第8話 風の中の戦い
夜が来れば敵が現れる。
今日のひかりは肩を落としてしょんぼりして夜空を飛んでいた。
「うう、リアルの自分って何て小者なんだろう」
良い気になっていた自信をリアルで打ち砕かれて、昨日とは打って変わって、ひかりの気分は乗っていなかった。
クロが心配した声を掛けてくる。
「どうしたんですか? そんな態度では相手に舐められますよ」
「分かっているけど」
ひかりは顔を上げる。自分の手を見つめる。その手に炎を出し、握りしめた。
自分は絶対的強者のヴァンパイアだ。このチート能力があればテロリストにだって生徒会にだって負けはしない。そのはずなのだが。
「やっぱりリアルで小者だと駄目なのかな」
ひかりがそう思った時だった。
「危ない!」
クロがいきなり叫んだ。
「隙ありよ、ヴァンパイア!」
上から声が降ってくる。
「え」
全く予期せぬ位置からの襲撃だった。
ひかりは不意に頭に何かをぶつけられた衝撃を感じ、地面へと真っ逆さまに叩き落とされていった。
いきなり上から来るとは思わなかった。今までの相手はずっと地面にいたので完全に油断していた。
墜落したひかりは地面に叩きつけられた。
チート能力者であり王者でもある自分がこんな目に合うなんてありえないことだ。ひかりの意識は一気に戦闘モードへと入った。
「不意打ちとは舐めた真似をしてくれる。この絶対的王者のヴァンパイアに向かって、身の程を知れえ!」
ひかりは本日の哀れなやられ役を探して顔を上げて、そこでびっくりして固まってしまった。
目の前にいた人物が見覚えのある少女、気さくな印象を与える灰羽箒だったからだ。
彼女は昼と変わらない気楽な可愛い挨拶をしてきた。
「よっ、昼以来ね。ひかりちゃん」
「副会長、どうして……」
その発言を聞いて、箒の笑みが深くなった。どこか妖艶さを感じさせる笑みだった。その猫のような瞳には狙った獲物を射抜くような光が湛えられていた。
「やっぱり君がヴァンパイアだったんだね。夜森ひかりちゃん」
「あ……」
ひかりは慌てて口を抑えるが、もう失言は取り消せなかった。さらに証明してしまっただけだった。
笑みを浮かべる箒に、ひかりは慌てて弁明した。
「あの副会長。このことはリアルには……」
「ええ、黙っててあげるわ。学校とプライベートは分けて考えないとね。それにもう関係なくなるしね」
「え……?」
「今日あたしが勝てば全て済む話だろうが!」
箒の眼光が鋭くなり、その体が羽毛に包まれた物へと変化していく。
広げる両腕が翼へと変わり、顔が怪鳥の物へと変貌し、足が鉤爪へと変わった。
箒は指の尖った爪で自分の目を指して言った。
「ハーピー族は目が良いんだぜ。おかげで他の奴らが見えないことでも気づくことが出来る。見えすぎるのもたまに困るんだけどな」
「副会長がモンスター!?」
「お前だって同じだろう? ヴァンパイア。誰もお前がそうだとは思ってなかったはずだぜ」
その攻撃的な言葉にひかりはショックを受けてしまう。確かにそうだ。自分はみんなに隠し事をしている。
箒の目には憐れむような光があった。
「だが、気に病む必要はないぜ。あたし達みたいな存在は案外身近にいるものだからな。例えば今の目の前にとかな!」
そう言われるとそういうものかもしれない。
ひかりが安心しようとしているとクロが叫んできた。
「何をしている、ひかり! 戦闘体勢を取れ!」
「あ」
気を取られた瞬間、箒の頭突きがひかりの顔面に入った。
「ぐうっ」
「隙だらけだぜ、お前」
鉤爪に掴まれ、上空に投げ上げられる。箒は両腕の翼を広げながら見上げた。
「後の連中の出番は来ないかもな。このあたしが町の支配者だ!」
ハーピーの巻き起こす暴風にひかりは呑み込まれていった。
ひかりは気の遠くなりそうな意識の中で考えていた。自分の戦っていることの意味。助けを求めようとして、一人の少年の姿が頭に蘇った。
「奴は強い。決定打が必要だ」
そう言っていた。頑張って修業していた。だったら自分に出来ることは……
「当然決まっている! 勝つことだ!」
チート能力者に負けはない。勝ち続けるだけだ。
ひかりはコウモリの翼を広げ、暴風を吹き飛ばした。
「さすがはヴァンパイア」
ハーピーの声には震えが見えていた。それも当然だろう。主人公に挑む負け組の反応など決まっている。
ひかりは王者として地上を見下ろす。
そう自分はヴァンパイアだ。気高く強く美しい絶対なる王者。
「ハーピー、誰を敵に回したか教えてやる!」
ひかりは急降下して敵に向かって拳を突き出す。箒はそれを後方に移動して避けた。
すぐに続けて放った火炎弾や雷も避けていき、急上昇する。
「ちっ、速いな」
ひかりはこぼすが、こんな物はまだ序の口だ。自信に溢れた態度で見上げた。
「どうした? ハーピー。逃げ回ることしか出来ないのか!」
「フッ、あたしは空の方が得意なのさ。ヴァンパイア、パワーはあるようだが、空の勝負ならどうだ!?」
ハーピーは飛翔しながら、空から竜巻を放ってくる。
「このわたしに挑戦しようとは面白い!」
ひかりは挑発に乗った。敵の自信を打ち砕いてこそのチート能力者だ。
コウモリの翼を広げて飛び立ち、火炎弾を放つ。
「お前の得意をわたしが打ち砕いてやる!」
「そうは行くか! お前を地に落として悔やませてやるぞ! ヴァンパイア!」
箒の放つ竜巻が勢いを増して荒れ狂う。
炎と竜巻の応酬。炎は竜巻に防がれて、抜けられた物も巻き取られて威力を無くされていく。
竜巻を避けて放った物も、ハーピーは軽くスピードを上げて避けていってしまう。
「どうした? 当たっていないぞ」
「これならどうだ!」
ひかりはさらに雷を放つが、竜巻が動いて壁とされ、全て防がれてしまった。
遠距離では不利だ。そう判断し、ひかりは迷うことなく風の中に突っ込んだ。
「まじかよ」
ハーピーは驚き、驚愕に目を丸くした。
ひかりは両手に漆黒の双剣を出現させ、竜巻の流れに逆らって切り裂いていった。
「風が邪魔ならば切り開けばいいだけだ!」
そのまま強引に直進していく。
接近を許してはいけない。ハーピーは風を放ちながら距離を取ろうとする。
その動きは風の中のひかりにも見えていた。
「逃げる戦法とは芸の無い!」
「誰にでも最適の間合いというのがあるのよ。力馬鹿め!」
「力があればそんな物は必要無い!」
この戦いは町で行われている。町から離れ過ぎれば負けと認定されてしまう。
ハーピーは曲線の動きで回り込むように避けようとするが、ひかりは逃がさずひたすら直線の動きで迫っていく。
ひかりは目標を正確に捉えて狙っている。どんな動きにも即座に反応して軌道を変える。
その動きはまるでジグザグに突き進む雷のようだ。
ハーピーは驚愕する。他の誰よりもよく見える瞳を見開いて焦っていた。
「何という動き。自分の翼だけでなく、あたしの風を足場にしているのか!」
その切れの鋭さと大胆な行動は彼女をも驚嘆させるものだった。ひかりは風を抜けた。
ハーピーは爪を振るが、ひかりは軽く避けて間合いに入ってきた。
そして、次の瞬間にはハーピーの肩をひかりの両手ががっしりと掴んでいた。
「捕まえた」
それは王者の喜びと処刑人の宣告の声。
すぐ至近のヴァンパイアの顔をハーピーは怖気を震わせて見つめ返した。
「ちょっと待てよ……」
ハーピーの声をひかりは聞いていなかった。ぎらつく獣の瞳をして凶暴に吠えた。
「今度落ちるのはお前だ!」
ひかりはそのまま一気に急降下、ハーピーの体を地面へと叩き付けた。
馬乗りになって押さえつける下で、ハーピーは両手を上げて変身を解いた。
「参った。あたしの負け! だから許して、夜森さん」
「ふざけるな! お楽しみはこれからだ!」
「夜森さん恐いよ! そんなマジになんないで! ほら、落ち着いて。深呼吸、深呼吸」
「ん……?」
相手が戦意を収めて降参を示したことで、ひかりの頭にも冷静さが戻ってきた。
高ぶっていた気分が収まって我に返った。
「すみません、わたしったら」
「おお、いつもの夜森さんが戻ってきた。分かったらどいてくれる? 重いから」
「す……すみません」
ひかりは慌てて相手の体の上からどいた。知っている人の上に乗るなんて自分は何をやっているのだろう。恥ずかしさに顔も上げられなくなってしまう。
夜にいろんな敵と戦ってきたひかりだったが、やはりリアルの知り合いとなると勝手が違う。
相手は普段の自分を知っていて、いつでも会いに来れるのだから。ファンタジーにはなり切れない。
箒は立ち上がる。クロが駆け寄ってきてひかりに注意を促してきた。
「気を付けろ。また襲ってくるかもしれんぞ」
ひかりは慌てて戦闘体勢を取ろうとする。また最初のような不意打ちを食らうのはご免だった。
痛いのもあるが、学習能力の無い奴だと思われたくはない。
だが、相手にその気はもう無いらしかった。
「勘弁してよ。もうひかりちゃんにぼこられるのはご免よ」
「ぼこられるって……」
それじゃ自分がまるで副会長に喧嘩をふっかけている不良みたいじゃないか。事実そうかもしれないけど。
ひかりは恐縮してあやまった。
「すみません、副会長。わたし……やりすぎましたよね?」
「いいって。これは勝負なんだから、手を抜かれるとその方が相手にとって失礼よ」
「はい」
ひかりは素直に相手の言葉を受け取った。
箒は面白そうな物を見る興味を持った瞳でひかりを見つめた。
「それにしてもあなたって……本当に強いのね。学校ではいつも誤魔化して弱い振りをしているの?」
「いや、別に誤魔化しているわけでは……」
ひかりとしては苦笑いすることしか出来ない。
箒は気さくにひかりの肩を叩いて言った。
「これからもその調子で頑張んなよ」
「はい」
立ち去る彼女をひかりは見送った。
歩いていく彼女の顔はもう笑ってはいなかった。
「さて、今回得た情報で使えるものは……フフ、やはり実際に間近で見るのが一番ね、辰也」
箒は元より自分が王者になれるとは思っていない。
彼女の意識はすでにこれからの勝負に向かっていた。
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