第9話

 突然性癖をカミングアウトした由美をとりあえず宥め、明日詳しく説明すると言って帰らせた。そして巧実たちも家に帰ってきて、リビングで先ほどの出来事について話し合う。

 と言っても主に話すのはラインだ。


「あの子はアーチ、私の妹よ。学年は私と同じで、今年魔女試験を受けているわ」

「双子なのか?」

「いえ、私が四月生まれで、あの子が二月生まれなの。だから双子って訳じゃないんだけど、ほとんど双子みたいなものね。性格とかは全然違うけど」


 それは巧実もあった瞬間何となく理解できた。


「対象者が同じになったって言ってたよな?」

「ええ、私もまさかと思ってさっき魔女学校に問い合わせたわ。間違いないみたいね」

「成績の付け方ってどうなるんだ?」


 対象者が一緒になれば、二人の考える幸せの形で、作りたい物語も変わってくるはずだ。そうなると、一人の物語が成立して、もう一人は必然的に失敗となってしまう。つまり一人は確実に落第することになるだろう。

 それを考えると、現状がかなり不味い状態だと言うことになる。


「それも聞いたわ。ペンダントからの情報で、たとえ物語が完成しなくてもある程度点数は入るみたいね。けど、やっぱり対象者の幸せに一番関係の深い魔法を使えた方が、いい成績になることは間違いないみたい」

「なるほどな。妹との勝負ってかなりやばくないか?」


 この試験で確実に姉妹間の仲は悪くなるだろう。それを懸念した巧実だが、ラインからは意外な反応が返ってきた。


「それは多分、今更の問題だと思うわ。今まで何回も競ってきたし、勝ったり負けたりして来たもの。今のところは私が勝ち越してるけどね」


 すでに何度も競うことで姉妹間の仲は険悪なものになっていた。

 アーチのラインお姉さまという呼び方も皮肉を込めたものだ。子供のころはライン、アーチとお互いに呼び捨てだったが、何度も争い負け越していることで、一応姉として慕っていることを表しているのだとラインは言う。


「ならお前ら自体は争うことに問題は無いんだな?」

「そうね。問題は巧実よ」

「だよなぁ」


 ラインとアーチが争うことになれば、自然とその余波が巧実の身に降りかかる。お互いがお互いの物語を完成させるために魔法を発動させるのだから当然だ。

 ラインは恋愛物の、危険性の無いものを選んでいるが、アーチが同じような物語を考えるとは言い切れない。もしアーチが恋愛物以外の危険なハプニングがある物語を紡ごうとしているのなら、それは巧実の身に危険が降りかかることになる。

 それを守るためにラインが動けば、ラインは自分の物語を紡いでいる暇がなくなってしまう。それはますますアーチの有利な状況になってしまうのだ。


「一度アーチの話ができればいいんだけどな」

「どうかしらね。こっちから連絡を取る手段はないし、向こうから接触してくるのを待つしかないんだけど」


 それは難しいとラインは考えていた。何せ今まで巧実と一切接触を取らなかったのだ。

 アーチの試験対象者が発表されたのは、ラインとほぼ同じ時期のはずであり、にもかかわらず今までラインだけが巧実に接触している。


「また明日って言ってたよな?」

「そうね」


 アーチが別れ際巧実に向けてまた明日と言ってきた。となると明日すぐにでも何か行動があると予想できる。

 ラインも翌朝のホームルームで留学と言う度胆をぬくことをやって来たのだ。それぐらいのことをしてもおかしくはない。


「明日は朝から私が一緒にいた方が良さそうね。もしかしたら巧実が言ってた事故もアーチの仕業かも知れない」

「ああ、あれか。確かにそれなら辻褄が合うな。けど矛盾も出て来ないか?」


 作為的過ぎる事故。あれがアーチの魔法によるものならば、巧実の違和感は拭い去られる。しかし、それを考えると逆に疑問も浮かぶ。アーチのやっていることがラインと同じことになるのだ。由美との仲を良くさせる。しかし、アーチは学校に潜りこんでもいないため、由美の気持ちを知ることは出来なかったはずなのだ。それだとなぜ巧実に由美を助けさせたのかが分からなくなる。


「とにかく明日は私から離れないでね。そうすれば対応は出来るから」

「ああ、しかし由美が百合好きだったのか」

「そうなのよ! 私の問題はそれもあるのよ!」


 アーチに対する対策を一旦横に置き、巧実は今日衝撃的だった出来事の二つ目について考える。

 巧実の言葉にラインが頭を抱えた。


「私の計画全部白紙になっちゃったじゃない! どうしてくれるのよ!」

「俺は知らんぞ。そもそも由美と俺をくっつけようとしたのはラインだし。てか約束忘れてないよな?」

「約束?」


 ラインは何のことか分からずに首を傾げる。

 巧実はそのラインに向けて両手を上に広げて指をわきわきとさせる。それはまるで何かを揉んでいるかのように――

 それを見た瞬間、ラインの顔がサーッと茹蛸のように赤く染まった。


「な、なな、ななな!」

「生でもいいんだよな?」


 ソファーから立ち上がり、ゆっくりとラインに歩み寄る。ラインは自らの胸を押さえながら、身をよじる。


「ほ、本当にするの? あんなの冗談半分の口約束でしょ?」

「そうか、冗談か。俺は本気でなんでも言うことを聞くつもりだったんだがなー。そうかそうかー。魔女は約束事に冗談を言うのかー……」


 わざとらしく大きな動きで肩を落とす。ラインのプライドを刺激するように、あえて魔女を避難するように言葉を選んだ巧実は、肩を落としたままチラッとラインを覗き見る。


「ま、魔女は関係ないでしょ」

「そうだよな。魔女は関係ないよな。つまりこれは、ラインが約束を破る奴だったってことだよな……」

「う……」


 追い詰められたラインは徐々にその瞳に涙をためる。


「はぁ……ショックだなー、ラインがそんな奴だったなんてショックだなー」

「うぅ……うぅぅぅ、うわぁぁああああん」


 等々ラインの限界を超えたのか、ラインは泣きながら部屋を飛び出して行ってしまった。

 それを見送って、巧実は少しスッキリした表情でラインが出て行った扉を見送っていた。


   ◇


 部屋を飛び出したラインは、魔法で飛び上がって屋上に来ていた。


「うぅ……巧実の意地悪……」


 膝を抱えて空を見上げる。そうして考えるのは、自分の試験対象者のことだ。

 自分が必死に恋愛物語を紡ごうとしているのに協力的でなく、どこか淡々としてつかみどころが無い。

 かといって非協力的かと言えばそうではない。とにかく無関心なのだ。気になることは聞いてくるが、それもどこまで興味があるのかラインには予想できなかった。


「私の考え方、間違ってるのかな?」


 巧実の姿を見ていると、まるで自分の考え方が間違っているような気になってしまう。

 恋愛物語を試験対象者に送ろうと考えたのは、たまたまでは無かった。

 ラインが子供のころに母親に読み聞かせしてもらった物語。それを聞いて恋愛物語にあこがれ、自分も魔女試験の時には必ずそうしようと思っていたのだ。そう思っている見習い魔女は少なくない。

 そもそも対象者に幸せをあげようとすると、どうしても恋愛物になりがちなのだ。よっぽど特殊な、それこそ三次元に興味が無いような一部の人種には特殊な物語が必要になるが、それ以外では恋愛物が一番幸せを与えることが出来る。

 学校の授業でも、先輩魔女の話でもそうだった。

 だからこそラインも、恋愛物語を提供としたのだが現実はこうだ。

 自分の対象者とくっつけようとした人物は、結局百合好きで何故か自分の妹を紹介してくれと頼まれる。その妹は妹で、自分と同じ対象者に物語を提供しようとこちらを妨害してくる。

 考えてみれば、今の自分の状況は非常にマズイ状態じゃないかと思えた。


「な、なにか挽回する方法を考えないと……」


 必死に何か現状の打開策を考える。しかし、いくら考えても焦っていい案は浮かんでこない。

 そんな時、急に頬に冷たい物が当てられた。


「ひやぁ!?」


 驚いて振り返れば、そこにはジュースの缶を持った巧実の姿があった。

 その先を見れば、ベランダから梯子が掛けられており、普通に上って来たのが分かる。

 考えに没頭し過ぎて、梯子を掛ける音すらも気付かなかったのだ。


「やっぱりこんなところにいたか」

「こ、ここまで追っかけ来て揉む気?」

「あほう、そんなことするならとっくに揉んでる」


 呆れる巧実の視線に、ウッと身をよじるライン。巧実はそのままラインの横に座ると、持っていたジュース缶を開けた。

 プシュッと圧力が抜ける。そしてその缶をラインに差し出した。


「ほれ」

「ありがと」


 それを受け取って一口飲む。ジュースはオレンジジュースだった。甘酸っぱいジュースが口の中に広がり、混乱していた頭が少しだけ落ち着くのをラインは感じた。


「なに悩んでんだ?」

「全部よ。試験の事も、アーチの事も、由美の事も」

「混乱してるのか?」

「なんか、全部繋がってるんですもの。由美はまさかの百合趣味で、路線変更しないといけないし、そのせいで試験は振り出し。しかもアーチとは巧実と取りあいよ? こんなのどうすればいいって言うのよ……」


 今までで初めて見る弱気のラインに、巧実はどう声を掛けるべきか迷った。

 そして最初に口を開いた言葉が――


「俺の取り合いって、なんかそれだけで愛憎劇になりそうな響きだな。姉妹で一人の男を奪い合う。罪な男だな」


 巧実の言葉に、ラインの顔が真っ赤になる。


「な、馬鹿な事言わないでよね! それ以上に、アーチとは今日あっただけでしょ!」

「ん? 意外と妹好き?」

「いでしょ別に。妹なんだから」


 ラインは恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。巧実はその顔を覗き込むように移動してニッと笑う。


「良いと思うぞ。大切な家族なんだしな」


 母親も兄弟もいない巧実には、唯一の肉親である父を大切に思っている。そのため、ラインの考えがおかしいものだとは思えなかった。


「まあ、アーチと会った時の反応からしたら、少し予想外ではあったけどな」


 二人が会った時の反応は、まるで宿敵に会った時にそれだった。ラインから大切な家族だと言う言葉が出たのは、巧実には正直予想外だったのだ。


「別に私はアーチのことを嫌ってるわけじゃないのよ。ただ、アーチは私と何かと比較されたみたいだから」

「そうか。同じ学年だと特にそうなのかもな」


 同じ学年とはいえ、生まれは一年近く違うのだ。それなのに全く同じ成績を要求させるのは、アーチにはかなり辛いものが会ったのかもしれないと巧実は想像する。


「アーチは私より勉強が出来るのよ」

「そうなのか?」

「けど私より魔法が苦手だったの。魔女を目指す以上、魔法が苦手なのは成績としては一番厳しくなっちゃうのよね。それで私はいつも勝ってたわ。だから余計に私を敵視するようになったのかもしれないわね」


 ラインは夜空を見ながら、何か懐かしむような目をして、語る。


「テストの時だけはいつも負けてたんだけど、通知表になると私の方が良い評価になるの。だからお母さんは私を褒めて、アーチにもっと頑張りなさいって言ったわ。運動会も魔法発表会も、当然のように魔法が得意な私の方が成績は上だったわ。そのたびに渡しは褒められて、アーチにはもっと頑張りなさいって言われてた。そう考えると、アーチが私を恨むのもしょうがない事だと思えるのよね」


 ラインの言葉をそのまま想像して、巧実もその意見にはおおむね同意できた。

 しかし、そこまで理解していて、ラインは何もできなかったのかとも思う。


「魔女である以上、どれだけ頑張っても魔法が出来なきゃだめなのよ。だから、出来る私がどれだけ言っても、それは持てる物の言葉になっちゃうの。それをアーチが受け入れられる訳ないわ」


 ラインも最初のころは、アーチにもっと頑張れと言う母からアーチを庇ったりもした。そのたびに、ラインは優しいわねと言われ、アーチと比較されてしまった。そしてまた溝が広がっていく。それは負のスパイラルとなってアーチに襲いかかってしまったのだ。


「だから私は何も言えなかった。言えばもっとアーチが辛くなるから」

「だから恨まれることを受け入れた?」

「そうなのかしらね。気付いた時には、もうこんな状態になってたもの」


 どこか恥ずかしそうに、巧実の視線から逃れるようにラインはうつむく。


「なら今回の勝負で思いっきり戦ってみたらいいんじゃないか?」


 巧実の口からは自然とそんな言葉が出ていた。


「今回の勝負は魔法だけが決め手にならないって、ライン自身が言ってただろ?」

「え……ええ」


 巧実の意見に驚いたのか、ラインは少し言葉を詰まらせる。


「なら今回有利なのは、ラインじゃなくてアーチってことになるよな。相手のフィールドで思いっきり戦ってみれば、アーチも何か納得できるんじゃないか?」

「そっか。そうよね!」


 その場に立ち上がり、空に向かって拳を掲げるライン。月明かりに輝く髪の毛も、どこか先ほどより明るい。


「いいわ、今度はあなたのフィールドで戦ってあげる! 姉の強さを見せてあげようじゃないの! かかってらっしゃい、アーチ!」


 夜に向かって腕を振り上げるライン。巧実はそのラインに後ろから手を廻す。


「まあ、元気になろうと、覚悟しようと、約束は守ってもらうけどな」


そのまま胸を鷲掴みにした。


「ひっ!? ひゃぁぁぁああああ!」


 振り向きざまに振り抜かれた渾身の右腕に、巧実は一瞬で意識を刈り取られるのだった。

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