第16話

「待って巧実君!」


 工場が完全に見えなくなったところで、由美が巧実の手を振り払い立ち止まった。


「ねえ、どういうことなの! いい加減説明してよ!」


 必死に訴える由美の姿に、これ以上引き伸ばすのは限界だろうと判断し、巧実は話すことにした。


「あー、まあ説明するのは簡単なんだけどな。とりあえずそこらへん座るか」


 近くにあった、どこかの工場の従業員用だろうベンチに腰掛ける。巧実は近くにあった自販機でコーヒーとミルクティーを買い、ミルクティーの方を由美に渡した。


「とりあえずそれ飲んで落ち着け。順番に話すから」

「うん、ありがとう」


 巧実はコーヒーを一口飲み、ふぅと息を落ち着ける。


「それじゃ何から話すかな」

「じゃあ魔女ってなに?」


 巧実が何から話そうか悩んでいたところで、由美から質問が来た。


「俺も実際良く知ってるわけじゃないんだけどな。魔女ってのは、まんま俺達の知ってる魔女の事らしい。おとぎ話に出てきて、お姫様に魔法を掛けたり、主人公に必要な情報を与えたりする連中だな」

「そんな……」

「信じられないのも分かる。けどあれ見ただろ?」


 巧実が示しているのは、廃工場に現れた化け物や、それまでに見てきた現象の事だ。


「さすがに信じないわけにはいかないよな。あんなもん見せられちゃ。それに俺達がこれだけ早く来れたのもラインの魔法のおかげなんだぜ?」

「そういえば」


 巧実の言葉で思い付く。由美が巧実に電話をかけて、巧実たちが廃工場に来るまでには十分もかかっていなかった。

 気が動転していたときには気づかなかったが、今になればそれはおかしな現象だ。タクシーを拾えばギリギリ可能かもしれないが、そんなに都合よく夜の住宅街でタクシーが拾えるわけもない。


「空飛んできたんだよ。ラインの箒に乗ってさ」

「空……を」


 巧実が指差す先、由美は夜空を何となく見上げる。工場地区で灯りの少ないこの場所から、夜空の星は良く見えた。


「すげぇ綺麗だったぜ。地面にも空があるみたいでさ。っと、話しが逸れたな」


 初めて空を飛んだ感想を興奮して話しそうになり、軌道修正を掛ける。


「ラインが俺の所に来たのは、魔女試験ってのの為らしくてさ。見習い魔女が本物の魔女になるために受ける試験なんだと。それで合格したら、晴れて魔女になって、就職先を見つけるらしい」

「就職って、なんか凄い現実的だね」

「俺も初めはそう思った。そしたら魔女だって現代に生きてるのよって言われてさ。あの時は確かにって思ったわ」


 そう言って二人で笑いあう。


「じゃあアーチさんも魔女なの?」

「おう、あいつも魔女試験でこっちに来てるって言ってた。何か色々暗躍してたみたいだな。まさかこんなところに住んでいるとは思ってなかったけど」

「姉妹なのに別の所にいたんだ?」

「おう、さすがに留学生二人を迎えるのは無理があるし、アーチもそれは望んでないみたいだったからな。アーチはアーチで自由にやってたみたいだ。まあ、その結果がこれだけど」

「ラインさん、大丈夫かな?」


 今は見えなくなった廃工場の方を見て、不安げに顔を歪める由美。

 巧実も不安は不安だった。なぜか別れ際に見たラインの表情が忘れられないのだ。言葉では大丈夫だと言っていたし、顔も笑顔だった。だがその笑顔にどこかかげりを感じたのだ。


「大丈夫だと思う。けど俺は由美を安全な所まで送ったら戻るつもりだ」

「そっか…………変な事聞くんだけどさ」

「ん?」

「巧実君ってラインさんの事、好きなの?」

「なっ!? なんだよ、いきなり!」


 突然の問いかけに、巧実は持っていたコーヒーの缶を落としそうになる。それを何とか防いで由美を見た。

 由美も真っ直ぐに巧実の方を見ていた。その瞳はどこまでも真剣そのものだ。


「お願い。答えて」

「お、俺は……」


 言葉に詰まった。自分がラインのことをどう思っているのか、巧実はそれをもう理解していた。だが、相手がラインだから、ひいては魔女だからという所で、感情にブレーキがかかっていたのだ。


「ラインさんの話をしている時の巧実君って、なんだかすごくイキイキしてる気がするんだ」

「俺が?」

「うん。なんていうのかな、新しい事を発見した子供みたいな、楽しくてしょうがないみたいな表情」

「そんな表情してたか?」


 巧実にはそんな自覚は無かった。今まで通り淡々と話していたはずだと思っている。しかし、由美は全然違うと言った。


「よく分かんねぇんだよ。放っておけないとは思うけど、それが恋愛かといわれると悩むし」

「やっぱり気付いてなかったんだ。周りのみんなは気づいてたよ?」

「周りって……まさか」

「うん、裕也くんと彩音ちゃんも」

「マジかよ」


 笑顔でうなずく由美に、巧実は頭を抱える。それほどまでに顕著だったのだと思うと、自分の行動が非常に恥ずかしく感じたのだ。


「別に恥ずかしく思う必要なんてないと思うよ? 私もアーチさんが好きになっちゃったからここまで来ちゃったわけだし」

「そうだ、なんで由美が廃工場にいたんだよ」


 電話でも、さっきの話しでも聞きそびれてはいたが、それは巧実が疑問に思っていたことだ。アーチが廃工場に来るのは分かる。バレないように魔法を発動するためだ。しかし、その場にアーチが由美を連れて来るとは思えなかった。


「えっとね、約束してた場所は駅前の喫茶店だったの」

「ああ、あそこか。まあ待ち合わせなら定番だな」

「そこでお話しして、時間になったからまた会うのを約束して別れたの。けどね、家の場所ぐらい知ってても良いと思って――」

「まさか後をつけた?」


 巧実の問いに、由美は恥ずかしそうに黙ってうなずいた。

 その可愛げのある仕草と裏腹に、やってることや考えていることは生粋のストーカーであることが、巧実を引かせていた。

 その巧実の様子に気づいた由美が、必死に言い訳を始めた。


「あ、あのね、人を好きなるってそうなっちゃうことだと思うの! 自分でも抑えられないほどに、相手のことをばっかりを考えちゃうことだと思うの!」


 由美の言葉は、以外にも巧実の心の深い所に届いてきた。

 相手の事ばかりを考える。それは巧実にも思い当たる節があったのだ。

 ラインの自信満々の表情が離れなかった。ラインの恥ずかしそうな顔は見ていて楽しかった。ラインの落ち込んだ顔は見ていたくなかった。授業中も、勉強中もどこか集中できず、気が付けばラインを目で追っていたり、正面にある部屋の方へと視線が向いていた。


「俺は、ラインが好きなのか」


 言葉にすれば、スッと納得できた。

 だからこそ思った。


「ラインの所に戻らないと」

「うん、ここから駅までは近いから、私は大丈夫。巧実君はラインちゃんの所に戻ってあげて」

「由美――ありがとう」

「頑張ってね」

「おう!」


 手を振る由美を背中に、巧実は来た道を走って戻る。


   ◇


 入口から屋上へと場所を移したラインは、トタン屋根の破れた隙間から中の様子をうかがう。

 ウッドプレディエータはラインの存在に気付いていないのか、その場でうねうねとうごめいていた。

 攻撃するなら今しかないと、ラインは杖をウッドプレディエータに向ける。


「攻撃魔法ってあんまり好きじゃないんだけどね」


 子供のころから、おとぎ話や、恋愛物語など、魔法で幸せになる物語を読み聞かせしてもらっていたラインにとって、魔法は誰かを幸せにするためのものだ。

 逆に攻撃魔法は、誰かを傷つけるための魔法だ。そのため、ラインは攻撃魔法があまり好きではなかった。

 学校の授業で必要だからと言うことで、仕方がなく練習はしていたが、まさかこんな所で使うことになるとは夢にも思っていなかった。


「本当にアーチは――助けたらご飯奢らせてやる。久しぶりに詠唱行くわよ」


 ラインは魔法に関しては天才的な才能があると言っていい。一般的な魔法ならば苦も無く使うことが出来るし、少し難しい魔法でも、平然と無詠唱で発動させることが出来る。そのラインが詠唱を行った本気の攻撃魔法を放つ。

 過去に一度だけ本気の攻撃魔法を行うことがあったが、その時は学校の魔法訓練所の壁が吹き飛んだ。

 それほどの威力を込めた一撃を、アーチが閉じ込められた魔物に放とうというのだから、傍から見れば、アーチごと殺そうとしているように見れられてもおかしくはない。

 しかし、それほどの威力でなければならないほど、厄介な相手なのも事実なのだ。


「イル・ステラ・トゥーラ・ロット、大いなる自然の嘆きよ! ライン・リーズ・カティナリオが、願う元へ降り注げ!」


 詠唱の完了と同時に、眩い閃光が杖の先から放たれる。それは自然界で雷と呼ばれるものそのものだった。

 激しいカナリキ声にも似た絶叫を響かせ、雷は文字通り光の速度でウッドプレディエータの体を打ち抜いた。

 突然の衝撃に、ウッドプレディエータは何が起こったのか分からず、触手で当たりを探り必死に状況を確認しようとする。逆に言えば、雷が当たったのにもかかわらず、それだけのことが出来るほど余裕があるのだ。

 ウッドプレディエータが慌ててうごめいているのを見ながら、ラインは即座にその場から立ち去る。すると、その直後には、ラインのいた場所が触手によって埋め尽くされた。

 ウッドプレディエータが、衝撃の来た方向を念入りに調べているのだ。

 ラインはそのまま屋根から降り、捨て置かれた機械の影を使って、魔物にバレないように静かに移動する。

 そして次の位置で再び魔法を発動した。


「イル・ステラ・トゥーラ・ロット、母なる大地の大牙よ! ライン・リーズ・カティナリオが願う元へ飛翔せよ!」


 詠唱が完成すると、今度はむき出しになっていた廃工場の地面がうねりだし、地中から何本もの突撃槍が飛び出した。それは一直線にウッドプレディエータを目掛けて飛来する。

 しかし、その突撃槍は魔物の触手によってからめ捕られ防がれてしまう。

 だがそれはラインが予想していたことだった。


「今!」


 触手が槍を掴み、今魔物の防御は手薄になっている。そのタイミングを見計らい、ラインは機械の影から飛びだしたのだ。

 そして魔物の幹に飛びかかる。

 ウッドプレディエータはその名の通り木の幹のような胴体をしているため、足を掛ける場所はいくらでもある。

 ラインもその一つに足を掛け、アーチの捕まっている場所に向かって杖を向けた。


「爆ぜなさい!」


 ラインの言葉と共に、アーチを覆っている幹が軽い爆発を起こす。そしてアーチの上半身があらわになった。

胴体を削られたたウッドプレディエータは、怒り狂いながら触手をぶんぶんと震わせる。 そしてその一つがラインのもとに迫ってきた。


「くっ!」


 とっさにその場から飛び退き、直撃は避ける。しかしここで、ラインの先ほど使った魔法が仇になった。

 魔物は触手でつかんだ突撃槍をラインに向かって投げつけてきたのだ。完全に魔物がラインを敵として認識している証拠だ。

 ラインはそれを躱しながら一旦後退する。

 安全圏まで下がったところで、肺に溜まった息をフッと吐き出す。極限の集中力で行われる戦闘は、ラインに想像以上の疲労を与えていた。

 そして安全圏まで下がった安心感が、ラインに隙を作り出してしまった。

 突然ラインの足もとが割れ、そこから触手が飛び出してきたのだ。


「そんな!?」


 ラインの記憶に、ウッドプレディエータが地面の下に触手を通すなどと言うものは無かった。それは魔界に置いて、地中は生物の毒が多く、ウッドプレディエータも触手を通すこと嫌っていただけなのだが、それが分からない魔女達の情報では、地面に触手は通さないものだと思い込んでしまっていた。

 触手に足を掴まれたラインは、そのまま倒されずるずると魔物に引き寄せられる。

 とっさに爆発の魔法を、自身を掴んでいる触手に向けて放った。

 それは見事命中し、触手が千切れラインの足に自由が戻る。だが、ちぎられた触手がその場で暴れ、ラインの胴目掛けて振り抜かれた。


「かはっ!」


 ドフッと重い音と共に、ラインの体が浮かび上がり工場の中を飛ばされる。

 地面に数回バウンドして止まった時には、ラインの体は擦り傷や切り傷でボロボロになっていた。


「けほっ……しまった……これじゃあ」


 上手く空気が吸えず、立ち上がることが出来ない。

 魔物はラインの様子を弱っていると判断し、ゆっくりとラインに触手を伸ばしてきた。

 しかし、今のラインにはその触手を振り払うだけの力も無い。


「ごめん巧実。約束やぶっちゃった」

(ライン!)


 迫りくる触手に最後の抵抗とぎゅっと目をつぶり、捕まる時を待つ。目をつぶる直前、ラインには巧実の声が聞こえた気がした。

しかし、数秒経っても、触手がラインを捕まえることは無かった。

 ラインがゆっくりと目を開ける。そこには、鉄パイプを触手に向かって振り下ろす、巧実の姿があった。

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