第6話 ヴァンパイアの復活祭

 夜森ひかりは平凡で控えめな中学二年生だ。夜はヴァンパイアをやっている彼女も朝は普通の学生として登校している。

 今日も町の人達は何かの準備をしている。テントを用意したり、機材を運んだり、旗を立てたりしている。

 町おこしという話だったが、その準備だろうか。

 ひかりは周囲を伺い、旗の文字を見て驚いた。


「ヴァンパイア復活記念祭……って何!?」


 幻かと思って眼鏡を外してこすって掛け直して再び見てみたが、旗には確かにそう書いてあった。


『ヴァンパイア復活記念祭』


 と……


「ヴァンパイアの復活を記念する祭り……なんだろうな……」


 そんなことは口に出さなくても分かる。そう書いてあるのだから事実を受け取ればいいだけだ。

 ただ分からないのは、人々はどうやらヴァンパイアを歓迎しているらしいということだ。普通なら恐れそうな物なのに、何でだろう。

 ひかりが呆然として考え込んでいると、それに気づいたのだろう町の人が寄ってきた。

 おとなしい印象を与えるひかりは話しやすいと思われているのか弱そうだと舐められているのか、知らない人から話しかけられることがよくあった。

 優しいおじさんが教えてくれる。


「ヴァンパイアが現れた場所として町興しをすることになったんだよ。その一環として今度、復活の記念祭をすることにしたのさ」

「記念祭って……」


 自分のことで何て大事に。ひかりは腰の抜けそうな思いだったが、おじさんは陽気に笑っていた。


「そうですか。頑張ってください……」

「おう、お嬢ちゃんも勉強を頑張ってな!」


 おじさんは作業に戻っていく。ひかりはふらつきそうなのを我慢して、何とか学校へと向かっていった。




 学校に着けばセーフと思っていたのに、


「学校でもヴァンパイアに因んだ出し物をやることになったからなー」


 朝のホームルームで先生から一番にそう告げられて、ひかりはびっくりして目を見開いてしまった。

 先生には気づかれなかったようだ。眼鏡をしていたからだろう。ひかりはすぐに目立たないように机に伏せて体勢を低くした。

 クラスメイトが手を挙げた。


「質問、学校でどうしてそんな催し物をするんですか?」

「良い質問だな」


 ひかりも気になる質問だ。黙って聞き耳を立てる。先生はにんまりとした笑みを浮かべた。


「ヴァンパイアが現れたのはこの学校だっただろう。先生は職員室で見ていたんだが、良い戦いだったな。町おこしをするのに当のヴァンパイア本人が現れた場所である学校でやらないわけにはいかないだろうという判断らしいんだ」


 どんな判断なんだろう。ひかりは悩んだが、クラスメイト達は納得しているようだった。


「なるほどー」

「ヴァンパイアはわたし達を助けてくれたんだもんね」

「じゃあ、お祝いしてやらないとな」

「加賀も助けられたんだよな?」

「まあな」


 隣のハンターはぶっきらぼうに答えた。ひかりは気にしたが目が合っても困るので、横は見ないようにした。


「それじゃあ、学級委員。会議を始めてくれるか?」

「学級委員って……ああ、わたしか」


 先生に言われたら立つしかない。それが生徒というものであり、学級委員というものであった。

 ひかりはクラスを代表する学級委員として教壇に立つことになった。自分が代表と言われても困ってしまうのだが。


「はい、みんな。夜森に注目」


 先生がわざわざ手を打ち鳴らして、みんなの注目を集めてくれる。

 ひかりは恥ずかしかったが、思い切って発言することにした。会議の席に立つのは別に初めてのことでは無いので、今更きょどったりはしない。

 失敗は初めの頃のだけで十分だった。


「きょ、今日はヴァンパイア復活記念祭りでやる出し物を決めたいと思います」


 あまり話をすることには慣れていないひかりだったが、思い切って発言すればみんなは意外と聞いてくれる。このクラスの生徒達はわりとみんな仲良しだった。

 ひかりとしては何で自分で自分の祭りの企画をやらないといけないんだと思ってしまうが、逃げ場はない。

 もうなるようになれと思うしか無かった。ひかりはみんなに向かって言葉を投げる。ついでに悩みも何もかも投げたい気分で意見を募る。


「何か意見のある人は挙手してください」


 引っ込み事案のひかりだが、委員として言う事は大したことではないので、雑談のグループに加わるよりはずっと気楽だ。

 議題さえ上げてしまえば後はみんなが勝手に決めてくれる。クラスメイトは有能だ。信じて丸投げが出来る。ひかりはそう信じていた。

 そして、ひかりの望んだ通りにいろんな意見が出た。


「ヴァンパイア喫茶店が良いと思います」

「ヴァンパイアお化け屋敷が良いと思うわ」

「ヴァンパイア双六で」

「そんな物より、やっぱりヴァンパイアジェットコースターだろう」


 いろんな意見が出され、そこから意見が戦わされる。ひかりはただ観戦に回る。


「ジェットコースターは駄目だろう。どこに置くんだ?」

「資材も技術も足りないわ」

「お化け屋敷? ヴァンパイアで? それって記念になるのかなあ」

「何か普通だよね。ヴァンパイアが埋もれそう」

「双六? 却下却下」

「もっと目立つのが良いね」

「じゃあ、喫茶店で」

「うん、それで良いかあ」

「じゃあ、いろいろ決めていこう」


 やはりクラスメイトは頼りになる。自分が何もしなくても勝手に話がまとまっていく。

 というわけで喫茶店をやることになって、そこからさらに準備のための話し合いが行われていった。

 ひかりはただ適当に相槌を打って、みんなの言葉を受けて黒板にチョークを走らせていた。




 その日の休み時間や放課後からヴァンパイア記念祭りのための準備が早速始まった。

 開催は二週間後だ。思ったより早いが間に合うだろう。ひかりには何の計算も無かったが、みんなの決めたこととみんなの行動力を信頼していた。

 ひかりは学級委員としてクラスのみんなを監督する立場にあったが、何もせずともクラスのみんなはそれぞれに順調に準備を進めていってくれた。料理も衣装も用意をしてくれたし、書類もまとめてくれた。


「夜森さん、プリントをまとめておいたから提出しておいて」

「分かりました」


 用事のある時だけクラスメイトが話しかけてきて、ひかりは答える。

 ひかりのすることはみんなのやっていることを眺めたり、渡された書類を提出したり、委員会に出席して話を聞いてまとまったことを簡単に報告したりすることぐらいだった。

 ひかりは自分のやることは特に無いと思っていたのだが。


「夜森さん、この衣装を着てみてくれる? きっと似合うと思うの」

「ほら、男子は出ていって」


 教室から男子が追い出され、ひかりは藍色の布地を手渡された。じっと見ていると女子達に周りを囲まれた。


「ほら、わたし達が着せてあげるから」

「立って。こっち来て、制服を脱いで」

「ちょっと、何。キャアアア!」


 ひかりは何が何だか分からないうちに着替えさせられてしまった。

 クラスメイトが祭りの道具として用意していたのだろう、縦長のアンティーク風の鏡を持ってきて向けた。

 その鏡に映された自分の姿を見て、ひかりは驚いた。


「これって」


 それはヴァンパイアの服だった。昼の自分は夜の自分よりは随分と内気そうに見える。

 何で自分で自分のコスプレをしないといけないんだと戸惑ってしまう。

 クラスメイト達は満足げだ。


「やっぱり、夜森さんて似てると思ってたのよね」

「似てるって何に……?」

「それはあのヴァンパイアによ」


 そりゃ本人なんだから当然だ。


「でも、迫力が足りないわね」

「眼鏡を取ってお化粧もした方がいいかもね」

「いえ、眼鏡は駄目。見えなくなるので。お化粧もまだ早いと思うし……」


 眼鏡は死守しておきたい。お化粧も。あんまりヴァンパイア本人に似せられても困ってしまう。

 強い否定にクラスメイト達も無理強いはして来なかった。


「まあ、これでいいか」

「喫茶店だし、夜森さんの良さも活かされているよ」

「ほら、男子入っていいよー」


 追い出されていた男子達が戻ってくる。


「我らの夜森さんの勇姿を見よー」


 調子の良い手囃しとみんなの鑑賞の視線にひかりは照れてしまう。まあ、自分は何もしていないんだからこれぐらいのことは我慢しないといけないのかもしれない。


「ほう」

「良い感じじゃん」

「写真撮っていい?」

「駄目よ。当日まで我慢して」


 クラスメイト達の間で言葉が交わされる。ひかりは恥ずかしさにうつむきつつも周囲を伺う。離れて立っていた紫門と目が合ってしまった。

 視線が合って彼も驚いたようだった。ひかりは慌てて断った。


「あの、わたし本物のヴァンパイアじゃ無いからね」


 本人なのに無条件で棚上げする。周囲からは笑いが漏れた。


「当たり前じゃない」

「夜森さんって面白い」

「加賀君、間違って退治しちゃ駄目よ」

「分かってる。ヴァンパイアがひかりなら俺も苦労はしないよ」


 笑われてひかりは照れてしまった。


「そう言えば、加賀君の方はヴァンパイアとの勝負の方はどうなってるの?」


 クラスメイトが気になったことを訊いてくれた。都合の良い質問にひかりも耳を傾けた。


「奴は強い。今はまだ退治するのは無理だな。決定打が無いと」


 どうりであの夜以来来ないと思ったら、紫門はそれを探しているらしかった。

 逆に言えば今度現れたらやばいということだが。クラスメイト達は気楽だ。


「決定打かあ」

「加賀君も大変ね」

「祭りが済むまでは退治しないでね」

「分かった」


 紫門があっさりと了解したことで、ひかりは気の抜ける思いで安心した。

 まあ、例え現れたとしてもチート能力者の自分が破れるとは思えないが。

 そう自信を取り戻していると、クラスメイトに肩を叩かれた。


「当日はそれで接客をお願いねー」


 ひかりの危機はやっぱり現実世界にあると思ったのだった。

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