第6話 ルイーズマンション 後編


 「アニキ、誰かこのマンションに近付いて来やすぜ」


「アニキじゃねぇ、親分と呼べ」


「へい、オヤビン」


 オンボロマンションの二階……割れた窓からマリア達を見下ろす影があった。


「人避けの為にお化け屋敷の噂を流したのに、物好きもいるもんだ」


「馬鹿野郎、もしかしたらサツの奴らかも知れないだろう? しかし何だってここが分かった? 危険を冒して盗んだお宝だ、絶対に渡さねぇ……おい、お前ら静かにしていろよ?」


 ヒソヒソと声を抑えて話し合う者達。

 会話からしてこの部屋には最低でも四人の人物が居る様だ。

 アニキ若しくは親分と呼ばれる高圧的な態度を取る男と他三人……きっと泥棒を生業としている者たちだろう。

 ただ室内は明かりが点いておらず、おまけに陽が沈みかけているので顔までは分からなかった。


「あっ……」


「何だ? どうした?」


「ちっこいのと大きなトカゲみたいなのが穴に落ちていきましたぜ」


 穴の前でへたり込んでいるルイーズが見える。


「へへっ、こんな事もあろうかと落とし穴を作っておいたんだぜ」


「やるじゃねぇか、これで残った女も怖がってこっちまでは来ねえだろうよ」


「あれ? あの女、誰かと通話してますぜ、あっ!! 建物に入って来る!!」


「何だと!? 野郎ども、こんな時の為のプランBだ!! 急いで準備しろ!!」


「へい!!」


「……プランBって何でしたっけ?」


「お化けの格好をして脅かして追い払うんだよ!!」


 何だかよく分からないが謎の一団は目と口の位置だけくりぬいた真っ白いシーツを頭から被り、慌ただしく屋根裏から梯子を下り廊下へと降り立った。


「……私、綺麗?」


「馬鹿野郎!! それじゃあ口裂け女じゃねぇか……幽霊は恨めしや~~~っ……てやるんだよ!!」


 親分が両手を前へと差し出し不気味な声を上げる。


「裏飯屋?」


「表は何の店?」


「寿司屋じゃないの?」


 ゴチン!! ×3


「くだらないこと言ってないで配置に付け!!」


「へい!!」


 親分が三人の子分たちを殴りつけた、頭にこぶを作った子分たちは慌ててマンション内に散って行った。




「……うう、こわいよ~~~」


 ルイーズがへっぴり腰で薄暗いマンションの廊下を歩く。

 古い建物らしく、彼女が一歩歩みを進める毎にギイギイと不気味な音を立てた。

 そしてそれによりルイーズの恐怖心を更に増幅するのである。


「来たな、それっ!!」


 ルイーズの進行方向、脇の廊下からお化けの恰好をした子分の一人が躍り出る。


「う~~~ら~~~め~~~し~~~や~~~……」


 親分に教えられた通りの台詞を吐き、なるべくおどろおどろしく身体をくねらせる。


「きゃあーーーーーーっ!!」


 よく見ればすぐに紛い物と分かるお粗末なお化けルックに心の底から驚き悲鳴を上げるルイーズ。

 遂にはその場に蹲ってしまった。

 

「へっへっへっ、オヤビンの言った通りだ……お~~~ば~~~け~~~だ~~~ぞ~~~」


 よせばいいのに調子に乗って両手を上にあげしゃがみ込むルイーズに覆いかぶさるかのようなポーズをとる子分。

 しかしその行動が不幸にもルイーズの普段はオフになっている禁断のスイッチを入れてしまった。


「きゃーーーーーっ!! 近寄らないでーーーー!!」


「ごっ……!?」


 次の瞬間、ルイーズの右ストレートが子分の顔面にめり込んでいた。

 物凄い勢いで廊下の奥の突き当りまで吹っ飛び、そのまま壁を突き破ってしまった。


「うおっ!! 何だ何だ!?」


 丁度別の子分が壁の向こう側の廊下を移動中で、目の前で壁を突き破って現れた仲間を見て仰天していた。


「おい、一体何があった!?」


「おっ……お化け……」


 倒れた仲間を抱え起こし疑問をぶつけるがそのまま気絶してしまった。


「ひっ……!?」


 只ならぬ気配を感じ振り向いた子分の目に白目を向いたままゆらゆらと身体を揺さぶりながら近付いて来るルイーズの姿が映った。




 ドーーーーン……。


「あちゃーーー……始まったわね……」


地下道を歩くマリアの帽子にパラパラと埃が落ちる。


「えっ? 何が始まったんです?」


「そうか、あんたは知らないんだっけ……ルイーズはね、恐怖の限界を超えると見境なく暴れまわってしまうのよ」


「何ですかそれ?」


 信じられないといった表情のアッシー。

 アッシーから見たルイーズと言えば、身体こそ大きいがいつも微笑みを湛えた気弱な少女であり、いつもマリアの世話を焼いているイメージであった。

 とてもマリアのいう暴れまわる姿が想像できない。


「急ぐわよ!! このままだとあの子がこのマンションを破壊しかねない!!」


「ちょっ……待ってください!!」


 駆け出すマリアを必死に追うアッシーであった。


「あああああっ!!」


 既に理性を失っているルイーズはお化け姿の子分たちを追い回し、テーブルや椅子が進路を塞ごうがお構いなしに蹴散らしながら突き進む。


「何なんだよあれ!?」


「俺に聞くな!! あれは普通じゃない!!」


 二人の子分が会話をしながら並走する。


「取り合えずここに隠れてやり過ごそう!!」


「そうだな!!」


 廊下を曲がりルイーズの視界から逃れると同時に、物置のドアを開けその中に飛び込んだ。

 ズンズンと足音が響く……ルイーズの足音だ。

 ゴクリと固唾を飲む子分たち……足音が遠ざかっていく。


「何とかやり過ごしたか?」


「その様だな……ひっ!?」


 次の瞬間、ドアを突き抜け拳が現れた……ルイーズの拳だ。


「はああああっ……」


 白目のルイーズの口元から呼気が激しく漏れ出す。


「何で!? 通り過ぎたはずじゃ!?」


「まさかドアの前で立ち止まって……」


 バリバリとドアを引き剥がしに掛かるルイーズ、しかし巣の隙を突いて足元から這いずり出た子分たちは再び廊下に転げ出た。


「ったく騒がしいな、あいつら何やってんだ……?」


「オヤビン!!」


 子分の二人が息を切らしながらビリビリ破けた白い布の姿で屋根裏部屋に駆け込んできた。


「おうご苦労、それで首尾は?」


「そんな事はどうでもいいんです!! 早くここから逃げましょう!!」


「ああん? 何言ってん……」


 親分が言いい終わる前に天井裏の床、下の階の天井が剥がれ落ちていく。


「うおわっ!? 何事だ!?」


 逃げる暇も無く男たちは下の階に落とされてしまった……激しく背中や腰を床に打ち付けながら。


「痛てててて……何だぁ!?」


 首を持ち上げた親分の前に仁王立ちしたルイーズが立っていた。


「はああああっ……」


「ひいいいいいっ!!」

「ぎゃあああああっ!!」


 親分と子分たちは恐怖のあまりお互いの身体に抱き着きぶるぶると震え出した。

 そしてルイーズが彼らに立ちして突進を開始した、このままでは彼らの命が危ない。


「いい加減に目を覚ましなさい!!」


 脇から何かが飛び出した、マリアである。

 彼女はドロップキックの体勢で足先から飛んできて、その鋭い蹴りは見事ルイーズの右の頬に突き刺さったのだ。

 錐揉みしながら蹴り飛ばされたルイーズはそのまま奥の壁に激突し、そのまま動かなくなった。


「ちょっとマリアの姐さん!! やり過ぎだ!! あれじゃあルイーズの姐さんが死んじまう!!」


「大丈夫よ、ルイーズはそんなにヤワじゃないもの」


 あっけらかんと言い放つマリア……しかし彼女が言った通りルイーズの手がぴくんと動いた。


「う~~~~ん……あれ~~~? 私は一体何を……」


 むくりと身体を起こし、何事もなかったかのように立ち上がるルイーズ。


「気にするんじゃないわよ、いつもの発作だわ」


「あ~~~私、またやっちゃいました~~~?」


「オイオイ、マジかよ……」


 アッシーは呆れてものが言えなかった。


「わあああ、ありがとう!! ありがとう!!」


 親分たちが泣き叫びながらマリアにしがみ付いてきた。


「何よあんた達は?」


 訳が分からないマリアであったが、男たちから事情を聴出した。


「俺たちは自首します……娑婆はもうこりごりでさぁ……」


「そうです、これなら檻の中の方がよっぽど安心だ……」


「分かったは、これであんたたちに掛かってる賞金は私たちの物ね!!」


 瞳をきらめかせるマリア。


 ギシ……。


「あらっ? 何か物音がしませんでした~~~?」


「えっ?」


 ギギギギ……。


「もしやこれはマンションが傾いてるんじゃ?」


 アッシーが狼狽え始めた。


「まずいわ!! 皆逃げるわよ!!」


「はいいい~~~」


 マリアはアッシーに乗って、ルイーズが四人の男たちを担ぎ上げマンションの二階から飛び降りた。


 バリバリバリ……ドーーーーン!!


直後、激しい音を立ててマンションは崩れ去り、埃を巻き上げ瞬く間に瓦礫の山が出来上がった。


「ああああーーーー……」


 マリアは頭を抱えて蹲る。

 

 これで彼女たちの借金は更に増えるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る