第17話 王者の務め

 チート能力者としてのバトルはもうたっぷりと堪能出来た。

 戦いの決着がいろいろと付いて、リアルでも何だか友達と話す機会が増えて、ひかりがもうチートで無双はしばらくいいかな、リアルに気を遣うのも面倒だしと思い始めた頃。

 朝起きて学校に行こうとしたら足元からクロが話しかけてきた。


「ひかり様、今日は早く帰ってきてください。用がありますので」

「用?」


 猫を見下ろしてひかりは首を傾げる。

 用とは何の用だろう。ひかりは気になったが、お母さんの呼ぶ声が待ってはくれなかった。


「ひかり! もう学校に行く時間でしょ? 早くしなさい!」

「はーい! 分かってる!」


 背伸びするように答え、ひかりは足元のクロに話しかけた。


「分かった。早く帰ってくるからね」


 元より友達付き合いの乏しいひかりに特に放課後の用事なんて無い。

 我が家の猫が早く帰ってこいと言うのなら、早く帰ってやってもいいかと思うのだった。




 今日も冴えない中学生として退屈で平凡な学校生活を送ろう。

 そう思って鞄を置いて席に着いたひかりの耳をいきなりの校内放送が直撃した。


『二年生の夜森ひかりさん、至急生徒会室まで来てください』

「ええーーー」


 朝から面倒なと思ったが、無視するわけにもいかない。

 クラスメイト達の好奇と心配の視線がすでにこっちに向けられてきている。

 誤魔化すようなにやけ笑いを浮かべようとするひかりに話しかけてくる。


「夜森さん、何かやったの?」

「前にも生徒会長に呼ばれてたよね?」

「うーーーん……」


 クラスメイトにヴァンパイアの事情を説明するわけにはいかない。

 さりとて、他に辰也に呼び出される用件も思いつかない。


「分かんないけど、行ってくるね」


 ひかりは適当な言葉で誤魔化しながら、教室を出ていくことにした。




 廊下を歩いて辿りついた生徒会室。

 ひかりはその前で立ち止まって息をする。

 さて、緊張していつまでも立っているわけにもいかない。思い切ってドアをノックすると、すぐに開いて嬉しそうなスマイルを浮かべた箒が顔を出してきた。


「よく来てくれたね、ひかりちゃん。さあ、入って入って。どぞー」

「お邪魔します」


 手を引っ張られるままに部屋に入り、辰也の前の席に着いた。

 仏頂面で貫禄のある会長の前で、ひかりは面接を受けに来た人のように緊張してしまった。


「何を固くなっている? 王はお前だぞ」

「今のわたしは……1クラスの委員長です……」

「ふん」


 もっと気の利いた返しが出来れば良かったが、やはりリアルで話すのは苦手だった。

 辰也にもつまらなそうに鼻で流されてしまった。

 箒が背後から気軽にひかりの両肩に手を置いて話しかけてくる。


「ひかりちゃんは偉ぶらずに目立たずひっそりと暮らしたいんだよね」

「ええまあ、その方が助かります」


 どうも箒の方がひかりの気持ちを推し量ってくれているようだった。

 辰也はふんぞり返るように両腕を組んで、椅子の背もたれにもたれた。


「それでお前が必要な時に王としての態度が取れるのならな」

「必要な時?」

「今夜の用意は出来ているのか?」

「今夜?」


 ひかりには思い当たることが何も無い。辰也は不機嫌そうに真面目な口を開いた。


「お前の使い魔が招待状を送ってきたのだ。今夜……」

「辰也、それ以上は言っちゃ駄目」

「なぜ止める?」


 辰也の視線がひかりの背後にいる箒の方に向けられる。ひかりも同じ気分で見上げた。

 箒はおどけた調子で明るく言った。


「クロが言っていないってことは、きっとひかりちゃんにサプライズを考えているんだよ。邪魔しちゃ野暮だよ」

「ふん」


 辰也はつまらなそうに答えていたが、言われた通り邪魔することはしなかった。

 再び強い視線がひかりに向いた。


「とにかく、お前達が何を企んでいるかは知らんが、王者として恥ずかしくない心構えはしておけ。話は以上だ」

「はい」


 自分達は何を企んでいるというのだろう。

 気にはなったが、今なんとかしないといけないのは今の状況の方だった。

 教室に戻ってきたひかりを待ってましたとばかりにクラスメイト達が出迎えてきたのだ。

 好奇心に当てられて、ひかりは眼鏡の奥の瞳を見開いてドギマギしてしまう。


「夜森さん、生徒会長は何だって?」

「えっと……」


 みんな暇なのだろうか。困惑しながらひかりは言葉を探し、ちょうどいい言葉を手繰り寄せた。


「1クラスの委員長としての心構えをちゃんとしておけ? 恥ずかしくないように……みたいな?」


 上手く言えたかどうかよく分からない発言に、クラスメイト達は首を傾げてしまう。


「んん?」

「夜森さん、ちゃんとしてるよね?」

「生徒会長の目は節穴なのだろうか」

「きっと話したかったんだよ」

「ほら、みんな席に着いて」


 あまり突っ込まれて墓穴を掘っても困ってしまう。

 ちょうど朝の授業が始まるところだったし、タイミングよくチャイムが鳴って先生も来てくれたので、ひかりはさっさとみんなを席につかせて授業を始めてもらうことにした。


「これで授業が終わるまではゆっくり出来る……」


 そう安心するひかりだったが……

 席に着いて授業が始まるなり、隣から紫門が話しかけてきた。


「魔物達の話であいつに呼ばれたんじゃないのか?」

「ううん、分かんない」


 特にハンターに聞かれて困る情報もない。ひかりは気楽に答えた。


「心構えをしておけと言われたのは本当だから」

「そうか」


 自分は心構えが出来ているのだろうか。ひかりは自分の手を見て考えてしまう。

 考えてもよく分からないし、今考えないといけないことは、


「じゃあ、次の問題を……夜森さん」

「はい」


 やっぱり今のことだった。




 結論、心構えが出来ていませんでした。

 そう思い知ったのは夜のこと。

 今のひかりは大勢の魔物達の集まっているステージの控室でびっくりして頭を抱えてしゃがみこんでいた。


「どうしてこうなった……」


 いつの間に準備がされていたのか。人里離れた森の僻地に魔物達の集まるステージが用意されていた。


「これからパーティーを開催します」

「パーティー?」

「ひかり様をもてなすびっくりパーティーです。はい、目隠し」

「うん? ……うん」


 そうクロに誘われるままに何故か目隠しされて飛んできて、目隠しを外されてサプライズされたのがこの場所だった。

 みんなの熱気に当てられてすぐに舞台袖に跳びこんでしまった。文句は執事の姿に変身したクロに言う。


「何なのこれ?」

「あなたが王になったことをアピールしようと改めて闇の集会を開いたのですよ」

「ハッ、闇の集会!?」

「前はフェニックスが来てうやむやにされましたからね。もう一度ちゃんとしようと思ったのですよ」

「わたしに黙っていたのは?」

「もちろんサプライズですよ」


 何とも嫌な使い魔だった。


「わたしが人前に出るの苦手なの知ってるくせに……」

「では、王になるの辞めますか? ならばこれから開くのは引退会見になりますね」

「冗談ではない!」


 ひかりは苦手に思ってしまうが、王者の地位を他人に譲るつもりは全く無かった。

 みんなに馬鹿にされたくはないし、王者である自分に誇りも持っていた。

 なので決断した。


「分かったわよ。そこでヴァンパイアの力を見ているがいい!」


 颯爽とやる気を出して眼鏡を外し、強気なヴァンパイアの姿に変身してステージに向かって飛び出した。




 大勢の魔物達を前にしても、チート能力者が恐れを抱くはずもない。

 帝国の艦隊に包囲されても恐れず一人で立ち向かえる。それがチート能力者のあるべき姿だ。

 ひかりは思い切ってステージの中央にあるマイクを手に取って宣言する。


「みなの者よ、よくぞここに集まった。これより始まるのは新たな闇の時代の始まりを祝福するパーティーだ! わたしこそがそれを率先して行う者。魔を総べる王ヴァンパイアだ!」


 集まったみんなが恐れや陶酔を抱いて、ひかりの宣言を聞いていった。

 啖呵を切れるって気持ちいい。

 ひかりは気分がよくなって話を続けていった。もう緊張とかはどこかに置いてきてしまった。

 向こうの山へと手を向ける。


「このわたしが王であることに不満のある者は名乗り出るがいい。だが、先に言っておくぞ。命知らずはこうなるとな!」


 ひかりは手から轟炎を放つ。それは向こうの山へと着弾し、空が赤く燃え上がった。

 魔物達は恐れや感嘆に震えあがり、逆らう者はいなかった。

 ひかりはわたしTueeeを思う存分堪能して、その日は良い気分まま演説を終えた。




 次の日、山が燃えたのがニュースになっていたのにはびっくりした。


「山火事が起きたの。大変ねえ」


 お母さんはリビングで呑気にテレビを見ながら呟いている。

 幸いにも死傷者はいなかったようだ。

 ひかりは他人事だと自分に言い聞かせながら、急いで家を出ることにした。




 やはりリアルはおっかない。異世界とは違うんだから気を付けよう。

 ひかりはそう思いながら、明るい朝の道を歩いていく。

 途中で紫門とばったり出くわした。


「おはよう、ひかり。昨日山火事があったことを知っているか?」

「わあ、そうなんだ。大変だねえ」


 適当に誤魔化して先を歩く。

 紫門は後をついてきた。うっとうしいが、学校が同じなんだから仕方ないかもしれない。

 背後から彼が声を掛けてくる。


「おい、ひかり」

「はいはい、話は後でね」

「ニュースになったのはまずかったな。この騒ぎに魔の者達が関わっていることを知られたら、俺以外のハンターがこの町に来るかもしれないぞ。気を付けとけ」

「ええーーー」


 この世に安息は無いのだろうか。

 チート能力をもらったら異世界に行こう。

 そこで追放されて戦いの最前線から離れ、辺境で穏やかなスローライフを送るのだ。

 最近読んだ本でそう思う、晴れた日の朝だった。


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