第5話 ルイーズマンション 前編


 「……ここがシムラ爺さんの言ってたマンションか……」


 建物を見上げながらマリアが呟く。

 人里離れた鬱蒼とした森の中にそのマンションは建っていた。

 蔦が外壁を取り巻く二階建ての煉瓦造りの洋館で、あちこち壁が崩れ落ちていたり窓ガラスが割れていたりかなり古い建物だ。

 外観からでも相当な広さがあるのが分かる。

 そこはかとなく不気味さが漂っており、まるで廃校になった校舎の様だ。

 お化けが出ると言われても納得できてしまう。


「何もこんな時間に来なくても~~~」


 ルイーズの口から不満が漏れる……と言うか恨めしさすら感じられる。


「仕方ないじゃない、お化けが活動するのは大抵夜と相場が決まってるんだから」


 そう言いながらルイーズを特に見ようともせずに乗って来たワゴン車から道具を降ろし準備を始めるマリア。

 空は茜色の時間を過ぎ、徐々に夜の色を強めつつあった。


「ほらほら!! アンタ達もさっさと準備する!!」


「う~~~……」


 マリアがルイーズとアッシーに発破を掛ける。

 仕事の時はいつもルイーズがやる気の無いマリアをたしなめるのがパターンなのだが今日ばかりは違っていた。

 渋々ガジェット君を背負い懐中電灯を持つルイーズ。

 今回のガジェット君は特別仕様、手で持つ部分はまるで掃除機のノズルの様になっており、リュック部の伸縮素材の袋と繋がっている。

 これはお化けを硬直させる特殊な光を放つ懐中電灯でお化けを捕捉、そして手にしたノズルで吸引、霊体を閉じ込めておける特殊素材の袋に捉える仕様だ。


「え~~~? オレは行かなくてもいいだろう~~~!?」


「何言ってるのよ!! 誰のせいでこんな事になったと思ってるの?! あんたを飼う許可をもらうために引き受けた仕事なのよ!?」


「……誰も飼ってくれなんて言ってないし……」


「何か言った!?」


「……いえ……」


 マリアの余りにも恐ろしい眼力に押し黙るアッシー。


「さあ行くよ!! マリアシスターズはお化けなんて恐れない!!」


 勇ましい足取りでマンションに向かうマリア達。

 しかし何故こんな事になっているかと言うと……。




 遡る事6時間前……。


「特別にそいつをペットとして飼ってもいいが、その代わりワシの持っている不動産のマンションの掃除と修復をやってくれんかね」


「えっ……? 本当にそれでいいの?」


 マリアは正直の所拍子抜けした。

 このジジイの事、もっと過酷な要求をしてくると思ったからだ。


「あ~~~いいとも……

 ただな~~~そのマンション……らしいからそれ相応の準備はしておいた方が良いぞ?」


 ニタリと口角を上げるシムラ・元爺。


「ヒイイイイイ~~~!!!」


 いきなりの大声にビクッと身体が跳ねる一同。

 一際大きな悲鳴を上げたのはルイーズであった。

 マリアとアッシーが振り返ると彼女は部屋の隅っこで両側から頭を押さえしゃがみ込みガタガタ震えている。


「なあマリアの姉御、ルイーズの姉御はどうしちまったんだい?」


「……まあ……色々とね……」


 アッシーの質問に苦笑いで返すマリア。

 そう、ルイーズはお化けや幽霊の類が大の苦手なのだ。


「分かったよ、じゃあそのマンションの所在は?」


「……ここに地図がある、持って行け」


 ジジイから1枚の黄ばんだ紙切れを渡されるマリア。

 地図に記されたマンションの位置はここからかなり離れた山中であった。

 車でも4~5時間掛かる距離だ。


「じゃあ行って来るよ……ほら行くよ? ルイーズ!!」


「ヒエ~~~しょんな~~~!!」


 マリアに強引に手を引かれて店を後にするルイーズ、アッシーも後に続く。


「頑張れよ~~!!」


 思い切り他人事の様に手を振り無責任に二人と一匹を見送るシムラ爺さんであった。


 そして今に至る。


 ズカズカとマンションの正面玄関を目指すマリア達。

 しかし後少しで到着という所でマリアとアッシーが乗った地面が突然抜けてしまったではないか。

 ガラガラと崩れ落ちていく土砂と石畳。


「きゃあっ!!!」


「うわぁあああ!!!」


「お姉ちゃん!! アッシーちゃん!!」


 慌てて手を差し伸べたルイーズであったが間に合わず、マリアとアッシーは真っ暗な奈落の底へと落下していった。

 お化けマンションに入るのが嫌で一番後ろに居た彼女だけが難を逃れたかたちだ。


「ああ~~~どうしましょう……」


 その場にへたり込み途方に暮れるルイーズ。


 ニャーニャーニャー……。


 程なくして胸ポケットに入っている携帯端末が鳴る。

 マリアからだ。

 大慌てで通話モードにする。

 

「あっ!! マリアお姉ちゃん?! 大丈夫~~~!?」


『いや~~~参った参った……結構な深さまで落ちたな~~~うん、二人共無事だよ』


「良かった~~~」


 ホッとするルイーズ。

 意外にも明るい返答、どうやら怪我などの深刻な状況には陥っていない様である。


『落ちた場所には戻れそうにないけど……マンションの方に向かって地下道があるからアタシたちはそっちに進むから……アンタは玄関から入って来て!! 中で合流しましょう』


「えっ……? そんな~~~私、一人じゃ無理だよ~~~」


『……アンタのお化け嫌いは知ってるけど……でも大丈夫!! アンタなら出来るわ!! 何たってアタシの自慢の妹なんだから!!』


「……お姉ちゃん……うん!! 私……やってみるよ!!」


 マリアの根拠の無い励ましに俄然やる気を出すルイーズ。

 純粋に大好きな姉に期待されたのが嬉しいのだ。

 マリアはルイーズに身の回りの面倒を見てもらっているし

 ルイーズはマリアを精神的な支えにして生きて来た……まさに共依存の関係なのだ。


「よ~し!! 待っててお姉ちゃん!! アッシーちゃん!! 今行くからね!!」


 完全にルイーズの恐怖心が払しょくされた訳ではないが、微妙に腰が引けた状態で恐る恐る玄関からマンション内部へと入っていった。

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