第2話 ハンターが来た
ひかりは荒野に立っていた。背後には崩れた校舎がある。なぜこんなことになっているかというと帝国の軍隊が攻めてきたからだった。
ニュースでもその映像が映し出され、町のみんなに危機を訴えていた。
地上からは戦車が、空中からは飛空艇の軍団が迫ってくる。
「お前達に降伏の道など無い。みな殺しにしろ! ヒャッハー!」
敵の残虐なことで知られる将軍はそうみな殺しを宣言して一斉砲撃の命令を下すが、何も恐れることは無い。
この町にはひかりがいるのだから。聖乙女の加護を受け継いだひかりが無双出来るから。
飛んでくる無数の砲弾をただ剣を一閃しただけで全て撃ち落とし、ひかりは一気に敵の旗艦へと飛び乗った。
将軍もさすがに驚いた様子だった。いかにも残虐そうな顔をあわあわとさせている。
「待てよ。話し合おうぜ。なあ? ……と油断させて!」
びびって腰が引けながらも襲ってくる将軍をひかりはただ手刀を振っただけで打ち払う。
「わたしに油断など無い!」
その凛とした顔に将軍は震えて床を這いながらも訊ねてくる。
「馬鹿な! 俺のレベルは78だぞ! 帝国でも四天王と呼ばれているほどの強さなのに……なぜこんな小娘に勝てない!?」
「その腐った瞳でわたしのステータスを見てみたらどうだ?」
「くっ! ステータスオープン!」
将軍は屈辱に顔を歪めながらも言われた通りにする。その顔がすぐに驚愕へと変わった。
「レベル999! 何だこの数字!? パラメータは……全部∞! 何なんだこの記号はあああ!?」
「それがこれからお前に引導を渡す者の数字だあああ!」
「ひええ、許し」
「お前に掛ける慈悲など無い!」
ひかりは将軍の無様な顔を殴ってぶっ飛ばし、さらに
「撃て撃てえ!」
「奴は化け物かあ!」
「フッ、わたしは夜森ひかりだああ!」
向かってくる軍隊をただ一方的に殲滅していった。
そんな幸せな夢を見ていて目が覚めた。
気持ちの良い朝日が窓から差し込み、ベッドで寝ていたひかりを照らし出した。
ひかりは目覚めてまず枕元に置いておいた眼鏡を掛けた。
ヴァンパイアになっていた時は掛けなくても遠くがよく見えていたが、やはり人間の時は掛けないと周囲がよく見えない。不便だと思う。
「ヴァンパイアの力が使えれば……」
ひかりは能力を発動させようと体に力を籠めるが、ただ万歳して背伸びをしただけの恰好になってしまった。
もしかしてあれも夢だったのだろうか。思っているとクロの声がした。
「何をやっているんですか? ひかり様」
「え!?」
驚いて見ると、床の上に座って自分を見つめる飼い猫の姿があった。ひかりは気恥ずかしさを隠しながら訊ねた。
「ヴァンパイアの力が使えればなと思って」
「あれは夜だけですよ」
「夜だけ?」
「ヴァンパイアですから」
何とも完璧では無さそうな力だった。ひかりが気を抜いているとクロが言葉を続けてきてびっくりした。
「でも、昼にも覚醒する方法がありますよ」
「どうやんの!?」
ひかりは足元の猫に食らいつくように顔を近づけて訊ねた。
クロは驚きもせずにマイペースに答える。
「ヴァンパイアらしく血を吸えばいいのです。そうすればヴァンパイアの細胞が血によって刺激されて能力を発動させることが可能です」
「血を吸えばって……」
ひかりは立ち上がって想像してみた。
人に近づいていって噛みつく自分。
「ねえ、血を吸わせてよ。カプッ」
当然抱き着かれて噛みつかれたその人はびっくり。周りの人達もびっくり。
「うわあ、君何をするんだ」
「夜森さんってそんな人だったんだ」
「最近の若い子は大胆ねえ」
噂は次々と広まって……
とんでもない光景だった。
両手を振ってその妄想を振り払った。
「無理無理。そんなの出来るわけ無いって」
「先代はよく女の人を誘ってやってましたよ」
「何をやってたんだ、お爺ちゃん……」
ともあれ無理な物は無理だ。
能力の発動はあきらめて、普通の冴えない凡人として学校に向かおう。
現実はままならないが、さぼるわけにはいかない。まあ、登校さえすれば後は座っているだけで一日を終えることが出来る。
仕方なく朝の準備を整えて、いつも通りに靴を履いて玄関を出て行った。
学校が近づいた通学路では登校する生徒達の数が目に見えて増え、みんなそれぞれに挨拶や雑談を楽しんでいるのがひかりの耳に聞こえてきた。
ひかりは一人で登校していたので声を掛けることも掛けられることも無かった。
でも、寂しいと思ったことはない。
一人でいるのは気が楽だ。それに落ち着いて過ごすことが出来る。ひかりは静かな環境が好きだった。
黙って教室に入る。ここも騒がしくて困る。その話し声をひかりの声でさらにうるさくする必要も無かった。
チャイムが鳴って先生が来る。
その日の授業も退屈だった。こんな時は楽しい空想がはかどる。
今回はいつもとは趣向を変えてみた。
学校にテロリストが来るのだ。みんなはおとなしく言う事を聞くんだけど……ここまでは今までと同じ。
自分は今回はヴァンパイアとして奴らと戦うのだ。
ひかりは自分の手を見つめた。
戦うための力は確かにここにある。妄想ではなく現実の物として。昼は使えないけれど。
それは残念なことだが、まあ学校でまで目立つヒーローをやる必要はない。
妄想でみんなにチヤホヤされるのは楽しいが、リアルで人に構われるのはただ面倒なだけだ。
ひかりは気配を消すように意識して生活していた。
今日も退屈な日々だと思っていたら教室が騒がしくなった。
転校生が来たと生徒達の間で話が広まっていた。先生が教壇に立ち紹介する。
その転校生は涼し気な顔と優しい瞳が鋭さも感じさせるような細身の少年だった。
「加賀紫門です」
運動が出来そうで勉強も出来そう。しっかりとした声をしている。いかにもな優等生だ。
ひかりは自分とは関係ないなと思っていたのだが、続く言葉を聞いてびっくりしてしまった。
「僕の家はヴァンパイアハンターの家系でして、僕は奴を倒すためにこの町に来ました。100年の予言の日、ヴァンパイアの後継者が現れます。でも、安心してください。僕が倒しますから」
冗談を言っているようではない少年の真面目で真摯な発言に周囲が少し騒がしくなる。ひかりは目が合わないように教科書で顔を隠した。
冗談ではない。昼のひかりは無力なのだ。やっかいごとはご免だし、一方的にやられるのも好みではない。
「はい、質問」
クラスメイトから転校生にお約束の質問が飛ぶ。明るい女子からの声に、紫門はにこやかに答えた。
「はい、何ですか?」
「紫門君って変わった名前だけど、名前の由来は何? 歌舞伎役者なの?」
「これは歌舞伎役者では無くてですね……僕は知らないんですけど、父さんの世代で有名だったヒーローの名前らしいんだ」
ひかりも知らない名前だった。クラスメイトも知らないようだった。
「へえ、わたしも知らないけど、きっと好きだったんだろうね」
「俺からも質問良いか?」
次の質問は男子からだった。紫門は男子からの質問にも友好的に答えた。
「はい、何でしょう」
「ヴァンパイアって本当にいるのか? 昔は化け物がいたって噂もあるけど、いたとして勝てると思うか?」
「勝つために僕は訓練をしてきましたから。百年前のことですが、ヴァンパイアは本当にいたそうですね。この町のことなら地元に住んでいる皆さんの方が詳しいのでは?」
ひかりも知らなかったが、つい先日知ったことだった。
クラスメイトは知らないようだった。
「うーん、歴史では習わなかったからなあ。地元といえば俺のいとこは姫路市民なのにドラマになるまで黒田官兵衛を知らなかったと言ってたぜ」
「そういう物かもしれませんね。それだけ闇の者との関わりが少なかったということで良いことでもありますが」
「はいはい、質問はそれぐらいにして授業を始めますよ」
まだ続きそうだった質問を先生が打ち切った。
「では、加賀君の席は……」
「はい、夜森さんの隣の席が空いてます」
先生が探し、生徒が余計なことを言いやがった。
「では、そこに座ってもらえるかな」
「はい」
真面目ぶった顔で転校生が近づいてくる。優等生は苦手だ。ひかりは目をそらして気配を消そうとする。
功を奏したか紫門は目を合わせることもなく自分の席についた。気が付かれず話しかけられもしなくて、ほっと一安心と思いきや、
「夜森は学級委員だから分からないことがあったら何でも彼女に訊くようにな」
「はい」
先生がまた余計なことを言いやがった。彼の視線が向けられてくる。
優しいが興味は持っていない友達の視線だ。
「よろしく」
「こちらこそ……」
彼の真面目ぶった顔に何とか短く答えることが出来たひかりだった。
霧の出る夜。ひかりはヴァンパイアに変身して空を飛んでいた。
「まったく隣に優等生がいたら息が詰まって大変だわ。こんな時は敵を倒してすかっとするに限るわね」
「今日はやる気ですね」
隣を飛ぶ使い魔の猫が話しかけてくる。
「まあね。それよりもこの服何とかならないのかしら」
「服?」
猫に見つめられる。今日もひかりは私服を着てきていた。
親に与えられただけの冴えない私服だ。ひかりは特にお洒落にも興味が無かったので着られれば何でも良かったが、こんな服でも汚れたり破れたりしたら困る。
「昨日はザコだから良かったけど、気分よく戦おうと思ったら、やっぱり汚れとか気にするのって面倒なのよね」
「それならご自分でお作りになっては」
「は?」
ひかりは目をぱちくりさせてクロを見つめる。猫の表情はよく分からない。クロは言葉を続けた。
「あなたのお爺様は闇の力で自らの闇の衣を作り出し、身にまとっておられました。あなたも後継者なら同じ力が使えるはずです」
「闇の服か……よし」
ひかりは自分の中を探ってみる。今の自分はチート能力者だ。何でも出来る。そう信じられる。そして掴んだ。
「これね。闇の力よ。わたしにふさわしい姿を!」
闇の炎がひかりの体を包み込み、それが晴れた時、ひかりの姿は変わっていた。
冴えないダボダボな私服から、夜のヴァンパイアにふさわしいシャープで動きやすい藍色の衣へと。
髪も括って動きやすくする。顔もお洒落をして見栄えを良くした。
手も触れずに姿を変えられるなんて実に便利なチート能力だ。
実感するが、すぐにスカートを抑えて叫んだ。
「なんかスカート丈が短いんですけど!?」
「ご自分でイメージされたのでしょう?」
猫にジト目を向けられて、ひかりは言葉を呑み込んだ。
確かに変身ヒロインといえばこんなイメージで今の自分と同じ反応をするものだという思考はひかりの中にあったのだ。
それを突っ込まれるのも恥ずかしいので、ひかりは意識を戦いへと向けた。
「さあて今日わたしに無双される哀れなザコ敵は……あいつね」
眼鏡が無くても遠くが見えるって便利だ。上級の魔の力に覚醒したひかりは正確に格下の相手の位置を特定することが出来た。
町は霧が出ているが、そこだけ戦いのリングのように見通しがいい。
ひかりは翼を広げて舞い降りる。今日の相手は狼の恰好をした男だった。
「俺は狼男だ。お前がヴァンパイアの後継者だな」
名前も見たままだった。ひかりは偉そうに髪をかき上げて言った。
「勘違いしてもらっては困るわ。わたしはもう後継者ではなく、現ヴァンパイアよ!」
強いって素晴らしい。いくらでも相手に啖呵を切ることが出来る。
どう見てもやられキャラにしか見えない相手は案の定安い挑発でも乗ってきた。
「へっ、面白え。我が一族とて百年の間何もして来なかったわけじゃねえんだぜ。お前を倒して名を上げてくれる!」
狼男が踏み出そうとする。ひかりも妄想の中で主人公に喧嘩をふっかけてくる哀れな不良のように軽くへこませてやろうと飛びこもうとするのだが、その前に両者の間に鞭が叩き付けられて双方伴に足を止めて引き下がった。
「なんだ?」
「転校生……?」
現れたのは紫門だった。凛々しさを感じさせる瞳をして、ひかりに向かって話しかけてくる。
「お前がヴァンパイアの後継者だな」
「後継者じゃなくて現ヴァンパイア!」
「どっちでも同じことだ。お前はここで倒す!」
どうしようかと迷っていると狼男が割り込んできた。爪を紫門に向けて偉そうに宣言する。
「おっと、抜け駆けは無しだぜ。今夜の挑戦権は俺が買ってるんだ」
何か一人づつ来ると思ったら向こうの方でも何かルールがあるらしかった。紫門は平気で踏み込んでくる。
「関係ないね。邪魔をするならお前も倒すだけだ」
「上等だ。本番前の準備運動とさせてもらうぜ!」
二人の間で勝手に戦いが始められる。はぶられる恰好になったひかりは必然的に観戦に回らされてしまった。
勝負は互角どころじゃなかった。狼男が一方的に打ち負けていた。紫門の鞭さばきは冴え渡り、ハンターとしての力を感じさせる物だった。ひかりは見ていられなくなった。
とどめを刺そうとする紫門の攻撃を、ひかりは火炎弾を放って妨害した。
「わたしの戦いなんだけど。邪魔しないでくれる?」
庇うように狼男の前に歩み出た。
ひかりは不満だった。ゲームでも同じだ。自分の物だったはずの獲物を取られて良い気分になるプレイヤーはいない。
紫門の瞳はただ涼し気だった。
「邪魔をしたのはそっちだ」
狼男はすでに満身創痍で、庇うひかりの背後で息を吹いて膝を付いていた。
「勝負はまた後日受けてあげるから。今日は帰りなさい」
ひかりは優しさではなく、また楽しみたくて小声で告げたのだが。
「すまねえ。だが、俺は降参するよ」
「え」
予想外の言葉を聞いてびっくりしてしまう。狼男の声には優しさを知った穏やかさがあった。
「こんな俺を庇ってくれる人がいるなんて初めてだ。俺はあんたに惚れたんだ。あんたの勝利を祈っているよ」
狼男は何か勝手に納得して勝手に去っていった。
「あ、ちょっと」
ひかりとしては楽しみにしていた行事をすっぽかされて気の抜けてしまった気分だった。
「これで心置きなく戦えるな」
「よくもわたしの楽しみを邪魔したなー!」
ひかりはやる気を手から生み出す炎へと変えて発射した。
紫門はその炎弾を鞭で全て叩き落とし、さらに攻撃を繰り出してきた。
その鞭は見切れると思ったが、体に当たってしまった。たいしたダメージでは無いが屈辱だ。紫門は喜びもせず戦闘体勢を取っている。
「俺を甘くみるな」
「わたしを本気にさせたな!」
ぶちきれたひかりの速度は紫門をも驚愕させるものだった。残像をも出すほどのスピードで鞭をかいくぐり、体に掌底を当てる。
「ぐふっ」
満面の笑みを残して空へ飛ぶ。そこで特大の火炎球を巻き起こした。
「死ねよ、虫ケラ!」
そこに使い魔のクロが追いついてきた。
「さすがですね。人殺しなど先代も成し遂げなかった偉業ですよ」
「いやいやいや、それは困るよ」
躊躇したのが隙となった。ひかりの足首に鞭が巻き付き、引っ張られる。そのまま地面に叩き付けられて頭を打って転がった。
「いってー」
今のは痛かったぞと言いたい気分だったが、紫門は鞭を短剣に持ち替えてすぐに掛かってきた。
「とどめだ!」
「させるか!」
突き出してくる攻撃をひかりは右へ左へと転がって避け、さらに足を振り上げて顎を蹴り上げ、そのままバク転して距離を取って着地した。
「くらえ!」
休む間も与えず、雷を発射して攻撃する。
こんなのも出せるのかと驚いたが、すぐにコツを掴んで続けて攻撃する。
紫門は一定の距離を保ったまま横に走り、次々と回避する。
走る先を狙おうかと片手を動かすが、少年は不意に立ち止まり短剣を上空へ投げ上げた。
何をするのかとひかりは見上げる。短剣に雷が誘導されて落ち、眩い光を放った。ひかりは目を細める。
紫門はその隙に真っ直ぐに突っ込んできた。隙があったと思われるのは屈辱だ。
跳びこんできた拳をひかりは受け止め、相手もこちらの拳を受け止めた。
「やるな、ヴァンパイア」
「そっちこそ。でも、勝つのはチートで無双のこのわたし」
「チートで無双だと?」
「そうよ。この世界で勝つのはわたしだって決まってるのよ!」
妄想で慣れ親しんだ言葉を口にしてひかりは冷静になった。
相手がちょっと強いからと言って何もびびる必要などなかったのだ。テロリストは強いけど、チート能力を与えられた自分にとっては敵ではない。
「頑張って努力したからと言って所詮は負け犬。与えられた力に差があるのよ!」
どれほど高名な騎士だろうと、どれほど強力な軍隊だろうと、チート能力を与えられた主人公の前では運命は決まっている。
掴み掴まれている腕をそのままに、ひかりはコウモリの翼を広げて勢いよく夜空へと飛び立った。ヴァンパイアは飛べる。人は飛べない。この世界で自分は優位に立てる。
苦し気に顔を歪める人間をヴァンパイアは愉悦の表情で見下ろした。
「気分はどう? 優等生」
「闇の世界の化け物め」
「そうよ。それがわたしに敗れる負け犬の顔ってものよ!」
腕に電撃を起こして反撃を封じ、ひかりは一気に急降下する。少年の体を殺さない程度に地面に叩き付け、壁に向かって投げつけた。
崩れる壁。瓦礫が砂埃を上げる。
やりすぎたかと思ったが、相手はまだ動けていた。だが、膝を付く。
「これほどとは……」
「これに懲りたらもうわたし達の戦いの邪魔をしないことね」
何だか気分が冷めてしまった。
魔物退治は楽しいが、人に怪我をさせても良い気分にはなれない。
ひかりは少年に念を押し、翼を広げて飛び去った。
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