第2話
部屋の中に入った途端、少女はそわそわとし出した。
座布団を出そうとしていた巧実は、その様子を見て尋ねる。
「どうした、トイレか?」
「な、違うわよ! 男の子の部屋に入るのって初めてだから、なんか緊張しちゃって」
そう言いながら少女は部屋の中を見回す。
巧実の部屋にはポスターの一枚も無く、棚には教科書や参考書が二段、残りの一段に漫画や小説などが入っている程度で、特に珍しい物は無い。
しかし、それでも少女は興味深そうに部屋を観察する。
「面白いもんなんか無いぞ。今はエロ本もデータ化された時代だからな」
「そんなの探してないわよ! と言うより、その手の話を自分から振る!?」
「普通なら振らないだろうな。だが見たところ君は初心なようだし、この手の話題を振れば確実に面白い反応が来るのは予想出来た。現に、いい感じに慌ててくれてるしな」
そう言いながら巧実はクククと笑う。
その笑みを見て、少女はげっそりしたように肩を落とし、ため息を吐く。
「本当、何でこんなのに当たっちゃったのかしら」
「それじゃあ、その辺りの話をそろそろ聞かせてもらおうか」
巧実はベッドに腰掛けて、少女の対面に座る。
テーブルを挟んで少女を見つめる巧実の瞳は、真剣そのものだった。
先ほどまでと打って変ったその表情に、少女は少しだけたじろぐ。しかし、すぐに威勢を取戻した。
「そ、そうね。じゃあ、私がここに来た理由から教えてあげましょう。それは――」
「そんなことより先に名前を教えろよ……お前は俺の名前を知ってるみたいだけど、俺はお前が誰なのかまだ知らないぞ?」
先ほどから、少女は巧実の名前を普通に呼んでいる。しかし、巧実はこの少女に会ったことは無いし、自己紹介もしていない。とりあえずは、適当にあしらって追い返すつもりだったのだが、何やら事情がありそうだったので、部屋の中に入れたのだ。
部屋の中に招いた以上は、しっかりと少女のことを知っておく必要がある。
巧実の言葉を聞いて、意気揚々と話しだそうとしていた少女の動きが止まった。
「あ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ」
「バカだな」
少女の言葉に、呆れたように返す。
「うっさい! あたしの名前はライン・リーズ・カティナリオ。見ての通り魔女――」
「のコスプレをした痴女」
「なんで自己紹介中に口挟むのよ! それに私は痴女じゃない! 本物の魔女よ! まだ見習いだけど!」
「見習い魔女ねぇ……」
「何よ、その胡散臭げな眼は」
巧実は、座布団の上に座っている少女を上から下までゆっくりと見る。
座ってしまうと、身長とほぼ同じ長さのマントに体をすっぽりと覆われ、まるで布団をかぶっているかのような状態になっている。そしてマントで隠されていない体の前面は、前屈み気味に話すラインのせいで、胸が強調される形になっていた。
その胸に視線を固定させながら、巧実は感想を述べる。
「だって魔女とかファンタジーだし。そう言う事を言っていいのは、中二までって決まってるんだぞ?」
「本物なんだから、年齢制限なんてある訳ないでしょ! 本物で年齢制限があるのは、魔法少女までよ!」
バンバンと机をたたきながらアピールするたびに、ラインの確かに少女というにはあまりにも大きな胸がよく揺れる。そのたびに、巧実の視線が上下するのだが、ラインはそれに気づかない。
「なるほど、つまり自分はもうその年齢制限を超えてしまったと。哀れな……」
「哀れむな! まだピチピチの十六歳よ!」
「ギリギリアウトだな」
「セーフよ!」
ラインは「セーフよね? セーフに決まってるわ」と自らに暗示をかけるように、ぶつぶつと呟く。それを聞きながら、巧実は勝手に話しを進めて行った。
「で、百歩譲ってその見習い魔女さんがなんで俺の家に?」
「そ、そうだったわ。今は私が魔法少女的にセーフかどうかなんてどうでもいいのよ。あなたの家に来たのは、私の担当があなたになったからよ」
「担当?」
「そう、私の魔女試験の対象者。と言っても分からないでしょうから、一から説明していくわね」
話しだそうとするラインに、巧実が待ったをかける。
「ちょっと待ってくれ。話が長くなるならお茶を持ってきたいんだが」
「あら、気が利くわね」
意外そうに、ラインは巧実を見る。その視線を受けて、巧実は笑顔を作った。
「洗いざらい全部吐いてもらうからな。喉が痛くてまた明日なんてのは困る」
「やっぱり鬼畜ね……」
ため息を吐くラインをしり目に、巧実はお茶を取りに部屋を出た。
そして居間にいる父にバレないように、お茶二つと茶菓子を用意して話しを聞く準備を整えると、巧実はラインに向き直る。
ラインは出されたお茶を一口飲み、唇を潤して説明を始めた。
「まず私があなたの家に来た理由。それは、私が通っている魔女学校の試験の為よ」
「魔女試験とか言ってたな」
「そうよ。魔女試験は、魔女学校に通う魔女見習い達の最後の関門。これの成績次第で将来が決まると言ってもいいわ」
「魔女の将来って言われても上手くイメージできないな」
巧実の考える魔女とは、森の奥に引きこもり、一人で魔法の研究をしているような老婆だ。試験次第で将来が決まるということは、ラインのような若い魔女達にとっても重要になるということになる。それは、巧実自信のイメージにはそぐわないのだ。
「そんなの優良企業への就職とか、公的機関への推薦とかに決まってるでしょ。魔女自体は少ないけど、それ以上に企業からの求人募集も少ないのよ。そもそも魔女の存在を知っている企業が少ないから、仕方がないとは思うけどね」
思ったよりも現実的な答えに、巧実は一瞬唖然とする。しかし、それも当然かとすぐに納得した。
魔女だからとはいえ、現代に生きていることには変わりないのだ。ならば、就職なども必然的に現代寄りになるのも仕方がないと考えられる。
「要は大学の成績みたいなもんなのか」
「そうね。魔女学校どうしは優劣が無いから、成績がそのまま大学のランクだと思ってもらえれば分かりやすいかしら」
その大学でいかに良い成績を取ろうとも、大学自体のランクが低ければそれだけで企業から切られるというのはよくある話だ。
魔女学校では、それが成績になっているだけのことである。なんとも分かりやすい話だ。
「つまり、お前はその試験の為に俺の所に来たってことか。ってことは、試験は俺に関係があると」
「理解が早くて助かるわね。魔女試験の内容は毎年同じ。魔法を使って対象の人物に幸せを与えること」
「幸せ? ずいぶん抽象的だな」
それでは完全な優劣がつけられない。そして点数のように目に見える形で現れるものでは無い。
「そうね。けど、魔女の試験において、最終的な幸せの度合いっていうのあまり関係ないのよ。重要なのはその内容」
「内容?」
巧実は一瞬、使った魔法などで成績を着けるのかと考える。それならば、魔法の難易度などによって優劣がつけられると思ったからだ。
「そう、対象の人間にどのような“物語”があったかによって私たちの成績は決まる。たとえば対象者が魔女の魔法によって恋を実らせたとしましょう」
ラインは人差し指を立てながらそう言った。
「ふむ、それは確かに幸せになるな」
「けどその魔法は、対象者の好きな人が対象者を好きになる魔法だったとするわ。この場合、試験の結果としては限りなく零点に近い物になるの」
「何でだ? 対象者は好きな人と結ばれたじゃないか」
それが零点になってしまうとすれば、試験そのものが破断しているようなものだ。そう考えて巧実は首をひねる。
「だから内容なのよ。ただ魔法で相手の恋心を作るのは簡単だけど、それは魔法が凄いのであって、私たちの技量以前の問題になるの。次の例ね」
そう言ってラインは二本目の指を立てる。
「さっきと同じで対象者が好きな人と結ばれた。ここまでは同じだとするわよ」
それに巧実は黙ってうなずいた。
「けど、魔女が使った魔法は、対象者が好きな人に偶然会える確率を上げる魔法だった場合、試験の点数は六十点近く行くでしょうね」
もちろん百点満点での話しでね。とラインは付け加える。
それを聞いて、二つの例の違いを考える。
一つ目の例では、強引にくっつけてはいお終い。対象者は幸せになったが、その間に普通の恋愛で辿るべき道は何もなかった。二つ目の例では、偶然の確立を上げるだけという、なんとも頼りの無い魔法。しかし、二人は偶然会うことで恋愛のステップを順番に踏んでいき、最終的に恋を実らせたことになる。
魔法のレベルで言うのなら、心を操る魔法が確立を操る魔法より凄いのは、目に見えて明らかだ。これだけを考えるなら一つ目の例が高得点のはずだろう。これが巧実の最初に考えた試験だった。しかし、ラインの言った“内容”と言う部分を考えると、結果は全く逆のものになる。
最初の例なら一日、いや半日あれば完了してしまう。しかし二つ目の例では一週間、下手をすれば一か月以上かかる可能性すらあるのだ。だが、その間には対象者と魔法を掛けられた人に、出会い、意識、触れ合い、告白などの沢山の物語が出来るはずである。そこまで考えて、巧実は一つの結論に辿り着く。
「人を誘導して幸せに導けってことか?」
「完璧ね。模範解答じゃない」
巧実の言葉を受けて、ラインは嬉しそうにぱちぱちと手を叩く。
「テストの成績はいい方でね。だがそれだと俺の疑問が残ったままだ。曖昧すぎる」
「まあそうなんだけどね。けど一つだけはっきりと優劣をつける方法があるの」
「一つだけ?」
「ええ、たった一つ。しかもかなり難しいわ。それは物語になることよ」
「物語に。話しになるってことか」
「そう、私たちの試験は全部ある道具を使って録画されているの。その映像は、全員の試験が終わった後に、学校で編集されて放映されるのよ。そこで最も素晴らしい物語を作り上げられた魔女が、素晴らしい内容で対象者を幸せに導いた魔女と言うことになるの」
「そんなことやってるのか。ちなみにラインが見てきた中で、良い物語だと思ったのは?」
ラインも在校生であるならば、その映像を見ている可能性がる。そう思って興味本位に聞いてみた。
その言葉を受けてラインは少し悩む。
「そうね……やっぱりいいと思ったのは童話関連かしら。巧実も知ってるでしょ? 白雪姫とか、シンデレラとか、ラプンツェルとか。まあ、最後のは少し特殊だけど」
童話の中には魔女の登場する物語も多い。ラインが言うには、そこに登場している魔女は、ほとんどが魔女学校の魔女試験の為に動いている者だということだ。
それを聞いて、さすがの巧実も空いた口がふさがらない。
「童話って実話だったのか……」
「まあ、そうね。一部改編されたりもしてるけど、大半が実話よ。シンデレラに出てる魔女なんか、今じゃお役所のトップよ」
「しかもまだ生きてるのかよ……」
ラインから明かされる更なる事実に、またも衝撃を受ける。
「魔女だからね。寿命自体は普通の人と同じだけど、魔法で何とでも出来るし」
「魔法って万能なんだな」
心も操れる。寿命も伸ばせる。ラインの話しを聞いていると、巧実には魔法があれば何でも出来るように思えてしまった。それこそ今自分が必死になって勉強している物を、一瞬のうちに全て覚えることも可能だと思えてしまうほどに。
その言葉を聞いて、ラインは大きく首を横に振る。
「万能なんてものはこの世には無いわよ。魔法だって結構代償払ってるんだから」
「やっぱ代償があるのか」
「そうね。簡単なものだと自分のカロリーとかだけど、それこそ心を操る魔法だと代償は大きくなるわね。生き物の魂とか、体の一部とか」
ラインが上げる例に、巧実の表情が引きつる。
「マジか。やっぱ怖いな」
「何想像してるの?」
「こう、地下室とかで人間縛ってナイフ突き立てるあれ?」
魔法陣の上に祭壇のようなものを作って、そこに人を縛り付ける。そしてその人間を魔法の生け贄なんかにするのは、ゲームや小説ではよくあるものだ。
巧実の想像はそう言う物だった。
それを聞いたラインが激怒する。
「ちょっと! そんな最低なイメージを魔女に押し付けないでよ! 生け贄って言っても精々爬虫類が限界よ。そんな違法な事、出来る訳ないじゃない!」
「そ、そうなのか?」
ラインの激怒に若干引きながら、巧実が尋ねる。ラインはお茶を一気に煽り、言葉をつづけた。
「当然よ。最近の生け贄の大半は魚よ。その後は美味しく頂いてるんだから」
「生け贄に使ったのを食べるってちょっと……」
「何言ってるのよ。魂は魔法に使っても、肉体はしっかり残るんだから当然でしょ。それ捨てるとか勿体ない事したら先生に怒られるわ」
魔女の世界でも勿体ないの精神は存在するのかと、巧実は妙なところで感心する。
「それに直前まで魂があった、つまり生きてた魚だから新鮮でおいしいのよ」
ラインは少し恥ずかしそうに、頬を膨らませて言った。
「まあ、それはそうかもな」
ラインの意見に徐々に飲まれていく巧実。あまりにも現実的過ぎて、巧実の中の魔女のイメージが瞬く間に崩壊していった。
「って、話しが逸れ過ぎたわね。とにかく、その魔女試験の対象に選ばれたのがあなたなの」
「まあ大まかな内容は分かったが――つまり俺はいつも通りに生活すればいいのか?」
話を聞いた限りでは、物語になるようなイベントが起きないとラインの評価は酷い物になると言うことになる。しかし、巧実の人生の中では、正直物語になりそうなほど重大な事件にあったことなど無かった。
ただ学校へ行って、勉強をして、家に帰って、予習復習を行い、残った時間で少し遊んで、また翌日の学校に備える。
そんな日常を十年以上続けてきているのだ。いきなり物語になるような出来事に会えと言われても、無理だとしか答えようがなかった。
「問題ないわ。あなたはいつも通りに過ごせばいい。後は私が上手くやるもの」
「上手くねぇ。正直面倒事に引き込まれるようにしか思えないんだが」
物語の登場人物って、何かにいきなり巻き込まれて、なし崩し的に解決する羽目になるようなことが多い気がする。それが今後自分の身に降りかかる可能性があると思うと、巧実は憂鬱になった。
「安心しなさい。あたしが提供する物語は、安全で平和なラブコメを目指してるからね! バトル物なんかみたいに危険は伴わないわ」
「それなら……いいのか?」
ラブコメ物の物語に誘導すると言うのなら、怪我をすることはほぼ無い。しかし、どちらにしろ勉強の時間は減る。その事を考えて、やはり面倒だとしか巧実には思えなかった。
「なあ、なんで俺が選ばれたんだ?」
決まってしまった物はしょうがないかもしれないが、せめて自分が選ばれた理由位は知っておきたいと思った。その答えはこれまで以上に完結な物だった。
「くじ引き」
「マジ?」
「マジよ。少し前までは住民票の束から適当に一枚引いて、その人の所に行ったみたいだけど、今はロト6みたいになってるわね。適当に数字書いて、その数字の番号の人の所に行くの。マイナンバー制で抽選が楽になったって事務の人が言ってたわ。海外の魔女学校じゃ、まだ住民票から引いたり、魔法の鏡に映った人物の所に行ってるみたいね」
「つまり、俺はお前の書いた番号に当たったってことか」
「そういうこと。私に会えるなんて運がいいわね。最高に幸せな物語があなたを待ってるわ!」
自信満々に胸を張って、ラインはにこやかに笑う。
「じゃあ、俺の幸せの為に揉ませてくれ」
わきわきと指を動かしながら、突き出された胸に手を伸ばす。それを見てラインはとっさに立ち上がり、巧実から距離を取った。
「なんでそうなるのよ! 幸せは魔法でするって言ってるでしょうが!」
「ほら、突然現れたヒロインとのイチャラブって物語によくあるじゃん?」
「魔女は暗躍するもんでしょうが!」
目の前に出てきて色々説明している時点で暗躍以前の問題なのだがと思っていると、ラインは部屋からベランダへと逃げるように移動した。そしてそのまま手すりに足を掛ける。
その際、大胆にも太ももがあらわになっていたが、ラインは気が付いていないのか、その体制のまま、巧実に向かって捨て台詞を吐く。
「いいわ、今日はもう帰るから。明日から楽しみにしておくことね!」
「いい太ももだな」
「うわっ」
ベランダから飛び出そうとしたところで、巧実の発言に足を滑らせるライン。
そのまま庭に落ちるかと思われた時、ラインはどこからともなく箒を取り出し、それにまたがる。そして箒が淡く光るとラインの体ごとフワッと浮かび上がり、空へと消えて行った。
それを見送って、巧実はしみじみとつぶやく。
「あいつ、本当に魔女だったんだな」
ラインが飛んでいく姿を見送るまで、魔女という話を全く信じていない巧実だった。
突然現れた変なコスプレ女の妄想に、勉強の休憩がてらちょっと付き合っているだけだと思っていた巧実は、空になったコップを見ながら、少しだけ心が躍っていることに気がつくのだった。
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