第19話 転校生が来た また?

 朝からわいわいと賑やかな教室。一時間目が始まる前の少しの時間、みんな雑談に熱心だ。

 学校の生徒達は何が楽しいのか、みんな朝からとても明るそうな笑顔をしている。

 ひかりには特に話すことは無いし、みんなの楽しみを邪魔するような暗い矜持も持ち合わせていないので、黙って静かに自分の席について鞄を置いた。

 さて、授業が始まるまでじっと時間が経つのを待つかと思っていると、クラスメイトの一人が声を掛けてきた。


「ねえ、夜森さん。あの話聞いた?」

「あの話?」


 自分から話しかける趣味はないが、訊ねられれば答えるひかりだった。何といっても自分は委員長なのだから、クラスの面倒を見ないといけない立場だ。

 委員長なんて別にやりたくてやっているわけじゃなくて、ただボーっとしてたらいつの間にか役割を押し付けられていただけだけど。

 それでも進んで無能のレッテルを張られたがる物好きはいないだろう。なのでひかりは最低限の役割だけは果たす気構えでいた。

 クラスメイトの彼女はきっとみんなに訊いているのだろう。ひかりだけを特別視しているわけじゃない。

 それは分かっているのでひかりは落ち着いてきょどることなく話を受けた。彼女の話はこうだった。


「今日うちの学校に転校生が来たって話よ」

「へー、転校生が来たんだ。また」


 転校生なんて紫門一人で十分だ。そんなことを思っていると本人が来た。

 闇のハンターをしている少年は教室の前のドアから入ってきて近くの男子生徒達と挨拶を交わし、こっちに近づいてきた。


「おはよう、ひかり」

「おはよう、紫門君」


 彼はそのまま隣の席につく。話の邪魔をしては悪いと思ったのか、話すことが無かったのかもしれない。

 ひかりも特に話すことはないと思っていたのだが、今日の彼は何だかとても眠そうだった。

 いつもちゃんとしている彼にしては珍しいことだったので、気になって理由を問うと、


「昨日、妹から電話でヴァンパイアのことをいろいろ聞かれたんだ。この町のことは俺一人で十分だって言ってあるのに」

「そうなんだ」

「加賀君って妹がいたんだ」

「ああ、可愛くない奴がな」

「へえ」


 確か紫門はヴァンパイアは倒せなかったが勝つことは出来た。だからこの町は俺に任せろ心配はいらないと家に連絡していたはずだ。

 前にそんな感じのことを聞いたような記憶がひかりにはあった。ぼんやりと思い出していると、クラスメイトの少女が紫門にも質問していた。


「ねえ、加賀君は転校生のこと何か知ってる?」

「知らないな。別に転校生ぐらいどこの学校にも来るんじゃないか? このクラスに来るのか?」

「うーん、あたしは学年もクラスも知らないんだけど、何かかっこいい男の子と可愛い女の子が来るって噂だよ」

「二人も来るのか。まさかヴァンパイア絡みじゃないだろうが……」


 それはひかりもちょっと思った。この町は少し前にヴァンパイアの現れた町としてニュースになっていた。

 それ絡みで町おこしをしたい人か興味を持った人が来たのではないかと。前者でないことを祈りたいものだ。もうニュースになるのは十分だと思うひかりだった。

 真相は闇の中。そう思っていると教室のドアから誰かが入ってきた。先生なら少し驚いたかもしれないが、ここにはいないはずの知っている人だったので、ひかりもクラスメイトもかなり驚いた。


「狼牙君! どうしてここへ?」

「あ、師匠!」


 その少年、風神狼牙はこちらの姿を見つけると一直線に向かってきた。

 戦った時の狼男の姿ではなく、祭りで会った時の人の姿をしている。彼はひかりの傍まで来るととても純粋な少年の顔をして話しかけてきた。

 犬みたいだとひかりは思った。彼は狼男だけど。

 彼は不良っぽいワイルドさを感じさせる外見だけど、とても素直で礼儀正しい性格だった。


「弟子として師匠にお仕えするために転校してきたんですよ。一族にも勧められて。残念ながら同じクラスにはなれず、一年生から始めることになってしまいましたが。クーッ、自分の無知が恨めしい」

「そうなんだ。一年生か」


 学年は年齢の問題だから仕方ないとひかりは思う。ここに飛び級はないのだから。


「転校生って狼牙君のことだったんだね」


 謎が一つ解けてクラスメイトの少女も嬉しそうだ。狼牙は律儀にそちらの方にも頭を下げた。本当に礼儀正しい少年だった。


「はい、師匠ともどもよろしくお願いします!」


 クラスメイト達は快く狼牙を受け入れた。みんなこの前の祭りの時に会っていたので顔見知りだった。不機嫌な顔をしているのは紫門だけだった。


「ここで騒ぎを起こすなよ」

「お前、なんでここにいるんだ!?」


 狼牙は声を掛けられて初めて紫門がいることに気付いたようだ。不機嫌な犬みたいに食って掛かっていた。闇のハンターをしている紫門は涼やかに流した。


「俺はここのクラスなんだよ。お前は一年生なんだろ。早く自分のクラスに帰れよ。授業始まんぞ」

「なんだと、てめえ」


 危うく決闘の空気が流れる。ひかりは慌てて止めようと腰を浮かしかけたが、その前に教室に入ってきた人がいて、紫門の注意がそっちに逸れた。

 彼はとてもびっくりしたような顔をしていた。彼がこんなに絶句するなんて初めて見たようで、ひかりは落ち着いて紫門の視線を辿った。

 教室のドアのところに今朝案内したばかりの少女が立っていた。とても絵になる美少女だったのでクラスのみんなが彼女に注目した。


「お兄ちゃんのクラスはここかなー」

「ゲゲー! 真理亜! お前どうしてここに」


 歓迎しない声を上げたのはまたしても紫門だけだった。ひかりとの関係で責められた時に続いて、またクラスの好感度が下がった気がする。


「ゲゲーとは何よ。あれ、お姉さん。お姉さんも同じクラスだったんだ」


 ちょっと不機嫌な顔をした少女はすぐにまた笑顔になってこちらに向かってきた。そして、隣に座る紫門の肩を押した。


「お兄ちゃん、そこどいて」

「ここは俺の席だ!」

「転校生って真理亜ちゃんのことだったんだ。あれ? でも、お兄ちゃんって」

「妹だ」


 紫門はとてもぶっきら棒な感じで妹を紹介した。妹は笑顔だった。


「はい。ごめんなさい。お兄ちゃんが迷惑を掛けて」

「掛けてねーし。お前、何しに来たんだよ。自分の学校があるだろ。実家に帰れ」

「もう、お兄ちゃんが帰ってこないからじゃない。もうヴァンパイアはあたしが倒すから、お兄ちゃんの方こそ帰っていいよ。ほら、早くそこの席からどいてよ。教室から消えて」

「お前が出て行けよ!」


 兄妹は何やら口論の様子。ひかりは今度こそ自分が止めようと思ったが、その前に狼牙が言った。


「はっ、お前ら如きに倒せるはずがないだろ」

「なんですって」

「おい、お前らここで喧嘩するなよ」


 真理亜と狼牙がにらみ合ってしまって、紫門は慌てて妹を宥めに掛かった。

 ここで闇の戦いを繰り広げられても困ってしまう。ひかりも同じ気持ちだ。

 開戦が勃発しそうな空気をどうすればいいのだろう。

 ひかりは委員長として教室を守らなければならないし、この町の魔物の王として狼牙のことも守らないといけない。

 どうしようと考えていると、予冷が鳴って先生がやってきた。


「授業を始めるぞー。一年生は自分の教室に戻れ」

「くっ、時間を無駄に使ってしまったぜ。せっかく師匠に会えたのに!」

「こんな奴に構っている場合じゃなかったわ。せっかくお姉さんに会えたのに!」

「師匠、また来ます!」

「お姉さん、またね」


 去っていく二人。

 さすが先生だ。生徒に出来ないことを平然とやってのけた。

 まあ、自分も本気を出せばこれぐらいのことは出来るけど、とちょっと自信を膨らませておく。


「委員長、号令」

「はい、きりーつ、礼、着席」


 そして、またいつもの授業が始まるのだ。

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