夜のヴァンパイア
けろよん
第一章 闇の目覚め
第1話 闇の目覚め
この町では昔から言い伝えられていることがある。
霧の出る夜には出歩いてはいけない。魔物に襲われるから。
そんな言い伝えも時代が経つとともに薄れていき、誰でも知っている伝説程度にしか思われなくなった現代の日本。
中学二年生の学校の教室で、
「ねむ……」
夜森(よもり)ひかりはあくびを噛み殺しながら退屈な授業を受けていた。彼女は勉強も運動も人付き合いもあまり得意ではない普通で地味な少女だ。
そんな彼女でも普通で地味と思ってしまうのが学校の授業というものだ。
学校って何でこんなに退屈なんだろう。
顔に掛けた眼鏡のレンズ越しに黒板を見ながらそう思う。
こんな時にテロリストが来たら……
ひかりは中学二年生らしく妄想を楽しむ。
学校にいきなりテロリスト達が来るのだ。
荒々しい足音とともに乱暴に開かれる教室のドア。勉強をしていたみんなの視線がびっくりしてそちらを見る。マスクを被って銃で武装した男達が踏み込んでくる。
「おとなしくしろ! 我々はテロリストだ!」
「お前達は人質だ! 両手を頭の上で組んで床に伏せろ! 早くしろ!」
銃を持った相手に逆らえるわけもない。
先生もクラスメイト達も震えあがって言う事を聞くんだけど、ひかりだけは平然として席についたまま教科書をめくっている。
テロリストの一人が近づいてきて銃を向けてくる。
「何をしている! お前も言う通りにしないか!」
怒声を涼やかに受け流し、ひかりは平然と顔を上げて彼に向かって言うのだ。
「静かにしてくれないかしら。今は授業中よ」
「何だと? ぐわあああ!」
ひかりは見えない力で彼をぶっ飛ばし、立ち上がった。
ざわつく室内。テロリスト達は慌てた様子で銃を向けてきた。
「まさか、お前は……」
「能力者か!」
怯えを見せ始める彼らに、ひかりは挑戦的な笑みを浮かべて答える。
「そんな安っぽい言葉で言わないでくれないかしら。わたしはあらゆる知識に精通し全てを超越した全能なる存在。スキルマスターよ」
「スキルマスターだと!?」
「まさかあの世界でたった一人しかいないと言われる!?」
「構う事はない! やっちまえ!」
銃が一斉に発射される。だが、飛んでくる弾丸は全てひかりに届く前に蒸発した。
「熱の能力。もっともこんな物はわたしの億を超える能力のほんの一端に過ぎないわけだけど」
「何と言う力だ!」
「しかもこれがたった一つにしか過ぎないとは!」
「ひええ!」
怯えるテロリスト達にひかりは踏み込んでいく。さらに複数の能力を同時に発動させていく。
「さあ、これからはお仕置きの時間よ!」
テロリスト達はひかりの能力になすすべもなく、瞬く間に全滅した。
「これで静かに授業が受けられるわね」
活躍したひかりにクラスのみんなが賞賛の眼差しを向けた。
「凄いわ、夜森さん! さすがね!」
「助かったぜ!」
「見直したわ!」
「お前はクラスのヒーローだ!」
先生までも褒めてくれる。
ああ、ファンタジーって何て楽しいんだろう。
そんなことを考えていると、授業の終わりのチャイムが鳴った。
妄想の時間は終わりだ。そして、学校の時間も。
「起立、礼」
ひかりは学級委員として号令を出す。委員なんてやりたくてやっているのではない。ぼーっとして異世界に転移して無双する話を考えていたら勝手に決められていたのだ。
断るのも面倒だったし、何か頼りにされるかもと思ったから受けたのだが……失敗した。
「夜森、プリントを職員室に運んでおいてくれ」
「はい」
学級委員なんて先生にこき使われるだけの仕事だ。重いプリントを両手で抱えても漫画みたいにかっこいい男子が手伝ってくれるわけでもない。
みんなそれぞれに雑談を楽しんでいる。あの中に加わる気にもならないので、さっさと教室を出て用件を済ませることにする。
夜森ひかりは流されるままに冴えない地味子な生活を送っていた。
「宿題、多いよお」
帰宅して夜の自室。ひかりは勉強しながら頭を抱えていた。
今日の宿題は多かった。先生は何か恨みがあるのだろうか。
「ニャー」
思っていると、家で飼っている黒猫のクロが部屋に入ってきた。
安易な名前と思うが、親に他に良い案が出せるほどひかりに良いアイデアがあるわけでも無かったのでクロで良かった。
「猫は良いわよねえ。宿題無いから」
言いながらシャーペンをカチカチやってると芯が切れた。新しいのを探したが無かった。
「勘弁してよ。明日買えばいいと思ってたのに先生が宿題出しすぎなのよ」
ひかりは仕方なく買いに行くことにした。
親に話しかけられないようにこっそりと廊下を移動し、玄関を開けると外では霧が出ていた。
こんな夜は出てはいけない。魔物が出るから。そう言われた時代もあったそうだが、今時の若者でそんなことを信じている人はいない。
「コンビニすぐ近くだし、さっと行ってさっと帰ってくればいいよね」
自分は霧の中でも無双するチートの勇者だ。
そんなことを思いながら外へ向かって歩いていった。
霧が出ていると言っても視界が塞がるほど濃いわけでもない。
道路を歩いていくと中央に木が立っているのが見えた。
「何で道の真ん中に木が……?」
邪魔だなと思いながら避けようとする。と、いきなり木が話し掛けてきた。わさわさと葉を揺らしながら。
「お前がヴァンパイア族の後継者か。俺はドリアード族の者だ。この百年の時を待っていた!」
「え!?」
よく見ると木の幹に顔のような物が付いていた。
学芸会のような物なら可愛げもあっただろうが、何か黒い虚ろな目と裂けた口をしていてモンスターぽかった。
木はいきなり枝を伸ばしてきた。ひかりは体を絡めとられて宙づりにされてしまった。
「ちょっと、何よこれ」
離そうともがいていると、枝の上に飛び乗ってきた猫がいた。我が家の飼い猫のクロだった。
「やれやれ、今日が百年目だったのですね」
「百年目?」
猫が喋ったなどと驚いている暇は無かった。それよりもこの状況を何とかして欲しかった。
欲しかったが、猫は構わずに自分の話を続けた。
「あなたのおじいさまは完全無敵のヴァンパイアでした。誰からも一目置かれた彼が引退する時に約束したのです。百年目に自分の後継者が現れる。勝てた者に自分の支配する土地と名誉を与えようと」
「そんなことどうでもいいし、勝手に約束されても困るんですけど! それよりもこれを何とかしてよ!」
ひかりがもがいても枝はほどけない。猫は呑気で気楽な物だった。
「あなたが真に後継者なら力が使えるはずです。戦う意思に身を委ねるのです」
「戦う意思って言われても……」
そんな物がどこにあると言うのだろうか。
ひかりが戸惑っていると木が話しかけてきた。
「あのヴァンパイアの後継者がこの程度なのか。恐かったら素直に降参してもいいんだぞ」
「そうですね。これはおじいさまの決めた勝負なのですし、降参すれば相手も許してくれるはずです」
猫までそんなことを言ってくる。
「むかっ」
ひかりは腹が立った。クラスの連中に馬鹿にされるならともかく、こんなファンタジーな奴らに馬鹿にされる筋合いなどない。
なぜなら自分はファンタジーの世界ではチートで無双する伝説の勇者なのだから。
「戦う意思? そんなのあるに決まってるでしょー!」
力のままに体に絡みつく枝を引きちぎる。
「ぐえっ」
木の化け物が醜いうめき声を上げた。ひかりは着地しようとして少しふらついた。気が付くといつの間にか背中にコウモリの羽が生えていた。
「何よこれ」
疑問に足元に降り立った猫が答えてくれた。
「あなたは予言の通り百年後の今ヴァンパイア族として覚醒したのです。いい加減に理解してください、馬鹿」
「馬鹿とは何よ。我が家の飼い猫の癖に。いたっ」
クロと言い合っていると横から枝が飛んできた。顔に当たって眼鏡を弾き飛ばされてしまう。
クロは身軽に避けていた。さすが猫だ。
「ぼっとしてるとやられますよ」
「でも、眼鏡が……」
「無くても見えるでしょう。覚醒した今のあなたなら」
「確かに」
見えていた。何だか不思議な気分だった。敵の攻撃をかわし上空に飛びあがる。
猫を置いてきて良かったんだろうかと思ったが、クロもこうもりの翼を広げて追ってきた。
「あんたも飛べるんだ」
「私もあなたとともに覚醒したのです。あなたに仕える使い魔として」
「へえ。おっと」
地上から飛んできた枝を避ける。
「あいつを倒せる攻撃とか無いの?」
「それは自身の方がご存じでしょう。ご自分の中にある力なのですから」
「そう言えば……」
ひかりは体の中にある力を感じていた。それを掴む。
手から炎が出た。
「良いね。主人公と言ったらやっぱり炎属性でなくっちゃ」
ひかりは空から地上の木に向かって火炎弾を投じた。
「燃え尽きろ!」
連続して放つ。木が避けようと右往左往している。ひかりは気分がよくなってきた。
「あいつ、雑魚だ」
このうえない極上の笑みを浮かべて舞い降りる。そのまま低空飛行で敵に接近する。
枝の攻撃などのろますぎて当たらない。ひかりは両手に漆黒の双剣を出した。
「わたしはチート能力で無双する! 無敵の戦士!」
敵の体を一閃。勝負は一撃でついた。
「さすがはヴァンパイア族。俺なんかの出る幕では無かったー」
敵は消滅し、霧が晴れてきた。
ひかりは双剣を消して周囲を見回した。
「霧が……」
「敵がいなくなったからですよ。この霧は戦いから町を守るためにおじいさまが張ったものなのです」
「そういうものだったんだ」
戦いが終わってひかりの姿も元に戻ってしまった。
「今のあなたではまだ一晩中変身とまではいきませんか。はい、眼鏡」
「ありがと」
猫の手で器用なとは突っ込む気も起きなかった。
ひかりは猫から眼鏡を受け取った。
「さて、シャーペンの芯を買いに行かなくちゃ」
眼鏡を掛けて良い気分で買い物に向かう。
宿題のことでうんざりするのはまた後のことだった。
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