第20話 昼休みの見幕

 今日も午前中からいつも通りの授業の時間が流れる。朝から騒がしいことがあると、こんなどうでもいいありふれた授業の時間が恋しくなるから困ってしまう。

 何も起きないのが一番。楽しいことは空想で出来るから。

 そんなことを思いながら黒板のノートをコツコツと取るひかり。クラスのみんなは私語をすることもなく真面目に授業を受けている。

 いきなりテロリストやドラゴンが来るようなサプライズは期待できそうになかった。いや、いきなり来られても困ってしまうが。

 来るなら夜に願いたい。その方が人目が無いし、ヴァンパイアの力でTUEEE出来るから。

 そう思っているとチャイムが鳴った。午前中の授業が全て終わったのだ。


「起立、礼、着席。ああ、疲れた」


 委員長としての務めを果たし、席に座って伸びをするひかり。

 今日一日はこのまま穏やかに終わるかと思われた。だが、昼休みにまた騒がしい人達がやってきた。

 真理亜と狼牙だ。


「お姉さん、一緒にご飯を食べましょう!」

「師匠! 一緒にご飯を……!」

「あんたなんで付いてきてんの!?」

「俺が先に来たんだ! ほら、俺の足が半歩前にあるだろ!」

「あたしが先に声を掛けたのよ!」


 教室のドアの前で騒ぎだす二人。ひかりがぼんやりと見ていると、隣の席で紫門がため息を吐いて立ち上がって二人のところに歩いていった。そして、


「ここは二年の教室な。一年生ズは自分の教室に帰るんだな」


 二人の体を両手で押して、教室の外まで追い出してドアを閉めた。鍵は掛けなかったので、閉められたドアはすぐにまた開かれた。


「何しやがるてめえ!」

「お兄ちゃんは良いのに、あたしは駄目だって言うの!」

「お前らなあ」


 ギャーギャーわめく二人に紫門はまた疲れたため息を吐いた。そして、憐れむような眼差しを二人に向けた。


「俺はここのクラスの生徒。お前らは別のクラスの生徒だ。それも一年生だ。俺の言っている言葉の意味が分かるか?」

「先輩なら先輩らしい態度を見せろよな!」

「お兄ちゃんがヴァンパイアを倒せないからあたしがここに来たのよ!」

「自分の教室に帰れって言ってるんだよ!」


 わいわい喚く三人。三人寄れば姦しいとは言うが、それは男も含むのだったのだろうか。漢字の由来まではよく知らないひかり。

 席に座って弁当に箸を付けながら黙って見ていると、クラスメイト達が立ち上がった。


「もういいじゃないか、加賀」

「斎藤」

「こんなに来たがってるんだもの。お姉さんなら可愛い子は歓迎よ」

「木村まで」


 クラスメイト達は歓迎ムードだ。教室の中に味方を得て、二人の下級生達は調子づいた。


「ほら、見ろよ!」

「邪魔なお兄ちゃんはそこどいてよね!」

「お前ら、こら!」


 止めようとした紫門の左右をそれぞれに抜いて、狼牙と真理亜はひかりのところに真っすぐにやってきた。


「師匠! 飯にしましょう!」

「お姉さん! ご飯にしましょう!」

「お前、邪魔だ!」

「あんたが邪魔なのよ!」


 ひかりの前で二人はお互いの弁当箱をぶつけあって喧嘩を始めてしまう。ひかりは穏やかに微笑んだ。


「もう、喧嘩しない。机をくっつけてみんなで食べよ」

「さすが師匠!」

「お姉さん! 何て優しいの!」


 それから机をくっつけあって、みんなで食べた。

 クラスメイト達も集まってきて、狼牙と真理亜はそれぞれに食べ物をもらっていた。


「狼牙君、あたしの唐揚げあげるー」

「ありがとうございます! いただきます!」

「真理亜ちゃん、僕のコロッケあげるよ」

「おいしー、こんなに優しくされたの初めて! さすがお姉さんのクラスメイトだわ!」


 二人はクラスのみんなに歓迎されていた。クラスで歓迎していないのは紫門だけだった。


「ふう、やれやれ」


 彼は一人で教室の隅っこに移動して静かに弁当を食べ始めた。

 ひかりはちょっとそちらを気にしたが、クラスの賑やかさに押されて、すぐに気にする余裕を無くしていった。




 騒がしい昼休みだった。

 賑やかな時間が終わって二人はまた風のように去って行った。

 邪魔者がいなくなって紫門が隣の席に戻ってきた。ひかりは迷惑を掛けた側として謝っておかないといけないと思った。


「ごめんね、みんなが騒がしくて」

「お前があやまることじゃないだろ。俺の妹とあいつのせいなんだから」

「うん」


 予冷が鳴って次のチャイムが鳴るまであと数分。

 教科書とノートと文房具を出して授業が始まるのを待っていると、紫門が再び隣から声を掛けてきた。


「お前、あんまり真理亜に気を許しすぎない方がいいぞ」

「え……」

「あいつは俺と違って出来る奴だからな」

「うん」


 よく分からないが忠告なのだろう。ひかりは素直に頷いておいた。

 本礼が鳴って先生が来た。紫門が促してくる。今度は日常的なことを。


「ほら、委員長。号令だろ」

「うん。きりーつ、礼」


 午後の授業が始まる。

 ひかりが紫門の言った意味を知るのはこれからのことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る