第3話 昼のヴァンパイア
次の日、どんな顔をして会ったらいいのかと悩んだが、相手は休んでいた。
ひかりは気になったが、訊けるような友達はいない。気にしないようにしようと思ったが、自分のせいで不登校や大怪我をされたのなら困る。
思い切って休み時間に先生に訊くことにした。
「あの、先生。今日は加賀君は……」
「お、そうか。お前達、友達になったんだな」
「いや、友達というほど親しいわけではないんだけど……」
どうしよう、話が通じない。ひかりが戸惑っていると、先生がプリントを出してきた。
「ちょうどいい。加賀の家にプリントを届けに行ってくれるか。場所はこの近くだから」
「はい……」
断ることも出来ただろうが、訪ねる口実にはちょうどいいかもしれない。ひかりは先生からプリントと走り書きの地図を受け取って放課後に紫門の家に向かうことにした。
下校の準備をして、地図を頼りに目的地を目指す。
地図は大まかにしか書かれていないが、目立つ目印があれば辿りつけるはずだった。
「ここがコンビニで曲がると空き地があるから……」
だが、家まで行く必要はなかった。その空き地で竹刀を振って訓練する彼の姿を見つけたからだ。
声を掛けるきっかけが掴めなくて、ひかりは何となく足を止めて少年の姿を見つめてしまった。
さすが運動の出来る男の子はかっこいいなと思える。筋肉も付いている。汗が飛ぶ。
ひかりがボーっと見ていると、相手が気付いて声を掛けてきた。
「おや、君は。確か隣の席の」
「夜森ひかり……です……」
目を合わせづらくて伏せてしまう。昨日は調子に乗ってやりすぎた。普段は気弱なひかりは改めてそう思ってしまう。
相手は昨日のことを気にしていないのか、ひかりの正体に気づいていないのか、穏やかで友好的だった。
ひかりは居心地の悪さにもじもじとしてしまう。紫門は近づいてきた。
「何か俺に用?」
目の前に立つ男子を見上げる。彼の背の高さにひかりはさらに戸惑って目線を手元に移してしまった。元より人と話すことになれていないのだ。
「あ、昨日の怪我は大丈夫なのかなって」
「怪我?」
「えと、学校休んでたから」
ひかりは慌てて誤魔化した。昨日の戦いの事はヴァンパイアしか知らない。思い出されても困る。
「ああ」
紫門は再び竹刀を握った。
「昨日、負けてしまってね。自分の実力の無さを痛感して修業していたんだよ」
「相手が強いなら仕方ないですよ」
「君……」
竹刀から手を離して彼が一歩踏み込んでくる。ひかりはびっくりして身をすくませてしまった。何をするのかと思っていたら眼鏡を取られてしまった。
「似ているね」
「だ……誰にかなあ」
ひかりは目をそらしてしまう。今戦いを挑まれても困ってしまう。昼の自分はチート能力者ではないのだから。
慌てていると、顎を掴まれて上向かされてしまった。
少年に間近で見つめられてひかりはドキドキしてしまった。
「あの……えの……」
「でも、違うか。あいつは君のようにおとなしい奴じゃない」
「もう、からかわないでください!」
ひかりは離れて鞄に手を入れた。出したプリントを差し出す。
「はい、プリント。はい、眼鏡返して」
「ああ」
お互いにお互いの物を交換する。
「明日はちゃんと学校に来てくださいね!」
「おう」
眼鏡を掛け直しながらのささやかな少女の迫力に少し驚いた様子の少年を後にして、ひかりは足早に立ち去ることにした。
次の朝、紫門は約束通りに学校に来てくれた。ひかりは気配を消すように本を読むふりをしていたのだが。
「おはよう、夜森さん」
「おは……よう」
声を掛けられてしまった。それも男子に。
彼と挨拶を交わすなんてこれは夢だろうか。何か酷く衝撃的なことだった。
クラスメイト達にとって衝撃的なことはその後に訪れた。その日は昼から霧が出ていた。
霧自体は昼でも出ることがある自然現象だが、珍しいことには変わりない。
「霧だ霧だー」
「こんな日は魔物が出るぞー」
「もうふざけないでよ、男子―」
教室は賑やかだった。
だが、この町で起こる霧はやはり普通では無かったのだ。
霧の中から巨大な竜が現れたのだ。彼は大きな顔を校舎の人々に向けて話しかけてきた。
「わしはドラゴン族の竜帝だ。出て来い、ヴァンパイアの後継者。お前が覚醒したのは分かっているぞ」
学校はたちまち騒ぎになってしまった。
「モンスターが出たぞー」
「ゲームみたい」
「霧に投影されてるんじゃないの?」
「誰かがさらわれるー」
「竜って初めて見た」
だが、パニックというよりは状況の話で盛り上がっているようだ。この町の人達は平和に慣れ過ぎている。
「何であいつ昼に来るの」
学校ではチート能力者ではないひかりは頭を抱えて机に伏せてしまう。みんなは賑やかに話し合っているが、自分は一人でいたい。
「俺に任せろ」
紫門が教室を飛び出していく。
「頑張れよー」
「ハンターの実力、見せてもらうわ」
「期待してるぞー」
誰もが誰かが解決してくれることを望んでいて、ハンターである彼を応援して見送った。
ひかりは自分はどうすればいいかと迷った。そこに足元に猫が来た。見慣れた使い魔のクロだ。
彼はひかりにだけ聞こえるようにこっそり言う。クラスメイトの注意はみんな校庭にいるドラゴンの方に向いているので誰もひかり達のことは気にしていない。
「あれは竜帝ですね」
「竜帝?」
みんながそれを見る中で、ひかりは目立たないように廊下側に移動してクロの話を聞く。
「先代と何度も引き分けたことのある実力者です。なまじ実力と自信があるから、魔物達のルールを無視してやってきたのでしょう。奴に逆らえる者などそうはいませんから」
「何とかギャフンと言わせられないの?」
「前にも言ったでしょうが、人の血を吸えばヴァンパイアの力を使う事が可能です」
「ええー」
ひかりは窓側に集まっている生徒達に目を向ける。とても吸おうなんて気分にはなれなかった。
そこでクロが助け舟を出してきた。何と人間の姿に変身した。執事のようにかっこいいスマートな青年だった。
「あんた、人間だったの?」
「いえ、猫です。変装術は私の得意技なのですよ」
「変装って……」
どう見てもこれは変装ではなく変身だ。見ているとクロはさらに促してきた。
「友達の血を吸うのを引け目に感じるのなら、どうぞ私の血を吸うのが良いでしょう」
「あんたはそれでいいの?」
「わたしはあなたの使い魔ですから。あなたの役に立つことが仕事です。先代ならもっと早く決断されますよ」
「ううー」
そうは言われても気楽に噛みつけるなら苦労はしない。チート能力の無いひかりには度胸も無いのだから。
「ちょっと外の様子を見てくる。もしかしたら変身しなくても済むかもしれないし」
結局、ひかりは逃げる道を選んだのだった。
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