第3話

今朝は雨音で目を覚ました。

昨晩はあまり眠れなかった。

何か考え事をしていたというわけではないのだが、なかなか寝付けなかったのだ。


起き上がってベランダにいくと、外の景色が全て縦線に滲んでしまったような大雨だった。

おとつい買い物に行っておいてよかった、と彼女はいつもどおり朝食を準備し始めた。

パンはストックが減ってきたので、今日は昨日の残りの白飯と冷凍してあった鮭を焼いたものと卵焼き、味噌汁にした。

テレビのニュースでは先日あった殺人事件の犯人が捕まったと報じていた。

「物騒な世の中ねぇ・・・」

味噌汁をずずっとすすりながらまた独り言を言う。

最近は数日に1回『殺人事件』という文字を見る。

もちろん発生しただけれはなく続報などもあるので、毎日発生しているというわけではないが。

少なくとも彼女が小さい頃はこんなに殺人なんていう物騒な言葉をしょっちゅう目にしたという記憶がない。

彼女が幼かったからニュースを見ていなかったというのもあるかもしれないが、ここ数年は本当に多いと思う。


「今日は雨だし、洗濯はなしっと・・・」

ただでさえ家の中でできることが少ないのに、雨のせいで洗濯という選択肢を奪われた。

掃除をするにしても、湿気が多いと埃は取りやすいが、なんとなくすっきり綺麗になった気分にならない。

そうなると、彼女がすることといったらぼーっとすることだけであった。

今日はしばらくテレビでも見ていよう。

そう思い、いつもよりコーヒーを多めにドリップしてつまみ用に買い置きしてあったせんべいの袋をリビングに持って行き、ソファに半分寝そべるような形でテレビの前に陣取った。

『こういうのってよく専業主婦の代名詞みたいな格好よね』と思うと、自分も知らず知らず彼女達と変わらないんだなとおかしくなった。

家事が一段落する前からずっとこういう状態だと、外で働いてきた旦那さんに「俺は必死に働いてきてるのに」と文句を言われても仕方ないと思うけど、家事や育児などやることをやって、ようやくできた自分の時間をこのようにゆったり過ごすのであれば誰にも文句を言われる筋合いなんてない。

そこまで考えて、彼女ははっとなってそれ以上考えることをやめた。


ニュースの時間が終わり、テレビショッピングが始まったのでチャンネルを変える。

でもこの時間帯はどこもたいして面白い番組をやっていないので、次々にチャンネルが変わっていく。

やがて一周して将棋の番組になったところでチャンネルを変えるのをやめてしまった。

「はぁ~あ・・・」

ソファの上で大きく伸びをした。テレビを見るのも少し休憩しよう。

コーヒーもせんべいもたいして減っていないのだが、またあとで食べるかもしれないからこのまま出しておこう。

というか、コーヒーにせんべいって合わない取り合わせだったな・・・と今更思った。

それでも彼女の家に常にストックしてあったのがせんべいだったので、特になにも思わずいつものとおりに持ってきたのだった。

せめて飲み物をほうじ茶や麦茶にしておけばよかったのだろうが、コーヒーはもうたくさんドリップしてしまってあるし、今更コーヒーに合う別のお茶受けなんてない。

クッキーでも作るか・・・どうせ時間はたっぷりあるんだし。

彼女は立ち上がり、キッチンに材料を探しにいった。


「ピンポーン」

彼女がクッキーの生地を寝かせるのに冷蔵庫を開けた瞬間、インターホンが鳴った。

またびくっとする。

しばらく様子を伺うが、それ以降何の音も鳴らない。

もしかして雨音で聞き間違えたのかと思ったとき、また2回めのインターホンが「ピンポーン」と鳴る。

宗教の勧誘でも、在宅確認で2回くらいはチャイム鳴らすよね?でももしかしたら、昨日自転車の手紙を入れてくれた人がまた来たのかもしれないし・・・もしもそうだったとしたら、やっぱりお礼くらい言ったほうがいいのかしら?

物音を立てないように生地を持ったまま固まっていたが、そっと冷蔵庫に生地を置き扉を閉めたあと、彼女は玄関へそっと向かった。

「ど・・・どちらさまですか・・・?」

恐る恐る小さく消え入りそうな声をかけてみた。もし勧誘だったらこれ以降声を出すのをやめよう。そしたら諦めて帰ってくれるだろう。そう思ったのだ。

「あ、伊藤さん!いらっしゃいましたか!私です、鹿野です。」

名前を聞いて、彼女は身体も思考も完全に固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る