一層小さくなってしまったような気がした。


「……」


 僕たち二人を沈黙が包み込む。

 僕も佐々木さんも、お互いに話し出そうとはしない。


 幸か不幸か、僕らの存在に、前の今西くんたちは気づいていないらしく、どんどんと背中が小さくなっていく。

 もう向こうの話し声も全く聞こえなくなってしまった。


「……ぁ」


 その時、ふと一粒の滴が空から振ってきた。

 そしてそれに続くようにして、ぽつぽつと雨粒が続いてやってくる。


「さっきまで、晴れてたのにね」


「うん、そうだね」


 佐々木さんの言葉に、僕は頷く。

 さっきまでは真っ赤な夕陽が僕たちを照らしていたはずだったのに、いつのまにか雨雲に隠されてしまっている。


「折りたたみ傘とか、あったかなぁ?」


 佐々木さんは、僕から顔を逸らすように、自分の鞄の中を確かめている。

 僕も、もしかしたら持ってきているかもと思い、確かめてみる。


「あ」


 少しして、佐々木さんが小さく声を上げる。

 傘が見つかったのだろうか。


「……それ、って」


 僕が視線を戻した先、佐々木さんの手には傘は握られていなかった。

 そこにあったのは、一通の便箋。

 ちらりと見えた宛先は、今西 亮。


 それだけ、たった、それだけ。

 その手紙の内容を察してしまうのに、それ以上、必要なものなんて、何もなかった。


「……あーあ、告白する前に振られちゃったなぁ」


 佐々木さんは、どこか自嘲気味に呟きながら、雨雲を見上げている。

 頬には雨粒が滴る。

 その手の握られている便箋に書かれてある宛名は、少しずつ、少しずつだけど、確かに滲み始めていた。




「ねぇ、種島くん――」




 次第に強くなる雨足の中、佐々木さんと視線が重なる。

 その頬を落ちる滴は、涙なのか雨なのかは分からない。

 ただ僕は、まっすぐ彼女を見つめた。




「――――恋愛相談、いいかな?」

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