第二章 真理亜と古の王サラマンディア

第18話 動き出す日々

 パラパラと火の粉が舞い落ちる。遥かな高みにある宇宙の暗闇から地表に広がる地面へと。

 そこは町を見下ろせる小高い丘の上だった。夜の遅い時間とあって辺りに人の姿はない。

 夜の空気の中、火の粉が地面に舞い落ちる。それはただの火の粉では無かった。それは明確な意思を持っていた。その意思が今、目覚める。


「!!」


 あれからしばらくの時が過ぎていた。宇宙で敗北してからこれまで。自身は消滅したかと思われたが、意思を取り戻すまでに復活した。

 だが、全盛までの力にはほど遠い。


「ヴァンパイア……おのれ、ヴァンパイア!!」


 それは自らを圧倒した夜の少女を憎んでいた。倒すにはどうすればいいか。この星に邪悪が棲んでいることは分かっていた。

 地表に近づいたことでそれはその存在をより強く感じていた。深い地の底に強大な悪が眠っている。それは密かに笑った。


「全ての邪悪を私の力で滅せられれば良かったのですけどね。毒を持って毒を制すという言葉もあります。星々の神々より賜った大事な使命を果たすため、利用させてもらいますよ。この星の邪悪な力!」


 火の粉が吹き、動き出す。再び、今度こそ、ヴァンパイアを打ち倒し、栄光ある使命を果たすために。

 



≪ヴァンパイアの町へようこそ!≫


 そんな言葉が書いてある旗を見るのも珍しいことでは無くなっていた。

 いつも登下校で歩いている道。その道にもヴァンパイアの宣伝文句はなびいている。

 夜森ひかりは朝から冴えない気だるい気分で学校への道を歩いていく。

 もうお祭りも終わったのに、町の偉い人達はまだヴァンパイアで町おこしをする気が満々のようであった。もう諦めれば良いのにとそのヴァンパイアの本人である夜森ひかりは思う。

 みんなに注目されて人気者になってチヤホヤされて持ち上げられれば有頂天の幸せ者になれると思っていた時期が彼女にもありました。

 でも、現実ではただ面倒くさいだけだった。空想ではとても楽しいのに不思議なものだと思う。もう誰とも関わらず静かにひっそり暮らしたい。でも、みんなに認められる実力者ではありたい。


「やっぱり裏の実力者でいい。わたしは裏の実力者でいいのよ」


 そう、人知れず裏で活動し、名前を聞けば誰もが『お前があの伝説の!』とびっくり仰天して震えあがるような裏の実力者で自分は良かったのだ。

 それが何がどうなってみんなに注目されるような表の実力者になってしまったのか。


「はあ、リアルで有名になるのって辛いわ」


 空想でちょっと気分を良くし、もう他人は他人でどうにでもしてと眠たいあくびをして、ひかりはごく普通のどこにでもいる平凡な中学生として朝の道を歩いていた。

 これからまたいつものつまらない授業がある。あんな牢獄に等しい場所に楽しいウキウキ気分で登校する生徒達がいるなんて信じられない。さぼれるものならさぼりたい。でも、そうもいかないから今日も黙って座っていよう。

 そんなことを思いながら歩いていると、ふと目に付いた物があってひかりは足を止めた。


 もうすっかり見慣れたヴァンパイアの旗。それをじっと見ているとびっきりの可愛い美少女がいたのだ。見慣れない少女だったが、ひかりと同じ学校の制服を着ていた。下級生のようだ。

 自分は中二だから相手は中一だろうか。ひかりはじっと観察する。

 別に美少女だから目が留まったと言うわけではないが、何か自分がこんな可愛い女の子からも注目されているように感じられて、ひかりはこそばゆい芸能人になったような気分で鼻高になって声を掛けることにした。


「あなたもヴァンパイアに興味があるの?」


 よし、言えた。引っ込み事案のひかりだったが、最近人と話すことに慣れてきた気がする。

 面倒ながらも人に話される機会が増えたからだろうか。最近は家の猫とも喋っているし。別に寂しい子ってわけじゃなくて、家の猫は最近喋るようになったのだ。使い魔として目覚めたことによって。

 その使い魔のクロは今は家で寝ている。本当に使い魔なのだろうかと疑問に思うこともある。

 それはさておき、相手の少女が振り返る。やっぱり飛びっきりの美少女で彼女と目が合ってひかりは同性だというのにドキッとしてしまった。声を掛けて良かったと思う。

 こんな美少女が自分のような存在に注目してくれるなんて誇らしいことだ。芸能人みたいに可愛いのは彼女の方なのに、せいぜい普段は冴えないながらも裏では実力者である自分を褒めてもらおう。そう期待するひかり。

 相手の少女の可愛らしい唇は素直に開いた。


「はい、ヴァンパイアは倒さなければならない存在ですから」

「そうなんだ」

「あたし達の家系は奴を滅ぼすために技を鍛え、あたしも奴を滅ぼすためにこの町に来たんです」

「へえ、頑張ってね」


 何だか同級生にいる紫門みたいなことを言う子だった。当てが外れた。

 関わらない方がいいなと思って、ひかりは回れ右をしようと思ったのだが……


「教えてくれませんか? 場所を」


 すぐに訊ねられてしまったので、足を止めて再び向かい合うことになってしまった。

 さて、場所を訊ねられても馬鹿正直にヴァンパイアはここにいますよ本人ですよと言うわけにはいかない。これから学校があるというのにリアルの厄介ごとは御免だった。

 可愛い子に褒められるのは歓迎だが、つきまとわれても困る。迷惑だ。

 なので誤魔化すことにした。


「さあ、わたしにはヴァンパイアの居場所は分からないなあ」

「そうじゃなくて!」

「ん?」


 どうやら相手の少女はヴァンパイアを探しているわけでは無いようだ。ひかりはちょっと興味を惹かれて聞いた。

 少女は本当に困っているようで、その可愛い目に薄っすらと涙まで浮かべて懇願してきた。


「学校の場所を教えて欲しいんです! 今日は転校初日だというのに迷ってしまって。敵地でこんなこと頼めた立場じゃないのは分かっているんですけど!」

「ここ通学路だから真っすぐ行けばいいと思うよ」

「真っすぐって言われても」


 少女は道の先を見る。すぐに振り返ってこっちに目線を戻してきた。

 それで迷っているんだから訊いているんだと少女の瞳は言いたげだ。もっともな意見なのでひかりは頷いておいた。


「うん、じゃあ案内してあげる」

「え……」

「学校まで一緒に行こうよ」

「ありがとう、お姉さん!」


 ヴァンパイアを嫌っている人に媚びを売っておくのも悪くない。相手の素性を計れれば立ち回りも上手くできるだろうし、ここで断って恨みを買うのも損だろう。ひかりは計算してそう思ったのだが。

 少女はパッと輝くような笑顔になった。そこに計算なんて悪だくみの働く余地は何も無かった。彼女は本当に良い子でこんなだるい朝から花の咲くような良い表情をしていた。

 ひかりの曇っていた気分も晴れるようだった。これが若さというものだろうか。一つしか学年が違わないのにそう思ってしまう。

 ひかりは彼女を案内しながら道を進む。もう打算とか関係なく楽しんでしまった。

 軽く雑談しているだけでもう学校に到着してしまった。いつもより近いように感じられてもっと学校が遠くにあれば良いのにと思ってしまった。


「ここが学校よ。もう一人で来られるよね?」

「はい、ありがとうございました。あたし一年の加賀真理亜です!」

「二年の夜森ひかりよ」

「あの……また何かあったら頼りにして良いですか? あたし、まだこの町に不慣れでして……」

「ええ、もちろん。わたし、これでも委員長してるからね」

「委員長! 凄ーい! 今日は本当にありがとうございました!」

「またねー」


 とても元気な兎のように駆け去っていく少女をひかりは手を振って見送った。

 さて、自分も自分の教室に向かわなければならない。

 朝から良いことがあると今日一日は良い日になるんじゃないかと思うひかりだった。

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