第7話 自分のためのお祭り
ひかりは霧の出る夜に空を飛ぶ。コスプレでは無い本物のヴァンパイアとなって町の上を進んでいく。今日はこの前よりは乗り気だった。
それは隣を飛ぶ使い魔のクロも感じているようだった。
「ひかり様、今日はやる気ですね」
「まあね」
みんなが自分を褒め称えて祭りの準備をしてくれている。
そう思うと、自分のやる気も満ちてくるのを感じていた。
「ならば無様な姿は見せられないってものよね!」
ひかりは王者の威厳と闘志をみなぎらせて、敵の元へと舞い降りた。
今日の相手は丸っこいアルマジロみたいな奴だった。二本足で立っているのが、こいつはただの動物では無いなと思わせてくれる。
彼はつぶらな瞳をしてちっこい片手を上げて挨拶してきた。
「やあ、僕はアルマジロ族のマル次郎だよ。今夜は僕が君の相手をさせてもらうね」
随分と可愛らしい挨拶だ。クロは注意を促してきた。
「ひかり様、気を付けてください」
「分かってる。こういう奴が意外と強いんだってこと!」
ひかりは漫画の知識でそう断じる。決してオタクというわけではないが、ひかりは漫画も好んで読んでいた。現実から逃避させてくれる読み物は大好きだった。
先手必勝。ひかりはありったけの火炎弾をアルマジロのマル次郎へと叩きこんだ。煙が晴れた時、そこには丸まったアルマジロがいた。
彼は自慢げに顔を上げて言ってきた。
「へへーんだ。僕の体はどんな攻撃だって弾くぞ」
「面白い!」
ひかりは挑発に乗ってやることにした。力を見せつけるためにも、ストレス発散をするためにも、ありったけの炎や雷を叩きこんでやる。
「くらえくらえ、これはどうだー!」
調子に乗ってどんどん威力を上げていく。ひかりの気分が高揚するほどにその魔力も上昇していく。
「通じてない!?」
「敵は回復能力も使えるようです」
クロが足元で助言してくれる。マル次郎は勝ち誇った顔を見せた。
「フフ、この堅牢な鎧と回復能力があれば、僕は無敵だ!」
「ひかり様、攻め方を考えた方が……」
「このヴァンパイアが勝負から逃げるものか! ますます全力で打ちのめしたくなったぞ!」
ひかりは腕を振り上げ、打ちおろす。さらに極大の雷をアルマジロへと叩きこむ。何発も連続して叩きこんでいった。
さらに火炎弾も連続して放つ。こっちも特大だ。
「はっはー! 死ね死ねー!」
一方的な攻撃の乱舞にひかりの気分はますます高揚していく。
「酷いや……」
アルマジロは涙目になって消滅した。ひかりは攻撃を止め、クロが話しかけてくる。
「ひかり様、少々大人げが無かったのでは。相手は魔物とは言ってもまだ子供ですよ」
「ああ、うん……」
調子に乗りすぎてはいけない。
ひかりは何だか申し訳ない気分で帰路についた。
ひかりがぼーっとしている間にも、祭りの準備は進められていく。
作業はやる気のある人達が率先してやってくれているし、ひかりは手持無沙汰になってしまったので、せっかくだからよその様子も見てこようかと思った。
何といってもヴァンパイア祭りだ。自分の祭りなのだ。他のクラスの人達が何をやっているのか、お忍びの殿様気分で視察するのも悪くないと思った。
廊下を歩きながら周囲の作業の様子を伺っていく。
「みんなやる気だなあ」
生徒達はそれぞれに準備を張り切っている。
それが自分のための祭りだと思うと、何だか偉くなった気分にもなれようものだ。
ひかりが学校で一番偉いと錯覚してしまうのも無理は無かった。
そうして浮かれたのがよく無かった。ひかりは角を曲がったところで誰かにぶつかって転んでしまった。
「むっ」
「キャ!」
痛みを我慢して見上げると、背の高い几帳面そうな男子が無言で見下ろしてきているのと目が合った。
威圧感のある風貌とその視線にひかりはびっくりして硬直してしまう。
ひかりは彼のことを知っていた。生徒会長の竜堂辰也だ。
委員と生徒会で集まる会議の席で何度か同室したことがある。中心となる彼と違ってこっちはただの小者の一委員に過ぎないので向こうに知られているかは定かではないが。
彼は睨むような迫力のある視線をぶつけたまま言ってきた。
「気を付けないか」
「すみません」
ひかりは恐縮して縮こまってしまう。おどおどとしながらも立ち上がる。
偉くなった気でいても自分はやっぱり現実では小者なのだ。改めてそう意識してしまう。
ひかりがうつむいて相手が通り過ぎるのを待っていると、会長の隣の生徒が声を掛けてきた。快活そうな印象を与える彼女は副会長の灰羽箒だ。
「まあ、そう相手をいじめなくてもいいじゃない、辰也」
「いじめているつもりはない」
二人は付き合っているのだろうか。それともただの友達なのだろうか。
ひかりが何となくそう考えていると、箒が近づいてきて声を掛けてきた。
「大丈夫だった? 辰也のせいでごめんね」
「俺のせいじゃない」
「はい、わたしのせいです。すみません」
彼の威圧感と彼女のぱっちりとした瞳から逃げるようにひかりは頭を下げる。
するといきなりその頭を撫でられて、ひかりはびっくりして顔を上げてしまった。
箒が手を上げていた。彼女は何だか面白がっている様子だった。ひかりはまごまごしてしまう。
「あの、何か……?」
「君ってさ」
箒の手が下がり、すっと伸びてくる。避ける間もなくひかりは眼鏡を取られてしまった。箒は白い歯を見せて笑った。
「ヴァンパイアに似ている。そう言われたことって無い?」
箒の発言に驚きながらも、ひかりは態度に出さないように意識して言った。
「クラスメイトには言われましたけど。でも、本当にわたしはただの人間ですから」
「ただの人間ね」
眼鏡を返されて、ひかりはそれを掛け直した。
二人から少し離れた後ろで辰也はくだらなそうに吐き捨てた。
「くだらん。ヴァンパイアがそんな奴なら誰も苦労はしない」
「ですよね……」
紫門と同じことを言われて、ひかりとしては苦笑いするしかない。
自分はリアルでは何の力も無い少女に過ぎないのだ。
「行くぞ」
箒を促し、辰也は歩き去っていく。
副会長の箒も後に続く。
「じゃあね、ひかりちゃん。祭りの準備、頑張ってね」
「はい」
立ち去る二人をひかりはぽつんと見送った。
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