第7話

 放課後、部活見学を終えたラインと共に下校する巧実の表情は、どこか硬かった。

 その事を気にしてラインが尋ねる。


「巧実、どうかしたの? さっきからなんか怖い顔してるわよ?」

「ん? ああ、ちょっとな」

「ちょっと何よ」


 言葉を濁す巧実にラインがズイッと詰め寄る。


「私は巧実の物語を作らないといけないんだから、何かおかしい事とか気になることがあるならちゃんと言ってよね。じゃないと修正も出来ないじゃない。私は巧実を幸せにしないといけないんだから」

「なんか最後の言葉だけ聞くと、ラインが俺にプロポーズしてるみたいに聞こえるな」

「なっ!」


 巧実の言葉にラインの顔が真っ赤になる。その表情を見て満足したのか、巧実が真面目な顔になる。


「ラインさ、今朝魔法つかったろ」

「え? よく分かったわね」


 ラインはあっさりとその事を認めた。その事に巧実は眉をしかめる。その表情はどこか怒っているようにも見えた。


「お前さ、俺が危なくなるような物語は作らないって言ったよな」

「ええ、当然よ。私が目指してるのは恋愛物だもの」

 当然とばかりに頷くラインに、巧実は睨みつけるように視線を向けた。

「じゃあ俺以外の奴はどうだっていいってことか?」

「は? そんな訳ないじゃない。私の魔法は常に誰も傷つけないようにしてるし」

「傷つかなければ何してもいいのかよ」

「……何が言いたいのよ」


 いい加減、巧実の言い方に腹が立ってきたラインが苛立ちながら尋ねる。

 それを見て、巧実はついに切り出した。


「今朝の事故のことだ。いくらなんでも都合がよすぎる気がした。あれもラインが魔法で起こした事故なんじゃないか?」

「はぁ!? そんな訳ないじゃない」


 巧実の疑問に対し、ラインはバッサリと切り捨てる。


「なんでだ? 事故から助けて恋愛に進むなんて、物語じゃ良くあることだろ?」

「確かに物語じゃ良くあるわね。私が読んでる漫画でも結構そういうのってあるし。けど状況が違うわ。私は今朝、部活見学で巧実に張り付いてることは出来なかったのよ? そうなると事故みたいな危険な事をするには、リスクが高すぎるの。もし私がその魔法を使ったとして、事故で巧実が怪我したり、由美が怪我したりすれば、私の成績はマイナス方向へ吹っ切れるわね」

「じゃあ今朝は何の魔法を使ったんだ? 魔法自体は使ったんだろ?」


 ラインは最初の問いに対して使ったと言っていた。それはすぐに認めていたのだから事実だ。事故を故意に起こしていないのだとしたら、何に対して魔法を使ったのか。巧実には分からなかった。


「今朝は巧実が由美に会える確率を上げる魔法よ。気分的にこの時間に家を出るとか、この道を歩こうとか、その程度の力しかないわ」


 それを聞いて、そう言えばと思う所があった。今朝、巧実は少し早めに家を出たのだ。ただラインが学校に行っているのだから少し早めに行こうと思っただけなのだが、それですら魔法によって意識されていたと思うと、少し魔法が怖くなる。


「由美ちゃんの家がどこか分からなかったから、彼女には魔法が掛けられなかったけどね。両者に掛けられればほぼ百%の確立で会えるけど、片方だけに掛けると精々七十%ってところかしら。まあ、無事に会えたみたいだからよかったけど」

「じゃあ今朝の事故は無関係なんだな?」

「ええ。それは神にも悪魔にも誓えるわよ」

「そうか。疑って悪かった」

「分かればよろしい。罰として、美味しいごはんお願いね」

「はいはい」


 自信満々に胸を張るラインを見て、巧実はホッと安心していた。それは、自分が危険な目にあったのがラインの仕業じゃなかった事に対してではなく、ラインがそんな魔法を毛頭使うつもりが無かったことに対してだ。その事が巧実には何となく嬉しかった。


「そう言えば何で由美なんだ?」

「そんなの当り前よ。学校初日から、さりげなく巧実に向かう視線を観察してて分かったんだけど、由美ちゃんが一番巧実のことを見てたのよ。それもなんか、私との関係が気になりますって感じに、私と巧実を交互にね。だからこれは、気があるんじゃないかって思ったわけ。で、案の定昨日話しかけてきてくれたから、色々仕草とかを観察したのよ。それで確信したわね。巧実の隣で顔を赤くしてたり、恥ずかしそうにうつむいたりして、女の子から見れば分かりやすすぎるぐらいよ。巧実って意外と鈍感?」


 つらつらと並べられる根拠に、巧実は目を丸くして驚いていた。その全てが初耳だったからだ。


「俺鈍感なのか? そんな視線、まったく感じたことなかったぞ?」

「あらら――チェリーボーイには、女の子の初心な恋心は難しすぎたかなぁ? まあそう言うことだから由美ちゃんを選んだのよ」


 どうだと言わんばかりにフフンと鼻を鳴らすライン。その表情が何となくしゃくだった巧実は、ささやかに言い返す。


「意外とライン目当てだったりしてな」

「フフ、面白い冗談ね。もしそんなことになってたら、巧実の言うことなんでも聞いてあげるわよ」


 ラインが遠回しにあり得ないと断言し、そんなことを言ってきた。それを聞き逃さない巧実は目を鋭くさせる。


「よし、なら胸を揉ませてもらおう」


 指をラインに見せつけるようにわきわきと動かす。


「なっ!? い、いいわよ。生ででも揉ませてあげるわよ!」


 巧実の提案にラインは顔を真っ赤にさせたが、プライドからか、確信からか、その条件を飲んだ。


「けど、巧実がそんな提案するなら、私の考えが正しかったら巧実には、なんでも言うこと聞いてもらうからね」

「なに!?」


 今度は巧実が驚く。巧実としては分の悪い賭けどころか悪い冗談程度のつもりの発言だったのだが、逆にそれを利用されてしまった。


「はい決定! そうと決まれば、私は作戦を考えないといけないわね。巧実急いで帰るわよ!」

「ちょっ、おい!」


 走り出すラインに、巧実は手を伸ばすが届かない。仕方なく巧実も走って後を追いかけるのだった。


   ◇


 翌日の朝はラインも一緒に家を出た。部活見学は昨日の段階でひと段落し、今日は午後から残った文系の部活を見て回るのだ。

 そんなラインは現在、巧実の隣をスキップでもしそうなくらい軽い足取りで進んでいる。


「なんか嬉しそうと言うか楽しそうと言うか、テンション高いな」

「ふふ、分かる? 分かっちゃう?」

「訂正、やっぱウザいわ」


 にやにやと巧実を見るラインは、口元が常に緩んでいる。それを見て巧実はため息を付いた。


「聞きたいんでしょ? 私の機嫌がいい理由。気になるんでしょ?」

「ああ、はいはい。そうですよ、気になりますよ」


 巧実を覗き込むように見上げてくるラインの頭を、手で押し返しながらうんざりしたように言う。それを聞いて、ラインは満足したように顔を離した。


「フフフ、昨日試験の中間発表があったのよ!」

「ずいぶん早い中間発表だな」


 試験の開始からまだ一週間も経っていない。それにも拘わらず中間結果が発表されていることに巧実は若干の驚きを覚えた。


「まあ、とりあえず対象者との対面や、進捗状況を互いに教え合うってのが目的だからね。試験中は三日から一週間間隔で中間結果は発表されるの。自分の成績が下の方なら、もっと頑張らなきゃって思えるしね」

「逆に上ならこのまま突走れってか」

「そう言うこと」

「つまり、その中間発表の結果がいい感じだったってことか」


 機嫌がいいと言うことは、そういうことなのだろうと当たりを着ける。ラインはそれに大きくうなずいた。


「なんと暫定五位よ。まだ物語としての進捗は全くないのに五位。これは物語が完成すれば一位も夢じゃないわ!」

「そりゃいいことで……そう言えば成績ってどうやって調べてるんだ? 別にいつも教師が観察してるわけじゃないんだろ?」


 それらしい影を見たことは無い。まあ、巧実としても、魔女が本気で隠れていたら見つけられる自信も無いが、そもそも試験中一人一人に試験管が着くことなど人数的に不可能なはずだ。

 そうなると、中間結果や試験結果をどのように出しているのかが気になった。


「ああ、それはこれよ」


 ラインはおもむろに懐からネックレスを取り出す。それにはビー玉サイズの赤い宝石のような物が取り付けられていた。


「これが私たちの試験を観察してるの。対象者の感情や、私の行動、使った魔法、経過した時間なんかの情報を全部採取しているの。それでその採取された情報が、先生の下に送られてそれを見て先生が判断を下すってところかしら」

「ずいぶん便利な道具なんだな」


 一見はただのネックレスだ。アクセサリーとして付けていても、全く違和感はないだろう。今は学校に通っているため身に着ける訳には行かずポケットにしまってある。

 カメラのように対象に向ける必要も無く、色々と記録してくれるハイテク機械(?)に、巧実も感嘆の声を上げる。


「凄いもんがあるんだな」

「試験の為に特別に作られた魔法具だからね。試験中しか使えないし、試験が終われば回収されちゃうけど」

「まあ当然だろうな」

「それより、この成績の事よ。私の動き方が間違っていれば、この成績は低いはずだわ。それが五位ってことは、私の計画は順調に進んでいるってことよね。つまり――」

「俺になんでも願いを言えるってか?」

「そう言うこと。楽しみにしておくことね」

「楽しみねぇ」


 正直に言ってしまえば、巧実はそこまで楽しめる予感がしなかった。

 現状では、巧実は恋愛より勉強を優先したいと思っていたのだ。もし告白されたとしても、それを受けるかどうか、かなり迷っている状況だ。

 それ以前に、自分の感情がどうなのかと言うことも分からなかった。

 確かに由美と一緒にいると楽しいと思う時はある。しかしそれは、巧実にしてみれば友達と一緒にいるときとなんら変わらない感覚なのだ。そこに恋愛感情があるのかと言われれば、巧実は返答に困るだろう。

 しかしラインはそんな巧実の気持ちに気付くことなく、軽い足取りで巧実の先を歩いて行った。

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