第4話

 クラスメイトが巧実のことを疑問に思う中、巧実は階段の踊り場で携帯をかけていた。もちろん相手は父親だ。

 コール二回で父は出た。


「もしもし親父?」

「おう、なんだ息子。今学校だろ」

「その学校で問題が起きたから電話したんだよ!」

「なんだ、テロリストでも侵入してきたか? それなら喜んで駆けつけるぞ?」

「狩り殺す気満々だな。ってそうじゃねぇ。留学生のホームステイの話だよ!」

「ああ、カティナリオさん家の娘さんか。あれ? 言ってなかったか?」

「聞いてねぇよ!」

「そう言えば言ってなかった気がするな」


 巧実の父は納得と言った声音で話す。


「家で二週間預かることになったから。巧実も仲良くするんだぞ」

「そんな! いきなりすぎるだろ!」

「そりゃ、俺だって急に頼まれたからな。まあ、上司のお願いは断れねぇよな」


 そう言って巧実の父はハハハと陽気に笑う。その声に巧実は頭が痛くなった。


「むちゃくちゃだな。カティナリオさんの家は、うちに同い年の生徒がいること知らなかったのか?」

「知らなきゃ俺ん家になんか頼まれねぇよ」


 当然だ。留学生のホームステイ先が全く関係の無い家の人では、学生留学の意味が無い。


「じゃあ、性別を知らなかったとか?」

「それはもちろん俺も聞いたさ。なんか問題ないから受け入れてくれって言われちまってな。先方も承知してるみたいなら良いかってことで、受け入れることにしたんだよ。何だ、不満か?」


 かなり適当な受け入れ理由だ。しかも巧実の家にホームステイ先が選択された理由が全く説明されていない。そしてそこを聞こうとすると、なぜか話しをはぐらかされる。

 それを繰り返すこと五分。巧実はようやく違和感を覚えた。


「なあ親父。カティナリオさんとは会ったことあるのか?」

「それは娘さんのほうか?」

「ああ。親父は上司の人から頼まれたんだよな」

「そうだぞ。けどあったこともある。昔新婚旅行でイギリスに行ったときに、現地で知り合ったんだ」


 その言葉を聞いて、巧実は完全に理解した。


「そうか、分かった。仕事中に悪かったな」

「ハハハ、いいさ。そっちが慌てるのも仕方がないことだしな。今日は早めに帰るから、カティナリオさんの案内頼んだぞ」

「あいよ。じゃあな」

「おう」


 携帯を切って、小さくため息を吐く。

 これは、ほぼ間違いなくラインに魔法を掛けられてる。

 それが巧実の考えだった。ラインが、巧実のそばに近づくためにやった工作なのだろうと当たりを着ける。

 しかし、やけに魔法の設定が雑なのが気になった。ラインと親父は昔会ったことになっている。しかし、親父が新婚旅行に行ったのは、巧実の生まれる前の話だ。何せ、そこで種付されたと、あまり聞きたくない話しを父親から聞かされたりもしたからだ。ならば、その時に会ったラインとは誰なのか。ラインが巧実より少し早い生まれだとしても、つじつまが合わないのである。

 そしてそれに疑問を持たない父親に、巧実は疑いを確信へと変えていた。


「こりゃラインに問い詰める必要があるな」


 携帯をポケットにねじ込み、巧実は授業の開始間際で教室へ戻って行った。


   ◇


 その後授業は普通に進んで行った。生徒たちが驚かされたことと言えば、やはりラインの日本語だろう。

 国語の授業では平然と文章を読み、発音も完璧だった。

 数学や化学などは、あまり回答することが出来なかった。しかしそれも外国の学校とは進行速度が違うのだろうと言うことで、特に気にされることも無い。

 しかし巧実は知っている。ラインはすでに学校の修士課程の勉強はすでに学んでいるはずと言うことを。卒業試験を受けるとはそう言うことのはずなのだ。

 当てられた問題を答えれず恥ずかしそうに頬を赤めるラインを横目に、巧実は疑いの視線を投げていた。

 そして昼になり、巧実はラインに問い詰めようと近寄る。しかし、それは他のクラスメイトに妨害されてしまった。


「巧実! なんでカティナリオさんがお前に泊まるんだよ!」


 巧実の進路を妨害した最初の一人は裕也だった。裕也は何とか彩音の説得に成功すると、二時間目の開始前に二人で腕を組んで戻って来たのだ。そして知らない生徒がいることに気付いた裕也は彩音と共に情報を収集、昼までに他の生徒と同じ謎まで辿り着いていた。なぜ巧実の家なのかという所だ。


「ああ、親父にさっき聞いた。なんかカティナリオさんのお父さんとうちの親父が知り合いで、しかも親父の上司とカティナリオのお父さんも知り合いらしくて、上司から親父に頼まれたらしい」

「なんかややこしいな」


 人物的には三人しか出てきていないのだが、それが○○の父親という代名詞で話されるため、会話をややこしくしている。


「要は頼まれたらしい。俺には相談も無しのうえ、話すの忘れてたとかほざきやがった」

「ハハハ、だからお前も驚いてたのか」

「そう言うこと。で、事情聞こうとカティナリオさんの所に行こうとしたら、この状態だ」


 男子生徒は巧実の周りに集まり、ことの真相を確かめようとする。逆に女子はラインの周りに集まり、イギリスの事やラインの事などを聞き出そうと必死になっている。

 つまり、巧実とラインが話している余裕は無いのだ。


「まあ、家に帰れば嫌でも話す時間が出来るだろ」

「それもそうなんだけどな。まあ、仕方がないか」


 早めに諦めるのも肝心だと、巧実は自分の席に戻っていく。

 それをこっそりと見ている視線があるとも知らずに。


   ◇


 放課後。クラスメイトと話すラインの様子を見ながら、この後どうしようかと巧実が考えていると、それに気づいたラインから声をかけられた。


「長瀬君」

「カティナリオさん。お疲れ様」


 ラインは、周囲に大量の女子取り巻きを作っていた。その視線が自分に集中しているのを感じて、巧実は若干たじろぐ。


「この後学校案内しようか? それとも先に家に行くか?」

「お家をお願いしてもいいかしら。荷物が六時頃に届くことになってるの」

「了解。じゃあ行こうか」

「それじゃあみなさん、また明日」


 ラインの優雅なあいさつに、クラスメイト全員が飲まれそうになりながらなんとか挨拶をかえす。それを見ながら、巧実は一足先に教室を出て行った。

 それに気づいたラインがすぐに後を追いかける。

 ラインが廊下に出たところで、教室が騒がしくなる。それをラインに関する噂だと巧実もラインも分かっていたが、特に気にすることなく廊下を進んでいく。


「ずいぶん人気者だな」

「フフフ、留学生のイギリス人。優雅でフレンドリーでしかも優しいとか注目の的でしょ?」

「それに何の意味があるんだよ。俺は関係ないぞ?」

「無関係ではいられないわよ。なんせ私のステイ先の生徒だしね。色々と噂は立つわ」

「それが狙いか?」


 噂が立てば、必然的にその周囲は煩くなる。そこに何かイベントが起これば、それはラインの予想通りと言うことになる。

 しかし、巧実はそう簡単に何か騒ぎを起こすつもりは無かった。


「まあ、何かあれば良いなとは思うけどね。けど、留学はただあなたの周りを詳しく調べる為の手だもの。仕掛けはこれからよ」

「あんまり面倒なのはやめてくれ。俺は勉強を疎かにはしたくない」


 少しだけ歩みを速めながら、階段に差し掛かる。


「難しいわね。けど、対象者の望まない事しても幸せにはさせられないのよね」


 ラインはそう言うと困ったように眉を寄せて黙ってしまう。

 その後、ラインと巧実が家に着くまで二人とも口を開くことは無かった。

 そして家に着いて、先に口を開いたのは巧実だ。


「カティナリオ、お前親父に魔法使ったな?」

「ラインでいいわよ。そっちの方が呼ばれ慣れてるし。私も巧実って呼ぶしね」

「了解。で、答えは?」

「使ったわ。と言っても、ちょっとだけ記憶を曖昧にしただけだけどね」


 記憶を曖昧にする。ラインはそう言ったが、巧実にはそれが信じられなかった。それにしては色々な状況がラインに都合よすぎるのだ。

 急な留学や、クラスへの転校。はては自分の家がホームステイ先になることなど、記憶を曖昧にしただけでは出来るはずがないのである。


「嘘付け。ならなんで留学なんてものを学校にねじ込めたんだ」

「そんなの魔女学校の力に決まってるわ。魔女試験には魔女学校からのサポートが結構入るし。留学とか、戸籍とかその辺は全部魔女学校にお願いしたの。ついでに巧実のお父さんは上司からお願いされて受け入れをしたんだけど、それも魔女学校の力ね」


 ラインの解説に、巧実は空いた口がふさがらなくなる。


「どんだけコネクション持ってんだよ、魔女学校」

「そりゃ、魔法なんて使える存在を偉い人が放っておく訳ないじゃない。日本だけでも政治、警察、司法に有名企業。色々とコネは作ってあるわ。他の先進国も同じ感じにね。発展途上国だと基盤がぐちゃぐちゃだったりするから、個人で動くことの方が多いみたいだけど」

「ふーん、だからイギリスからの留学なんてことに出来たのか」


 そうでなければ転校になるのが無難だ。しかし、転校にしてしまった場合、試験終了と共に帰らなければならないラインにとって都合が悪いのである。来てすぐまた別の町に転校するなど、普通はあり得ないからだ。しかし、留学ならば期間は決められており、さらに万が一その期間を超えたとしても学校に通わなければ問題ないだけの話である。


「だから巧実のお父さんには少しだけ記憶を曖昧にしてもらって、簡単にうなずくようにしてもらったの。イギリスに行ってたのは事実みたいだし、その時に知り合った風に記憶を作らせてもらったわ」

「それにしても無理があるだろ。親父がイギリスに行ったのは新婚旅行の時だけだぞ? その時俺もお前も生まれてねぇだろ」

「まあそうなんだけどね。私のお父さんとの知り合いとかその辺りでぼかせば問題ないと思って。いざとなればまた魔法で騙すし」

「その場しのぎかよ……」


 ラインの呑気な発言に、巧実はため息を吐く。


「フフフ、まあこれで私は巧実の家に転がり込むことが出来たわけよ。私の考えた物語は順調に進んでいるわ!」

「ほどほどにしてくれよ」


 ラインをリビングに案内する。巧実の後ろを付いてくるラインは上機嫌だ。

 巧実がリビングの扉を開けば、父はすでに帰ってきていた。そこで電話で早く帰ると言っていたのを思い出す。


「おう、お帰り。カティナリオさんもお帰り」

「ただいま」

「ラインで良いですよ、おじ様。お世話になります」

「そうか、何か困ったことがあったら言ってくれ。息子じゃ当てにならんかもしれんからな」

「そんなことないですよ。巧実君しっかりしてますもん」

「親父もラインも挨拶はそのぐらいにして、飯どうするんだ?」


 自分のことで会話が弾みそうになった巧実は、その会話を打ち切らせて話題を変える。

 長瀬家に母親はいない。巧実の母は巧実が三歳の時に病気で死んでしまった。もともと体が弱かった巧実の母親は、巧実を生むことすら難しいと言われていたのに、それを強行し、さらに三年もの間、巧実を育て続けた強者だ。しかし、その事を巧実は父からの話しでしか知らない。だから、母がいなくても特に悲しいと言う感覚は無かった。しかし、家事の面ではかなり苦労した。

 巧実の父の仕事上、夕食に帰ってくるのかが曖昧なのだ。そのせいで、小学生のころから巧実が夕食を作ることもしばしばあった。今でこそ、料理にもなれたが、昔はかなり苦労していた。


「今日は店屋物だ。ライン君の歓迎パーティーと言うことで寿司を取っておいた。ライン君は、生ものは大丈夫だったと聞いていたものでね」

「はい、お寿司は大好きですよ」

「ナイスだ、親父」

 巧実とラインは、父親の粋な計らいに胸を高鳴らせた。


   ◇


 ふと目を覚ました時、時刻は二十一時を回っていた。

 そしてトントンとノックの音が聞こえてくる。巧実はその音に目を覚ましたのかと理解しつつ、声を掛けた。


「なんだ?」


 今、長瀬家に部屋をノックする人物は二人。父親とラインだが、父親はノックした後返事を待たずに入ってくる。その事を考えて、ラインだとあたりを着けた。


「今良いいかしら?」

「おう」


 ドアを開けると、私服姿のラインが立っていた。肩出しで丈の長いニットにショートボトムを穿いた随分とラフな格好だ。

 そのままラインは巧実を押しのけるようにずかずかと入り込んでいくる。


「ずいぶんと出て来るのが遅かったわね。何かお邪魔しちゃったかしら?」


 にやにやとしながら尋ねるライン。何を想像しているかだいたい予想出来た巧実は、冷めた目を向けて言葉を返す。


「寝てただけだ。それで何の用事だよ?」

「お父さんがなんか急に呼び出しくらっちゃって、出かけるから伝えといてくれって」

「いつお前の親父になったんだよ……」

「フフ、なんか喋ってたら仲良くなっちゃって」


 巧実が寝ている間に、ラインと巧実の父親はずいぶんと仲が良くなっていた。

 それこそ、お父さん、ラインと呼び合うほどに。


「それで? それだけじゃないんだろ?」

「当然よ。今後の作戦について少し教えておこうと思ってね」


 自信満々に言うライン。胸を張るその姿は、何となく巧実の不安を煽った。


「水瀬由香。もちろん分かるわよね?」

「ああ、うちのクラスの委員長だろ?」


 水瀬由香は巧実とラインのクラスのクラス委員長だ。落ち着いた性格で、クラス委員長になったのも、周りからの推薦を断りきれずになったという、生粋の委員長キャラだ。

 髪型も図ったように三つ編みを二つ垂らし、メガネまで掛けている。

 色白で、運動神経は鈍い。逆に本が好きで、文芸部に所属している。


「あの子が鍵になるわ。まあ、楽しみにしておきなさい」


 ラインはそれだけ言って部屋を出て行ってしまう。そして直後にひょっこりと顔を出した。


「言い忘れてたわ。私の部屋、巧実の正面だから」

「あの物置使えるようにしたのか」

「お父さん一人で頑張ってたみたいよ」

「そりゃ悪い事したかね? まあ、今度晩飯少し豪華にしてやれば大丈夫だろ」

「そう言えば、ごはんは交代で作ってるんだって?」

「交代っていうか、空いてる日は親父が。それ以外は俺がって感じだな。親父が帰ってくる時間って結構不規則だし」

「コンビニのお弁当ばっかりじゃないってなんか意外ね。普通、男の二人暮らしってコンビニとかレトルトとか、そんなのばかになりそうな気がしたんだけど」

「小学生の頃はそうだったけどな。さすがに食べ飽きてきたから、ちょっとずつ練習したんだよ」

「良い事ね。明日の朝ご飯、期待してるわよ」

「はいはい」


 扉を閉めるラインに向かって、巧実はひらひらと手を振っておくのだった。

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