第8話
学校では人気者のライン。その周りには常にだれかがいて、楽しそうにおしゃべりをしている。そんな光景を横目に、巧実は裕也、彩音、由美の三人と昼食を取っていた。
「カティナリオさんは相変わらず人気だね」
裕也の意見に、他の二人も大きくうなずく。
「あれだけ美人で、愛想も良ければ当然だと思う。私も憧れちゃうし」
彩音はうらやましそうにラインの髪を見ていた。その髪は今日もふんわりと緩いウェーブを描きながら、ラインの笑いに合わせて揺れていた。
「意外と女子からもラブレター貰ってたりしてな」
「そうですね」
突拍子も無い話しだが、意外とありそうだと全員で納得する。
「巧実君は普段どんな話しをしているんですか?」
「俺?」
「家ではずっと一緒ですよね?」
ホームステイ先なのだから当然と言えば当然だ。しかし、巧実が思い出してみると、意外と会話は少ない。むしろラインと会話しているのは父親の方がメインだと気付いてしまった。
「親父となんか息が合うみたいで良く話してる。俺は……あんまり話してないかな。何か、気が付いたら部屋で何かやってるみたいだし」
魔法を使っているのだと予想しているが、それを言うわけにもいかず、適当にぼかして答える。
「そうなんですか?」
「俺も俺で勉強があるしな」
「女よりも勉強かよ。真面目だねー」
「別にそう言うつもりは無いだけどな。何か習慣ってなかなか抜けなくてさ。そう言うのってあるだろ?」
巧実の問いに三人も考える。一番先に口を開いたのは彩音だった。
「そうですね。急に生活を変えろって言われても無理な気がします」
「何か毎回決まってやってることとかあるの?」
「はい、裕也君にメールしてます」
彩音が嬉しそうに携帯を見せてきた。そこにはびっしりと並べられた裕也宛てのメールが並んでいる。それも時間を見てみれば、ぴったり一時間置きだ。
その光景に、巧実も由美も若干恐怖を感じながら裕也を見る。
その視線に裕也は苦笑した。
「まあ、愛情の表れってことだよ」
「裕也君も毎回丁寧に返信してくれるんですよ。そろそろメールの要領がいっぱいになってきちゃって、どうしようか悩んでるんです」
「消さないの?」
由美が至極当然のことを言うと、彩音は顔を真っ青にしながら首を横に振る。
「そんな! 消すなんてとんでもない事ですよ! 裕也君の愛が詰まったメールなんですから、全部プリントアウトしてでも持っておきたいぐらいです!」
「そ、そうなんだ……」
あまりにも重すぎる愛に、由美は完全に引いていた。
そんな状況で巧実は、とりあえず話題を変えようと由美に話しを振る。
「由美はなんかある?」
「習慣ですか――あ、写真とかですかね」
「写真?」
「はい、携帯のカメラで綺麗な物とか、可愛い物とかを撮ってるんですよ。それで家のパソコンに取っておくんです」
意外と可愛い趣味に、巧実も裕也も感心する。これなら彩音みたいに重い話しにはならないだろうと、巧実はさらに掘り下げて聞いて行く。
「たとえばどんなのがあるんだ?」
「そうですね、道端に生えてたタンポポだとか、電柱にとまっている小鳥さんとかも撮ったりしますし、お散歩中の犬なんかも撮ったりしますね」
「今度俺達にも見せてくれよ」
「分かりました。明日辺りにでもアルバムに入れて持ってきますね。私のベストセレクションをお見せしますよ」
由美が嬉しそうに笑う。
「何話してるの?」
そこに話しの根源だった人物がやってきた。ラインは周りとの会話がひと段落したのか、パックジュースで喉を潤している。
「趣味とか習慣って簡単に変えられないよなって話だ」
「ああ、分かるわね」
巧実の説明に頷くライン。それを見て由美が尋ねる。
「ラインさんも趣味とかあるんですか?」
「趣味と言えば占いとかかしらね?」
意味ありげな視線を巧実に送りながら、ラインは言った。それを聞いて巧実は思わず飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。
「占いですか! そう言えばラインさんってイギリス出身ですもんね」
「そうね。魔女発祥の地とも言われてるし、占いとかオカルト関連は結構知ってるわよ。何か占ってあげましょうか?」
ラインが懐からおもむろにタロットカードを出した。それを見て巧実は確信犯かと判断し苦笑する。
「じゃあ私と裕也君の相性とかお願いできます?」
「もちろん」
ラインは笑顔でうなずくと、二人の前に座り、タロットカードを並べて行った。
◇
タロット占いをはじめたラインの周りには、すぐに人であふれかえる。
巧実と由美はその人ごみからこっそりと避難し、今は教室の後ろで、緊張しながらラインの占いを聞く生徒たちを見ている。
「ラインさんってなんだか人を集めますよね」
「そうか? ただ周りが珍しがってるだけに思えるが」
普通は敬遠されがちな留学生だが、言葉の壁が無いと分かれば、それはほぼ転校生と同じ立場になる。巧実には今のラインが、ちょうどそんな感じに思えた。
しかし由美は首を横に振ってそれを否定する。
「それだけじゃあんな風にはならないんじゃないですか?」
由美の視線の先には、占いの結果を聞いて頭を抱える男子と、その周りでラインと共に笑う生徒たち。ラインが男子の方をポンポンと叩きながら何やら励ましていた。
「なんだかラインさんがいると皆がつながる気がするんですよね」
「つながる?」
由美の言い回しに巧実が首を傾げる。由美は一つ頷いて言葉を続ける。
「ラインさんが来てから、なんだかクラスの皆が良く集まってる気がするんです。最近一定のグループが出来てきて、それ以外の交流って少ない気がして気になってたんですけど、それが崩されたように感じて」
「そんなことまで考えてたのか。俺なんか気にしたこと無かった」
巧実自信は結構友人関係が狭い人間だ。だからこそ、身近な友人以外のクラスメイトのことなど考えたことも無かった。
「由美って本当に委員長だよな」
「フフッ、なにそれ」
「巧実たちも占ってみる?」
人ごみの輪からラインが巧実たちに向けて手を振っている。
「由美も占ってもらったらどうだ?」
「じゃあお願いしようかな」
由美がラインの前に座る。ラインはタロットカードを切り直しながら、由美に何に着いて占うか問いかけた。
「やっぱり出会いとか、かな?」
由美の発言に、クラスメイトが盛り上がる。堅物系で物静かな委員長が恋愛関連の占いを希望するとは、誰も思っていなかったのだ。
ラインは由美の希望にニヤリと笑い、タロットを置いて行く。
「じゃあ占うわね。汝の求める未来を示せ」
呪文のような言葉を言って、ラインは順番にタロットカードを捲っていく。そしてそれとにらみ合うこと数秒。少し困惑げに占いの結果を説明し始めた。
「今気になってる人がいるわね」
「ええ、いますよ」
由美が当然のように答える。逆に周りが沸き立った。
「恋人たちのカードが正位置と運命のカードが逆位置。今の人とは難しい。けど、その気になる人の身近な人があなたを変える。今の気持ちをまっすぐに貫けば、きっといい方向へ進むと思うわよ」
「そうなんですか! ありがとう!」
由美はラインの答えを聞いて、これまで見たことが無いような笑顔になる。
ラインは恋が上手く行くのがよっぽど嬉しかったのかとも思ったが、今気になっている人との関係は、友人までが限界と占いで出ている。普通なら最終的にはハッピーエンドになれるだけ幸いと言った結果だ。
「うーん、私としてはもっといい結果を出してあげたかったんだけどね」
「大丈夫ですよ。自分を貫けばいいんですよね」
「ええ、それは保障するわ」
「ありがとうございました」
由美が席を立つ。そしてその空いた席に俺が俺がと人が押し寄せてくる。しかし時間はあと一人出来るか出来ないか程度だった。
そこでラインは、由美の隣にいた人物に声を掛ける。
「巧実も占ってあげるわよ?」
「俺? 特に占いに頼ることも無いしな」
「じゃあ未来を見てあげるわ。お弁当作ってくれたお礼にね」
ラインと巧実の昼食は、朝巧実が作った弁当だ。巧実自信はコンビニのおにぎりや購買でもいいと思ってたのだが、ラインに弁当を要求されてしまったのである。
「お前が作れって言ったんだろ」
「だって美味しいんだもの。ほら座った座った」
ラインが促し、周りの生徒たちの視線が集中する。こうなっては逃げられないと覚悟を決めて、巧実はラインの前に座る。
「じゃあ始めるわね。未来の占いは結構簡単なのよね」
そう言ってタロットカードを裏面のまま机の上に並べていく。並べられたカードの中から一枚のカードを指差す。
「これが巧実の未来を暗示したカードよ」
ラインのしなやかな指がカードを捲る。
「ふーん、魔術師の正位置ですって」
どこか満足げに言うライン。
「意味は?」
「ヒーローになれるわね。みんなを救うのか、一人を救うのかは分からないけどね」
「ヒーローねー」
巧実はそのタロットカードに胡散臭さを感じた。
「疑ってるわね?」
「まあ、占いだしな」
「私の占いは当たるわよ」
そう言ってラインは、顔を巧実の耳元に近づけた。そして小さな声でつぶやく。
「なにせ本物の魔法を使ってるからね」
「お前ッ!?」
「フフッ、ミステリアスでしょ? さて、今日は店じまいね。そろそろ先生も来ちゃうだろうし」
時間は昼休憩の終了五分前になっていた。それを見た生徒たちも散り散りになっていく。
その中で巧実は、声を小さくしてラインに問いかける。
「ライン、お前本当に魔法使ってたのか? と、言うか魔法で未来って分かるもんなのか?」
それが分かるのなら、勉強も進学も思いのままだと考え巧実は尋ねる。しかしラインの答えは巧実の期待に添えるものでは無かった。
「うっすらとだけどね。本当にさっき言った程度の事しか分からないわ。細かく当てられるほどの魔法を使おうとしたら、それこそ生け贄がいるレベルよ」
「い、生け贄があれば行けるのか?」
その可能性に、巧実が前のめりになる。それを見てラインはジト目を巧実に向けた。
「テストで楽しようとか考えてる?」
「使えるものは使う主義だ」
「残念だけど、生け贄を使ってもそこまで細かいのは無理ね。何年にどこかに進学するとか、就職するとか程度なら分かるかもしれないけど」
それを聞いて巧実は肩を落とした。
「まあ、努力しなさいってことよね」
笑顔でパンパンと肩を叩いて励ますラインに、巧実は小さくため息を付いた。
ラインと巧実が廊下を歩く。時間は放課後となり、生徒たちは部活や遊びの為思い思いの場所へと移動している。
混雑する廊下の中で、巧実はラインが眉間に皺を寄せているのに気付いた。
「どうかしたのか?」
「ちょっと思うところがあってね」
「昼の占いか?」
由美を占う時、ラインが何か戸惑うような表情だったのを思い出す。
「そうなのよ。私の占いだと、由美が思い人と結ばれなくなっちゃうのよね」
ラインとしては由美の思い人が巧実だと分かり切っているだけに、その事態はいささか問題がある。
このままでは巧実と由美のハッピーエンドが完成しないのだ。
「まあ頑張れよ」
「他人事ね。自分の事なのに」
「あんまり恋愛ごとって関心無いからな。ラインが何か仕組んでなきゃ、今も勉強に精を出してるさ」
「むぅ……それが問題の気もするわね」
恋愛に全く興味を持っていない巧実の現状が、由美との関係の進展に歯止めをかけているのではないかと考えるライン。何か対策をと思っている所に、声を掛けられた。
「二人とも今帰り?」
「おう、由美は?」
「日誌は出し終わったから、もう帰ろうと思っていたところだよ。もし良かったら一緒に帰ってもいいかな?」
「俺は構わないが、ラインは?」
「もちろん喜んで」
それはラインにとって非常に嬉しい状態だった。由美が自分から動いてくれれば、それだけ恋愛に発展する可能性も高くなる。
今は自分が強引に恋愛を押しつけようとしているから、巧実のやる気が出ないのであって、由美が自発的に動けば巧実も自然と恋愛に興味を持つのではないか。そう考え、今は手を出さず成り行きに任せることにした。
◇
校舎を出て街中を歩く。
日は徐々に傾き、赤みを増している。その中を歩く三人の前に、唐突に影が差した。
巧実が影の先を見ると、道路の先で仁王立ちしている女子の姿がある。
逆光で顔は良く見えないが、腰まである長いツインテールが印象的だ。
「誰だろう」
「私は知らないですね」
「けど明らかにこっち見てるよな」
巧実と由美はその人物について考える。しかしラインは、その女性に目を向けたまま固まっていた。
「ライン、お前の知り合いか?」
ラインの反応からそう当たりをつけ尋ねる。それにラインは一つ頷いた。
ラインが頷くのとほぼ同時に、女性がゆっくりと歩きだしこちらに近づいてきた。次第にその容姿がしっかりと見えるようになる。
長いツインテールの髪は綺麗な銀髪だった。人形を思わせる白い肌に、若干の釣り目が彼女の強気を窺わせる。日宮高校の制服を着ており、年齢は巧実たちと同じぐらいか一つ下だろう。
そしてその子が口を開く。
「お姉さま、久しぶりね」
「アーチ……なんでこんなところに」
「そんなの決まってるわ、ラインお姉さま。この試験で私はラインお姉さまを超える最高の物語を紡ぐの。そのためには、対象者に近づかないといけないものね」
「あなたの対象者って……」
この場にいるのはラインとその妹のアーチ、そして巧実と由美。対象者として選ばれる可能性があるのは巧実と由美の二人だけだ。
「さすが姉妹よね。まさか同じ番号を書くとは思わなかったわ」
その言葉で確定する。アーチの対象者は巧実だと。
それと同時に、場が異様な緊張感に包まれた。
「お、おいライン。対象者って被るもんなのか?」
「普通は無いわね。でも天文学的数字の中なら」
「こうやって被ることもあるってことよ。よろしくね、巧実さん。私はラインお姉さまの妹でアーチ・リーズ・カティナリオ。あなたに物語を紡がせる魔女よ」
「お、おいちょっと待て! ここには由美がいるんだぞ?」
「由美ってその子? なんか何も聞いて無さそうだけど?」
アーチの言葉に巧実とラインが由美の方を向けば、由美はアーチを見てぼうっとしていた。若干頬が赤いのは夕日のせいだろうか。
「まあ、今日は挨拶しに来ただけ。楽しみは明日からね」
そう言うとアーチは、すぐ近くの路地に飛び込んでいく。
ラインはハッとしてすぐに追いかけるが、路地を覗き込んだ時にはすでにアーチの姿は無かった。
仕方がないと、一旦諦め巧実にどう事情を説明するか考えながら戻ると、突然がっしりと両肩を掴まれた。由美にだ。
「ラインさん、お願いがあるの」
「な、何?」
突然今まで見たことも無い迫力で迫られ、ラインは驚きながら答える。
「さっきの妹さんの事、私に紹介して!」
「な、なんで?」
「お昼のラインさんの占い。私にもっと素直に頑張れって言ってくれたよね?」
そう言いながら由美は、三つ編みを解き、メガネをバッと外す。艶やかな黒髪が優雅になびき、メガネを外したその目は、輝きを放っている。
「ええ、そうね。そうすれば願いがかなうはずよ」
今のタイミングでどういうことだと言いたいラインだが、それをグッと堪える。
「だから素直になることにしたの。私、あのアーチさんに惚れちゃったみたい。一目惚れなの!」
『は?……』
由美の発言に、ラインと巧実が同時に呆けた声を出した。
「だから! 私は女の子が好きなの!」
『はぁ!?』
突然すぎる由美のカミングアウトと共に、二人の絶叫が街中に響き渡った。
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